COLUMN ビジネスシンカー

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2021.09

混迷を深めるVUCAの時代だからこそ。 知っておきたい
「大人の義賊史」

広大な平原でベチャールはなぜ捕まらなかったのか

それにしても、シャーンドルといい、バンディといい、ベチャールたちは、なぜ長い間捕まらずにいられたのだろうか。彼らが活躍したハンガリーの場所は概ね平原だった。広い平原で館に入ったり、家畜を盗んでいたにも関わらず、官憲や憲兵が追うことがなぜできなかったのか。

その理由としては、当時、一帯にあった「タニャ」と呼ばれる農家や「チャールダ」と呼ばれる農民居酒屋(日本でいう宿場町の宿場のようなもの)に匿ってもらうことができたことが大きい。タニャはもともと農作業時期に使う作業小屋だったが、次第に農家のなかで格差が生まれてくるとタニャに貧しい農民たちが住み着くようになる。ベチャールたちはこうした農民たちと懇意にしてタニャに匿ってもらったり、あるいは各地に恋人をつくってそこに逃げ込んでいた。

またチャールダは、ベチャールにとってより重要な役割があった。仲間と出会う場所として、情報交換の場として、追手を巻く場所として利用されていたからだ。チャールダのなかには裏道に抜けるトンネルや煙突の隠し窓などがついていたところもあった。このため良く利用されるチャールダは地方行政との境にあるところが多かった。県境を超えると追手は追うことができなかったからだ。

また追手と対峙した時も、店の主人が「ベチャール・チュトラ」と呼ばれる特殊な水筒でもてなして追跡をかわしたとされる。水筒のなかは2つに分かれ、1つには水、もう2つには眠り薬の入ったワインなどが出るようになっていた。彼らはそれによって相手をどのようにももてなすことができたのだった。

またベチャールは、憲兵たちが不意にやってきた時の合図としてさまざまな工夫をしていた。高い木に見張りがいることが多かったが、ほかに庭の井戸に竿を上げておいたり、垣根や木にはっきりした色の服をかけておいたり、目立つようにパイプをふかしたりしていた。

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