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コロナ禍でメリット広がるデジタル地域通貨

 コロナ禍で一気に広まったキャッシュレス決済。コロナ禍前は、キャッシュレスと言えばクレジットカードとSuica、ICOCAといった電車のデジタル通貨くらいだった。中国や北欧ではデジタル立国などの声が上がる一方、日本はまだまだ現金信仰が強いので「日本でそんな時代が来るのはまだ先」と思っていたが、「すっかり現金を使わなくなった」という声をあちこちで聞くようになった。

コロナ禍で一気に広がったキャッシュレス決済、デジタル通貨

 一口にデジタル通貨と言ってもさまざまだが、デジタル通貨はデジタルな「通貨」そのものではなく、いささかトートロジー的だが預金に紐付いた決済の手段を指し、プリペイド(前払い)かポストペイ(後払い)のいずれかで払うことになる。なかでも一気に普及が進んだのは、○○Payと呼ばれるデジタル通貨である。○○Payは二次元コードやバーコードを使うために、「コード決済」とも言われる。
 ○○Payはスマホにアプリがあれば、二次元コードやバーコードを読み込むだけで決済が可能で、店側としても二次元コード決済なら専用機器がなくてもキャッシュレス決済に対応できることが普及要因となっている。
 広がるデジタル通貨の勢いを受け、ここに来て増えているのが「デジタル地域通貨」だ。地域通貨は過去にも地域活性化目的で全国各地に導入されたが、あまり普及しなかった。使える用途が限定されたり、端数が出た場合は、釣りが出なかったり、使用期限があるなど、使い勝手が悪かったからだ。通貨というより期間限定の商品券やクーポンと捉え方のほうが近い。
 逆に発行者自身が利便性を抑えていた面もある。現金並みの利便性をもたせると、日銀が金融政策を取りにくくなるからだ。
 普及しなかった背景には印刷したり、不正利用を防ぐための管理など、導入管理コストがかさむこともあった。これに対してデジタル地域通貨は貨幣と違い印刷や鋳造する必要もないので、導入・管理コストが安く済む。しかもこうしたデジタル通貨のプラットフォームを手掛けるIT業者も増えているため、システムをゼロから構築する必要もなくなっている。
 利用者にとっても一度スマートフォンにアプリをダウンロードすれば、財布代わりに使え、物理的な現金のように盗難の心配も少ないなどメリットが多い。クレジットカードのようにポイントをつけることなどができ、決済の代替だけでなく、ポイントを調整することで市民の行動変容を起こすことができたり、住民の満足度、QOLを高めることができる。

バスやタクシー、ホテルでも使える埼玉県深谷市のデジタル地域通貨「ネギー」

 「ふるさとチョイス」など、ふるさと納税者向けのプラットフォームサービスを提供している株式会社トラストバンクは、地域通貨向けデジタルプラットフォームの「chiica」を運営している。この「chiica」を使ってデジタル地域通貨「negi(ネギー)」を発行している自治体の1つが、渋沢栄一と深谷ねぎで知られる埼玉県深谷市だ。ユーザーはまずスマートフォンでネギーのアプリをダウンロードし、ネギーをチャージする。チャージ方法は、①市内の指定店舗で現金をチャージする、②使用しているクレジットカードを登録する、③セブン銀行のATMでチャージする、の3つがある。

 あとは通常の○○Payと同様、二次元コードやバーコードを読み込むことで市内700箇所以上の店や施設でのショッピングや食事、レジャー、バスやタクシーでの移動、ホテルの宿泊などの決済にも使える。市内での経済活動を活性化するために、10%のポイントバックキャンペーンも行っている。
 また同市はコロナ禍で就職機会が減ったり、アルバイトができなくなった市内の高校生や大学生に、2021年に1人に対して1万ネギーを提供している。こうした地域経済の活性化施策や、特定の困った人に向けた経済支援を柔軟に行えるのもデジタル地域通貨の特長だ。

1700店の加盟店、施設を持つデジタル地域通貨の嚆矢「さるぼぼコイン」

 デジタル地域通貨の先駆けとなったのが、岐阜県で発行されている「さるぼぼコイン」だ。フィンテックを使ったアプリ開発などを手掛ける株式会社アイリッジ開発の地域通貨プラットフォーム「Money Easy」を利用し、地域の金融機関である飛騨信用組合が主体となって2017年の冬にスタート。飛騨信用組合の商業エリアである岐阜県の高山市や飛騨市、白川村で利用できる。利用法は深谷市のネギーと同様だが、老舗だけあって利用できる店舗や施設が1700箇所と多いのが特長で、注目すべきはさるぼぼコイン利用者だけが買える「裏メニュー」があることだ。

