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【インタビュー】世界初、セイコーエプソン「PaperLab(ペーパーラボ)」は“紙の未来”と“社会の未来”をどう変えるのか

[インタビュイー]
セイコーエプソン株式会社
プリンティングソリューションズ事業本部 PL事業推進部
岡村岳彦 さん
営業本部 IIJ営業部
太田智士 さん

コロナ禍の2年。世間ではニューノーマルの名の下に「黙食」や「マスク会食」などが当たり前化し、「イベント」や「集会」が中止となった。ビジネスの現場ではデジタル化が一気に進み、非接触ツールやサービスが生まれていった。こうした中、静かに注目を集めているハイテク機器がある。セイコーエプソンの「PaperLab(ペーパーラボ)」である。オフィスで使用済みとなった紙をペーパーラボにセットするだけで再生紙に生まれ変わる世界初の乾式オフィス製紙機だ。最大の特徴は、乾式、すなわち水を使わないオフィス製紙機であることだ。※1

日本のDXが進まない一因を日本の根強い紙文化信仰を挙げる声もあるが、ペーパーラボはその追いやられる紙文化を受け止め、さらにエコ文化の最先端に引き上げようとしている。

セイコーエプソンは、紙の未来、社会の未来をどう変えようとしているのか―。”暮らしを変える、明日を変える”商品やサービスを提供するエル・ローズグループとして、そしてペーパーラボの1ユーザーとして聞いてみたいと思った。同社プリンティングソリューションズ事業本部 PL事業推進部の岡村岳彦さん、営業本部 IIJ営業部の太田智士さんに伺った。

※1:機器内の湿度を保つために少量の水を使用

遡ること6年前の2015年12月。東京ビッグサイトで催された国内最大級の環境展示会「エコプロダクツ」のセイコーエプソンのブース前にはマスコミ31社を含む黒山の人だかりができていた。ブースに鎮座していたのは「PaperLab(ペーパーラボ)」の発売直前のベータ機。デモを行ったのは当時の同社社長の碓井稔さん。デモ機に古紙をセットすると約3分後、再生紙として生まれ変わった紙がするりと滑り出てきた。その後5秒に1枚、続々と再生紙が送り出されてくる。ほのかに温かい誕生したばかりの再生紙を片手に碓井さんは、「紙の未来を変えて行く」と宣言した。

碓井さんの宣言どおり、いま、ペーパーラボによって紙の未来がじわじわと変わろうとしている。従来古紙リサイクルは、企業などの事業所が使用済みのオフィス用紙をまとめて古紙回収業者に委託し、それを再生紙製造会社が引取り、紙として再生される流れだったが、ペーパーラボによってオフィス内でのリサイクルが可能となったのだ。

オフィス内でリサイクルが実現すれば、運搬にかかるCO2の排出量は減り、より環境負荷が低減される。カーボンニュートラルの未来が近づくことになる。

そもそもビジネス情報を紙で記録してやり取りすること自体が古い―という声もある。書類をデジタル化してペーパーレス化が進めば、オフィスからの廃棄物も減る。しかしなかなかすぐに変われないのも事実だ。それはコロナ禍で証明されたと言える。

国や自治体は「人流」を抑制するためにリモートワークを推奨したが、出社率が下がらない企業も多かった。その理由の一つにハンコの押印があった。決裁や契約書などのハンコがないと仕事が進まない、実行できないというわけである。そのためハンコのデジタル化も進んだ。だがそもそも決裁や契約書、あるいは役所などへの提出書類が紙を前提とする以上、ハンコをデジタル化しても提出するのは紙で、それを誰かが届ける必要がある。

あるアンケートで紙が減らない理由の第1位は「法律や社内規定が紙での記録を指定しているから」というものだった。長年の経験や議論を経て決まった法律や規定は、そうそう変えられるものではない。紙は文化のバロメーターであり、悠久の歴史において文明・文化を広げてきた最大のメディアであった。日本は江戸時代から識字率の高い国として知られているが、その背景にはそれを支える紙文化があったのだ。

日本は古より紙を大切にしてきただけでなく、リサイクルも進んでいた。江戸時代には古紙から再生紙をつくる「漉き返し」という技術を確立しており、目的別にさまざまな和紙が再生されていた。廉価なものでは「落し紙」と呼ばれる現代のトイレットペーパーに相当する紙や、高級なものでは江戸の「浅草紙」、京の「西凋院紙」、大坂の「湊紙」などがあった。

