COLUMN ビジネスシンカー

2020.01

致命傷になる前に! 経営者必読!! グローバル化時代に求められる真の異文化適応力

グローバル化=アメリカナイズではない

人手不足がますます深刻化しそうだ。政府の働き方改革の旗振りもあり、国内企業はこれまでのリクルート計画や人材育成方法だけでは、企業を成長させることは難しい。背景には恒常的な人口減の問題が横たわる。

パーソル総合研究所の調査では2030年までにおよそ644万人の労働者が不足する予想している。国は入管法の改正でこれをカバーしようとしている。不足している労働力を外国人活用で補おうとしているのだ。さらに外国人が国内で起業する環境も整備されつつある。経済産業省は法務省とともに2018年に、「外国人起業活動促進事業に関する告示」=いわゆる「スタートアップビザ」を発効、最長で1年間、起業準備のために在留することが可能となった。これに先立ち2014年には、起業のための外国人の在留資格が従来の「投資・経営」から「経営・管理」と具体的なマネジメントを対象とすることになった。

しかしながら、現状、とりわけ既存企業にとって外国人による人手不足解消とまでは至っておらず、付け焼き刃的な入管法改正では、教育を受けられない外国籍児童や無国籍児童などを増やす可能性があり、それにともなう地域コミュニティの崩壊も懸念される。

法的な問題だけではない。今後、人材不足を外国人でカバーしていくためには、雇用側や行政の環境整備、さらに文化や風習等への理解が必要だ。

端的に言えば日本の働く環境はまだまだグローバル化には程遠いことがある。「そんなことはない。あれほどテレビでは外国人は日本の技術やおもてなしに感動しているではないか」と反論する方がいるかもしれない。それはあくまで恣意的な演出であり、必ずしも日本のすべてを称賛しているわけではない。

日本が自賛するおもてなしについても、時におせっかいで失礼な印象を与えることもあるのだ。たとえば高級旅館の入り口に掲げられる「◎◎様御一行」の文字。これは欧米の人にとってはプライバシーの侵害とも受け取られる。「なぜ勝手に自分たちの名前を人目につくような場所に掲げるのか」と。日本人の場合、むしろ御一行の歓迎プレートが出ていないほうが、問題となる。

「なぜ、出していないのだ。歓迎してないのか? 招かれざる客なのか」と。

このように、ある行為が国や民族によって真逆に扱われたり、評価されることがあるのがグローバル社会なのだ。しかもこのグローバル化という言葉、随分前から使われているが、日本人はグローバル化自身も間違って受け取っている可能性がある。

とかくグローバル化というと、英語が堪能で、ビジネスにおいてはアメリカの名門と呼ばれる大学でMBAをとっていたりする人が活躍する姿を想像してしまう。何かとアメリカがグローバル社会の中心のように思えるが、世界という舞台を俯瞰するとそうではない。むしろアメリカ人の考え方はほかの国からかけ離れているケースが多いのだ。