 「業者間でしか出回らない特選飛騨牛の希少部位」や、「イタリア料理店のカツ丼」、「工場で食べる熱々のあつあげ」などちょっとレアな商材のほか「屋根裏の図書館独り占めの時間」や「夫婦の歌を売ります」「大工が古代の建築技法教えます」といった、かなり濃いメニューが並ぶ。

ブロックチェーンでどこでどんな人が使ったかがわかり、経済の見える化が進む

 デジタル地域通貨が行政や地域の金融機関などに導入されているのは、デジタル地域通貨が地域の課題解決を後押ししている有力なツールだからだ。
 デジタル地域通貨は、いつどこでどんな属性を持った人物がいくら決済したか、いくらチャージしたのかが分かる。とくに最近は改ざんや不正取引ができないブロックチェーン技術を使ったプラットフォームが活用されているので、誰もが安心して使えるようになっている。ブロックチェーンは和訳すると「分散台帳」とされ、誰が使ったかが自動的に記録されるので、悪意を持った侵入者を特定できることが強みだ。
 発行者は決済の記録をトレースすることで、その地域の人々の活動パターンが読めたり、経済効果の測定も可能になる。また、その効果測定をフィードバックすることで自治体の施策に反映させることができる。

カーボンニュートラル施策推進にデジタル地域通貨が一役買う

 とくに現在日本はもとより世界中でスマートシティ化が進んでおり、なかでも行政府のデジタル化は大きな関心の的となっている。行政府の業務をデジタル化やスマート化によって節約できた予算を、老朽化していくインフラ管理などに回していかなければならない。
 さらにいま日本をはじめ世界中に求められているのは、カーボンニュートラルの実現である。日本は2050年までに温室効果ガス排出量をゼロにすると、菅義偉前首相が世界に公約している。日本の温室効果ガス排出量はおよそ年間11億5000万トン。これが日本国民一人ひとりにのしかかる。
 カーボンニュートラルの取り組みは、いま企業、とりわけメーカーで熱心に取り組まれているが、市民レベルでの行動はまだまだ不十分だ。企業は法や条例や国際基準などを遵守していく必要があるが、市民の縛りは今のところ少ない。しかし行政レベルではさまざまな達成目標や縛りがかっているのだ。
 カーボンニュートラルは達成しなくても特定の誰かが死亡するわけではない。しかし気候の変動は年々人々に牙を剥いている。問題はいかに市民がそこに目を向け、脱炭素行動を我が身に定着させるか、である。デジタル地域通貨はそういった一般市民の脱炭素行動を促す有効なツールとして期待されているのだ。
 たとえば、自家用車を使わずに電車やバスを使ったり、植林活動のイベントに参加するなど、脱炭素行動につながる行為にポイントや地域通貨を付与することで、カーボンニュートラルに近づいていく。

まちを良くしたいという思いに応えるプラットフォーム「まちのコイン」

 デジタル地域通貨は脱炭素行動だけでなく、環境保全や美化、地域の高齢者やこどもたちの見守り、あるいはフードロスの削減など、少しでも地域を良くしたい、困っている人を助けたいという思いを後押しする。こうした行動を起こす人は別に報酬が目当てではない。助けてもらった人からお礼として現金を出されても受け取らないだろう。しかし地域通貨なら受け取りやすくなる。それを地域の店で使うことになれば地域経済も回り、地域全体のウエルビーイングが向上していく。
 鎌倉に本社を置くITシステム会社の面白法人カヤックは、そんな「地域を面白く」「SDGsの実践を促す」デジタル地域通貨プラットフォーム「まちのコイン」を提供している。
 地域通貨の主体者は、それぞれの独自呼称の「まちのコイン」をつくり、利用者の良い行為を促す。

 たとえば鎌倉市ではまちのコインを「クルッポ」と名付けて導入。脱炭素行動として湘南モノレールを利用した人にもれなく「50クルッポ」送ったり、鎌倉市の広報誌を読んでくれた人に「50クルッポ」を送ったりしている。広報誌を作って配布するだけでなく、読んでもらうと地域通貨がもらえるというのはかなりユニークだ。
 鳥取県智頭町ではエコバッグ持参でまちのコイン「50てご」を贈る店のほか、雨の日来店で「100てご」を提供したり、なかには店の前を通るだけで「50てご」をあげる店もある。

 このようにデジタル地域通貨は地域の見えにくい「ちょっといいこと」を可視化し、価値として評価する仕組みでもある。
 お金やモノで露骨に態度を変える人を「現金だな」と揶揄したりするが、デジタル地域通貨はその人の良さを引き出し、行動を良い方向に変える”げんき”な人とげんきな街をつくっていくようだ。

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