江戸時代の古紙の再生は、まず回収した紙を細かく千切り、釜茹でした後、絞って水を出し、板上で叩いた後、糊を混ぜて1枚1枚乾燥させて丁寧に製紙する。人々はそれを大切に使っていた。

こうした紙を大切にする文化は、明治維新を越え、第二次大戦を越えて、令和の現代まで引き継がれている。

日本の紙の消費量は2019年で1人あたり年間202kg以上で、世界の上位6位に位置づけられている。

日本製紙連合会によれば、日本の古紙回収率は2000年代から80%以上を維持し、コロナ禍の2020年には84.9%と過去最高の回収率となった。また再生率も右肩上がりで推移し、2020年は67.2%とこちらも過去最高となった。いずれも世界トップクラスの回収率と再生率だ。

こうした昔から引き継がれた優れた紙文化の推進を、先端テクノロジーで後押しするのがペーパーラボなのである。

セイコーエプソンと言えば、プリンターやコピー機など紙を使う機器で高いシェアを誇る電子機器メーカーだ。紙に親和性の高いメーカーが紙をつくる機械を開発するのは拝察できるが、それにしてもなぜ”オフィス製紙機”というユニークなマシンを開発できたのか。

BIZ●どういう経緯でペーパーラボ「A-8000」は生まれたのですか。

岡村●きっかけは当時の社長の碓井稔の一言でした。2010年に研究開発部門に碓井社長から「プリンターメーカーとして環境に配慮した紙をオフィスで作る機器ができないか」という連絡が入ったのです。当時は会社として碓井社長が長期ビジョン「SE15」を打ち出しており、これまでエプソンが製品やサービスで培ってきたノウハウや人材を生かして、エプソンらしい新たな商品で世の中に貢献したいと考えていた時でもありました。

BIZ●プリンターをつくっているエプソンさんが環境に良い紙づくりをしていこうというのは、なんとなく理解できますが、素人ながらかなり技術的なハードルがあったのではと思います。そもそも日本では古紙のリサイクルは進んでいるので、使用済みの古紙を専門業者に出せばいいのでは、と思いますが……。

岡村●いろいろ調べてみるとオフィスから出る使用済み古紙の大半は機密文書が多いのです。金融機関などでは使用後は費用をかけて外部業者に委託して処理している。しかも社員が再生工場まで同行して、きちんと溶解処分ができたかの確認をしています。コストと時間と人員をかけて処分しているわけです。

それに紙は人間の創造力を掻き立ててくれます。アナログなメディアですが、手書きができ、クリエイティブな作業には欠かせないと考えています。オフィスには紙は必要だと思います。

BIZ●金融機関の人が工場に出向いて処分まで見届けるとは…機密文書の管理は厳格ですね。シュレッダーにかけて済むという問題ではないんですね。そういえば大ヒットとなったテレビドラマの「半沢直樹」でも黒崎検査官が、シュレッダーで裁断された紙ゴミから紙片を1つ1つソフト上で張り合わせて、データを解読するというシーンがありました。デジタル化すればサーバーやPCから情報漏えいのリスクもあります。悩ましいですね。

岡村●そういったお客様が抱える悩みごとをまるごと解決するためにペーパーラボのコンセプトが生まれました。プロジェクトとしては2012年からスタートしました。

古紙の再生までは手間も時間もかかります。処分して再生された紙はトイレットペーパーやダンボールなどになりますが、ダウングレードするのでその再生紙をオフィスでは使えません。当社では紙の輸送をせず、紙の再生がオフィスでできないか、その方法を考えました。

BIZ●とは言えオフィスで紙を再生するとなると、かなりハードルがあると思います。普通、紙をつくるには大量の水が要ります。実際日本の製紙工場は水源に恵まれた地域にあります。

岡村●そこがチャレンジでした。技術的な大きなハードルは2つありました。1つはドライに繊維化していくこと。もう1つは繊維化した材料を積層してシート状に固めることです。

BIZ●ほぐすんですか?

岡村●ほぐすのです。ほぐして紙の繊維(セルロース)を切らないようにすることがポイントです。切ると繊維が絡みにくくなって紙にならないんです。

BIZ●切らないほうがいい…切り刻んで細かくしていくイメージもあったのですが、じゃあシュレッダーで細かく切らないほうがいいんですね。

岡村●はいそうです。当初は「切る」「破る」「潰す」「擦る」といった細かくすることをいろいろな手法で実験していきましたが、紙をほぐすという考えで絞り込み、最終的に衝撃を与えて紙をほぐすという方法にたどり着きました。

