COLUMN ビジネスシンカー

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2020.06

ポストコロナ時代の羅針盤
知って目からウロコ!
開疎化の時代の産業集積入門

日本で唯一の鞄専門の
興業団地を造成

当時、鞄産業の実態は住宅兼工場または店舗が一般的で、事業者は市街地に散在していた。しかし将来を考えると増産体制を整え、後継者問題や嫁問題の解決のためにも近代的機械設備を整備し、効率を高める必要があった。しかしながら市街地では交通規制や用途指定、建築制限などを受けて拡張の余地がなかった。

そこで1964年と65年に豊岡商工会議所主催による視察研修が行われ、姫路市の木工団地や神戸市の鉄工団地の見学が行われた。関係者は、今後の発展のためにも鞄専門の工業団地をつくることに思いを強くした。

そして1970年に市の郊外に確保した敷地面積約31万平米に、国内唯一の鞄専門の工業団地が作られた。

1995年度からは円滑化事業計画を策定。既存製品の高機能高付加価値化や豊岡オリジナル鞄の研究開発、産地従業員のデザイン力や企画力、新製品開発力の向上を図っている。同時にその技術を活かして、医療福祉関連商品・防災関連商品の開発も行っていった。

豊岡の鞄が高いシェアの割には、全国的知名度が低いのは、その多くがOEMであるところにある。その高い技術力を活かし、世界的な有名ブランドのOEM供給先となっている場合が多く、ほとんどがBto Bの事業者であるのも豊岡の特徴だ。実際、鞄の町とは言え一般の観光客向けの鞄店は少なく、土産物店が並ぶ観光地のようなイメージを抱くと肩透かしを食らう。

鞄はその完成まで要する工程数が多く、一つの鞄ができるまでに標準的なものでも57工程もある。それゆえ豊岡では鞄の外注加工が古くから行われてきた。特に農家の主婦の家庭内職が重要な役割を果たしていて、その収入が豊岡市の経済を潤してきた。そのため、豊岡市は人口に比べ、女性の洋品店などが多く見られるのも特徴となっている。

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