COLUMN ビジネスシンカー

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2020.02

いま世界が注目! SDGs時代に考えたい 日本人の知恵「三方よし」

三方よしを経営信条にして危機を乗り越えた創業120年の「イシダ」

事実、見えないステークホルダーを捉え、長い時間軸で三方よしの考えを実践し、生き残ってきた企業は多い。たとえば総合商社の伊藤忠と丸紅を起こした伊藤忠兵衛はその代表だ。とくに伊藤忠は同じ伊藤忠兵衛からの暖簾を分けた丸紅より先に海外展開をして総合商社の足場を固めたが、海外でも三方よしの考えを貫き、事業を拡大した。伊藤忠ではいまなお新人が琵琶湖畔で天秤棒を担ぐ新人研修が行われ、三方よしの精神を学んでいる。

近江商人を先祖に持たない企業でも三方よしを取り入れ、経営危機を乗り切った老舗企業もある。

創業120年を迎える京都にある計測機器メーカー「イシダ」その1社だ。同社は企業理念に三方よしを掲げている。ただ現在の石田隆英社長によれば、「いつ頃から理念に取り入れたか定かではないが、祖父(重成さん)の時代にはあった」という。

隆英さんには父親の隆一さんから聞かされた、強烈な話がある。

ことは50年ほど前の話だ。それまでの尺貫法がメートル法に変わり、秤の規制緩和が行われ、秤の直接販売が可能になった。

それまで同社は、代理店を通じた販売方法を守っていたが、直販が可能になったことから大手メーカーが参入し、一気に売上が落ちていった。

しかし、それまで秤は同社の独占状態であったことから、長年代理店も自分たちからお客様に出向かず、お客様から来るのを待っているような殿様商売をしていた。

当時社長だった祖父の重成さんは、この事態を打破すべく経営コンサルタントに相談した。

コンサルタントはこう現状を分析した。「いま会社は断崖絶壁の淵にいる。抜本的に営業システムを再構築をしないと会社は潰れる」と。

コンサルタントが提示した抜本策は、代理店を切り、直接販売に切り替えることだった。

だが重成さんはこの提案を拒否した。

「我々は問屋(代理店)、お客様を生かす三方よしの理念でみなさんと一緒にやってきた。このスタイルで改革に臨む」と。

これにコンサルタントは「代理店と共倒れになっても理念を守れますか」と迫った。すると重成さんは、「理念を守れないないなら、その結果、倒産しても悔いはない」と言い切ったのである。

当時25歳だった先代の隆一さんは、急遽営業部長に就き、改革の陣頭指揮を執った。同社の営業マンは全国の代理店を巡り、代理店の営業マンと一緒になってお客様
を訪ね、求められた秤だけではなく、用途に合った商品を提案する営業スタイルを確立していった。手を切るのではなく、共に苦悩し、知恵を出し合い、汗をかくことで危機を乗り切ったのである。

いま同社では、隆英さんが月に1度の全体朝礼の場で、全社員に向けて理念から落とし込んだ行動規範に照らしながら、「三方よし」の考え方をわかりやすく伝えてい
る。

同社では、この行動規範をベースにした賞を設け、上司や部下、同僚など周囲からのコメント付評価が多かった社員を表彰している。

隆英さんによれば、会社には自ずと「三方よし」の考えや行動が根付いているという。「会話のなかで自然と三方よしという言葉が出てきている。これがあるから100年以上続いてきたのだと思っている」(隆英さん)

隆英さんは、アメリカの経営大学院を卒業しており、アメリカ型の経営も熟知している。だからこそSDGs時代の三方よしの意義もよく理解している。

「三方よしは誰かの犠牲のもとに誰かが1人勝ちをするような考え方ではなない。世界中のどこでも受け入れられる」(隆英さん)

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