BIZ●衝撃でほぐれるものなのですね。ほぐれた繊維はどうなるのですか。水があれば「漉く」ことになりますが……。

岡村●ほぐした繊維はペーパーラボのなかで綿のようにふわふわになります。それを積層させて加圧してシート状に成形していきます。そのために「ペーパープラス」という独自素材を開発しました。ペーパープラスで結合させ、シート化させます。

BIZ●「ペーパープラス」で結合・シート化だけでなく、白以外の青や赤、黄色の紙が作れるのですね。

岡村●はい、ペーパープラスによって紙に色を着けることができます。いま当社のホームページでは、ユーザー様の事例を紹介していますが、書類を紙の色で使い分けしている企業さんや自治体さんが結構あります。

BIZ●確かに白地にタイトルだけより、ひと目で何を目的とした文書なのか、わかりますしね。2012年に始まった開発ですが、実機が完成したのはいつ頃ですか。

岡村●2015年12月に東京ビッグサイトで開催された「エコプロダクツ2015」でまず試作機を発表しました。

BIZ●反応はどうでしたか。

岡村●非常に多くの方にお越しいただきました。報道関係者の方は31社来ていたようです。こちらの予想以上の反応で、テレビや新聞の取材が続き、海外からも問い合わせがきました。

BIZ●オフィスで紙が再生できるなんて、驚きですからね。話題になるのもわかる気がします。市販機が発売されたのはいつ頃ですか?

岡村●試作機に改良を重ねて、2016年の12月に発売しました。エプソンでは、ペーパーラボの価値に共感して導入していただいた企業様、自治体様を「プレミアムパートナー」として使用データや活用法のアイデアを提供していただいており、さらなる機能や商品価値向上につなげていきたいと考えています。

2017年1月には銀行さんをはじめ、3つの得意先でトライアルとして導入していただきました。ペーパーラボは自治体の方にとくに好評で、都道府県で一番最初に導入された秋田県庁さんは、稼働率が日本一で1日3,000枚以上を目標に製紙しています。

BIZ●自治体の方は環境保全の政策を策定したり、モデルになるわけですから導入はその推進材となりそうです。皆さんどういった目的で導入されて、どのような効果を上げているのでしょうか。

岡村●秋田県庁さんの場合は2012年度から2016年度まで紙の使用量を削減することを目標にしていたようで、それで導入を検討されたようです。導入後は着実に目標に向かって進んでいるようで、目標を超える削減ができそうとの声もいただいています。

東京都の大田区さんでも高い稼働率で使っていただいています。大田区さんは2000年「エコオフィス推進プラン」を策定して環境負荷軽減に取り組んでいたようですが、コピー用紙の削減がなかなか進まず、2016年度にはコピー用紙の使用量は過去最高になってしまったのです。量にして400トン。なんとかしたいということで「エコプロダクツ2015」に出向かれたところ、ペーパーラボに出会い、弊社の工場で試作機を見学されて導入に至りました。現在は1回15〜20kg、3,000枚前後の紙を再生しているとのことです。

小学生などの施設見学の際にペーパーラボの実演などを見せて、環境教育に役立てているケースも県庁や市役所であります。

BIZ●一般企業の反応はどうですか。

岡村●一般企業では銀行さんや証券会社さんなどの金融関係の方が多いようです。やはり機密書類の処理ができて、漏洩リスクが大幅に減らせるとのことで、高い評価をいただいています。

生み出せる再生紙の量もそうですが、社員や職員の環境意識が変わったという声も聞かれます。

ボイラーや食品機器などのメンテナンスを行う三浦工業様では、環境経営を推進しておられますが、ペーパーラボで生まれた再生紙を使って名刺やノート、CSR報告書などをつくられており、SDGsに対する意識がさらに高まったと言います。それから多いのが障がい者雇用などの職域が広がったという声です。

三浦工業さんでは障がい者の方を新たに3名雇用されています。法定雇用率を満たすことが長らくの課題だったようなのですが、ペーパーラボの導入をきっかけに紙の収集や仕分けなどの仕事が生まれ、雇用に繋がりました。それからゴム・樹脂製品を製造されている住友理工さんの特例子会社の住理工ジョイフルさんでは、ペーパーラボを導入した後は同社の機密書類の処理の運用を全面的に任せられるようになったとのことでした。

BIZ●環境負荷の軽減だけでなく、働き方の多様性や平等性、さらに働く人々のクリエイティビティを刺激する機械なのですね。ところでペーパーラボが開発されたことでセイコーエプソンさんの社内的な変化はありましたか。

