AIが読めない「空気」を売る時代 データでは測れない感覚が、顧客の財布を開く意外な『五感』を利用した繁盛術
「なぜ、あの店は商品が雑然と積まれているのに客が絶えないのか?」「なぜ、香りに年間数千万円も投資する企業があるのか?」「なぜ、暗くて音楽がうるさい店に若者が殺到するのか──」
AIを活用したマーケティングが隆盛を極める現代。しかし、リアル店舗の現場では、全く異なる法則が支配している。そこで勝敗を分けるのは、AIには読み取れない「人間の気持ち」であり、数値化できない「感覚」だ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚──いわゆる五感は、人間の脳の奥深く、感情や記憶を司る部分に直接働きかける。とりわけ従来“意外だ”と軽視されてきた感覚へのアプローチ、あるいは常識を覆すような色使いやデコレーション、音楽、スタイル、ギミック、人的アプローチが、顧客の購買意欲を劇的に高め、売上を押し上げている。

目次
- ■視覚と聴覚の「混沌」が生む熱狂。「整理整頓」を捨てたドン・キホーテの勝算
- ■「立ち食い」で高級を民主化。「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」の視覚と嗅覚戦略
- ■昭和の「懐かしさ」を売る。コメダ珈琲の触覚と視覚戦略
- ■触って、嗅いで、持ち帰る。LUSHが仕掛ける「体験」という商品
- ■空間デザインが生む。「居場所」という価値にこだわる、蔦屋書店
- ■空を飛ぶ「香り」。シンガポール航空の嗅覚ブランディング戦略
- ■暗闇と爆音の中で売る。アバクロンビー&フィッチの「非常識」な成功
- ■「触れる」が購買を決める。Apple Storeの触覚革命
- ■味覚が売上を押し上げる。Whole Foods Marketのサンプリング戦略
■視覚と聴覚の「混沌」が生む熱狂。「整理整頓」を捨てたドン・キホーテの勝算
“ドンキ”の愛称で知られる「ドン・キホーテ」。そのユニークな品揃えと陳列方法はいまさら取り上げる必要はないほど有名だ。同社の成功の核心は、あえて「混沌」を演出する五感戦略にある。どこかキワモノ的な印象を受けるが、34期連続増収増益という驚異的な記録を打ち立てた実力には、差し挟む言葉もないだろう。
店内に足を踏み入れた瞬間、客はその光景に圧倒される。天井まで積み上げられた段ボール箱、迷路のような通路、手書きのPOPが乱立する売場。一見すると、整理整頓とは無縁の空間。だがこれこそが同社が意図的に設計した「圧縮陳列」と呼ばれる同社の独自戦略である。
視覚的な情報過多は、脳を刺激し続ける。人間の脳は、予測不可能な環境に置かれると、ドーパミンという快楽物質を分泌する。ドン・キホーテの店内では、次の角を曲がれば何が待っているか分からないという「宝探し」的体験が、顧客の滞在時間を劇的に延ばす。実際、一般的なスーパーマーケットの平均滞在時間が15分程度であるのに対し、ドン・キホーテでは平均40分以上という調査結果もある。
さらに、聴覚への刺激も見逃せない。店内に響き渡る「ポポーポポポポ」という独特のメロディ。これは「呼び込み君」という音響装置から流れるBGMで、耳に残る高音のポップな音調が、顧客の注意を特定の売場へと誘導する。この音は、人間の脳が「何か重要なことが起きている」と錯覚するような周波数帯域に設定されており、無意識のうちに足を止めさせる効果がある。
ドン・キホーテの成功は、「きれいに整った売場が正しい」という小売業界の常識を覆し、むしろ「探す楽しみ」「予想外との出会い」という感情体験を視覚と聴覚で演出したことにある。五感を刺激する売場設計が”熱狂”を生み、衝動買いを誘発するのだ。
■「立ち食い」で高級を民主化。「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」の視覚と嗅覚戦略
2011年、東京・銀座に誕生した「俺のイタリアン」は、飲食業界に衝撃を与えた。一流シェフが作る本格フレンチ・イタリアンを、立ち食いスタイルで、驚くほどリーズナブルに提供する─この「非常識」なビジネスモデルの核心にも五感マーケティングがあった。
まず視覚への訴求。店内に入ると、目の前でシェフが肉を切り、焼き、盛り付ける。オープンキッチンから見えるのは、高級レストランでしか見られないような一流の技術だ。客の目の前で3万円のフルコース料理を作っていたシェフが、3000円の料理を作る。この視覚的なギャップが、「これは本物だ」という信頼を生む。
さらに重要なのが嗅覚である。肉が焼ける香り、バターとガーリックが絡み合う芳香、ソースが煮詰まる匂い─これらが店内に充満し、通りすがりの人々の足を止める。一般的な高級レストランでは厨房が完全に隔離され、料理の香りは客席には届かない。しかし俺のイタリアンでは、あえて香りを開放することで、食欲を直接刺激している。
