COLUMN ビジネスシンカー

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2022.02

現代の参謀はAIか?!
テクノロジー万能時代に見直しておきたい
戦国時代の名参謀の「仕事」と「資質」

戦略や人心掌握に歌を生かした
太田道灌

名参謀、名軍師と呼ばれるためには、教養も必要だった。例えば江戸城の築城で知られる太田道灌。和歌をたしなむ歌人としても有名だった。この歌の素養が、折々の戦略を成功に導いたとされている。ある時、主君である上杉定正が、千葉の庁南を攻める際、そのルートを策定するにあたって、山側と海側をいずれかの選択に迷った。事前情報によれば、山側のルートには石鏃(いしやじり)が仕掛けてあるという。海側を進むには引き潮が条件だったが、海岸まで出なければ、それがわからない。その時、道灌は海岸線まで出ずとも、引き潮であると断言し、主君に進軍を勧めたという。道灌はその理由を「遠くなり 近くなりみの 浜千鳥 鳴る音に潮の 満ち干をぞ知る」という歌を紹介し、千鳥の音が遠くに聞こえたので、引き潮であることがわかったのだと答えたのである。定正が進むと果たして、潮は引いており、定正の軍はなんなく進むことができたという。

また利根川を夜渡ろうとしたときも、「そこひなき 淵やはさわぐ 山川の 浅き瀬にこそ あだ波は立て」という歌を引用し、波音が聞こえるところこそ、浅瀬であるから、そこを渡るべしと進言している。エンジニアであり、科学者である道灌らしいエピソードである。道灌は和歌から巧みに人の心理を読み、戦術に生かしてもいたのである。どことなく夏目漱石の門下生で物理学者でありながら名随筆家を残した寺田寅彦に通じるとこ
ろがある。

道灌にはこんなエピソードがある。あるところに罪を犯し、屋敷に籠城した配下の者が7人いた。この時道灌は使いの者を送り、1人だけ助ける心づもりなので、心しておくようにと伝えたところ、あれほど決死の思いで固まった者の太刀先が鈍ってしまった。そこにすかさず道灌の部下が切り込み、全員を討ち取ったという。道灌の心理作戦があたったのだが、これも「世の中に ひとりとどまる ものならば もしや我かはと 身をや頼まん」という歌に倣って、ただ一人だけに幸運が舞い込むなら、自分だけはと祈るような気持ちに誰もがなるという心理があると道灌が知っていたからだといわれている。

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