岡村●ユーザー様と同じように社員の意識が変わって、社内の紙の使用量が減っていきました。2016年に413.4トンだった使用量が2017年には382.2トン、2018年に321.2トンと目に見えて減っています。また環境意識だけでなく、SDGsについても社内で最初に考えるきっかけとなったのはペーパーラボの開発メンバーでした。それと新卒採用に大きな変化が出ました。「ペーパーラボを使ったこんな商品をつくりたい」という入社希望の学生さんが2〜3割出てきています。

BIZ●そんなところにも影響があるのですね。弊社エル・ローズでも、その新しい価値観に共感し、ペーパーラボを導入させていただきました。すると紙の購入量が目に見えて減りました。4〜10月期対前年比で48%と半分以下となりました。紙の使用量も昨年から10%減っています。ものすごい効果です。購入量が減少したことはもちろんのこと、社員のペーパーレスへの意識がより高くなり、SDGsを推進するうえで、社員の意識改革に大きく役立ったと思っております。

岡村●そう言っていただけると本当に嬉しいですね。私たちは、いまこのペーパーラボが、どんな使い方ができて、どのような変化を生み出していけるのか、ユーザーの皆様、あるいはユーザーの周りの皆様と一緒にその活用事例から学んでいるところなのです。

BIZ●活用事例としてはほかにどんなものがありますか。

岡村●名刺や会議資料などのほかに、カレンダーやメモ帳、スケッチブック、栞、便箋、かわったところでは紙粘土、着火剤などをつくった例もあります。

BIZ●いろいろな活用の仕方があるのですね。エコプロダクツの時に海外から引き合いがあったとのことでしたが、海外でも導入されているのですか。

太田●現在ヨーロッパからの受注が決まっていて、いま紙の評価をしているところです。海外と日本とでは紙の質が違うんです。日本の紙の原木は品質が非常に安定してるのですが、海外は原木が違うため、その調整が難しいのです。また海外では日中にペーパーラボを動かすということではなく、仕事終わりにペーパーラボをセットして夜中に稼働させて、翌朝再生紙が出来上がってくるような使い方を希望されることが多いので、紙が違っても安定して稼働するようにしないといけません。

BIZ●ぜひとも世界に広がってほしいですね。今後のペーパーラボはどのような進化をしていくのでしょうか。

岡村●まずサイズを現在の半分くらいにしたい。コピー機のようにオフィスのなかでふつうに存在して、どのオフィスでも循環サイクルが実現できるようになればいいと思っています。それから現状では古紙の種類が変わった時に機械の設定が必要になっていますので、紙の種類が変わっても自動で識別できて、都度都度設定しなくてもいいようにしたいと思っています。

BIZ●出力する紙のサイズのバリエーションは増えますか?

太田●いまのところA4とA3の2種類の予定です。開発にあたって紙のサイズについてもどのようなニーズがあるか調べたのですが、A4サイズが約80%。A3が10%、あと残りが10%といった具合です。A4が圧倒的なのです。

BIZ●なぜこのような質問をさせていただくかといいますと、弊社では、A4・A3サイズ以外の紙も使用しており、これらがペーパーラボで再生することができれば、環境負荷低減に大きく貢献できるのではないかと考えているんです。

岡村●そうですか。開発の参考にさせていただきます。

BIZ●いま社会のなかにSDGsが浸透し、またデジタル化やAI化によってDXが進んでいます。日本の社会構造やものづくりがさまざまな意味で岐路に立っていると感じていますが、サスティナブルな製品をつくり続けるセイコーエプソンさんが目指していく世界はどういったものになるのでしょうか。

岡村●2025年に向けた長期ビジョン「Epson 25 Renewed」を掲げました。私たちが培ってきた「省・小・精の技術」とデジタル技術で、「持続可能でこころ豊かな社会を共創する」ことをテーマに、バーチャルと現実をつなぐ製品やサービスを提供していくことを目指しています。そのなかでも「脱炭素」と「資源循環」という環境と、「人・モノ・情報」をつなげるデジタルプラットフォームの構築によるDX化がその鍵を握っています。ペーパーラボはその環境性とDXが融合した「未来を変える」製品だと捉えています。私たちは決して商品やサービスの売上を伸ばすことを最優先にはしません。私たちが提供する価値に共鳴いただいた方々とサスティナブルで心豊かな社会を一緒につくっていきたいと考えています。

まずは2021年度の下期に向け、ペーパーラボでカーボンニュートラルに貢献できるよう、その環境性能を引き上げていきたいと考えています。

BIZ●ありがとうございました。これからも私たちの未来を豊かに変える、ワクワクする製品の開発を期待しています。

(文中敬称略)

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