「立ち食い」という形式も、実は触覚と時間感覚を操作する戦略だ。座ると、人間は長居したくなる。しかし立っていると、食べ終わったら自然と店を出たくなる。この心理を利用し、客の滞在時間を平均30分程度に抑えることで、一般的な高級レストランの2〜3倍の回転率を実現している。
ブックオフの創業者である坂本孝氏が始めたこのビジネスモデルは、当初原価率を無視した「ありえない」メニューで話題を呼んだ。「活きあわびと生うにのゼリー寄せキャビア添え」を提供し、赤字覚悟で客を呼び込む。そして一度来店した客は、目の前で繰り広げられる「本物の料理」の視覚体験と、肉が焼ける香りの嗅覚体験に魅了され、リピーターとなる。
「俺の〜」シリーズの成功は、「高級料理は座って食べるもの」という常識を打ち破り、五感を刺激する「体験」として再定義したことにある。中小の飲食店でも、オープンキッチンで調理の様子を見せ、香りを開放するだけで、同様の効果を生み出せる。
■昭和の「懐かしさ」を売る。コメダ珈琲の触覚と視覚戦略
名古屋発の喫茶店チェーン、「コメダ珈琲」は、全国に900店舗以上を展開する成功企業だ。その成功の秘密は、「昭和レトロ」という五感体験を徹底的に設計したことにある。
まず視覚。コメダ珈琲の店舗デザインは意図的に「ちょっとダサい」。レンガ風の外壁、おばあちゃんの家にありそうなソファ、昭和感ある照明。現代の洗練されたカフェとは対極にある。しかし、この「あえてのダサさ」が、「選ばれなくてもいい空間」という安心感を生み出す。おしゃれなカフェでは、服装や振る舞いに気を使う。しかしコメダでは、そんな緊張感は不要だ。この視覚的な「脱力感」が、長時間の滞在を促す。
触覚への配慮も徹底している。分厚いソファの座り心地、木製テーブルの質感、重厚なマグカップの手触り──これらすべてが、「ここは居心地がいい」という感覚を生んでいる。一般的なカフェチェーンが回転率を上げるために硬い椅子を採用するのとは対照的に、コメダは「座っていたくなる」家具を意図的に選んでいる。結果として、コメダの平均滞在時間は約60分と、一般的なカフェの2倍以上に達する。

さらに、味覚と視覚の組み合わせも巧妙だ。名物の「シロノワール」は、温かいデニッシュに冷たいソフトクリームを乗せた一品だが、そのボリューム感は視覚的なインパクトが大きい。SNSでシェアしたくなるビジュアルが、口コミを生み出す。
コメダ珈琲の成功は、「懐かしさ」という感情を五感、特に触覚と視覚を通じて再現したことにある。高級な素材を使わなくても、「居心地の良さ」という無形の価値を五感で演出できることを証明したのだ。
■触って、嗅いで、持ち帰る。LUSHが仕掛ける「体験」という商品
一方イギリス発の化粧品ブランド、「LUSH」。同社の五感マーケティングの第一の武器は香りだ。その嗅覚戦略は徹底している。店舗のドアを開ける前から、通路に漂う香りが通行人の足を止める。これは偶然ではない。同社は店内の換気システムを調整し、意図的に香りを店外に拡散させているのだ。人間の嗅覚は、五感の中で唯一、脳の記憶と感情を司る部分(扁桃体と海馬)に直接つながっている。ある研究によれば、視覚情報の記憶定着率が約10%であるのに対し、嗅覚情報は約65%に達するという。LUSHはこの特性を最大限に活用し、ブランドと香りを強く結びつけることで、顧客の記憶に深く刻み込むことに成功している。
さらに注目すべきは、触覚へのアプローチだ。LUSHの店舗では、ほぼすべての商品が裸の状態で陳列されている。プラスチックの包装もなければ、ガラスケースもない。スタッフは積極的に商品を手に取らせ、肌で試すことを勧める。この「触れる」体験が購買率を劇的に向上させる理由は、心理学の「保有効果」にある。人間は一度手に取ったものに対して、所有しているような錯覚を抱き、手放すことに抵抗を感じる。実際、触覚を活用した販売手法を導入した小売店では、購買率が平均30%向上したという調査結果もある。
視覚的な演出も特筆すべきだろう。LUSHの商品は、カラフルで独特な形状をしている。石鹸はケーキのように切り分けられ、バスボムは宝石のように輝く。この「食べ物のような」「宝石のような」という視覚的な比喩が、脳に快楽を連想させる。人間の脳は、美しいものや美味しそうなものを見ると、実際に触れたり食べたりしなくても、報酬系が活性化することが知られている。
LUSHの成功要因は、商品そのものではなく「体験」を販売している点にある。嗅覚で記憶に刻み、触覚で所有欲を刺激し、視覚でエシカルな価値観を訴求する。この三位一体の感覚戦略が、熱狂的なファンを生み出し続けている。
■空間デザインが生む。「居場所」という価値にこだわる、蔦屋書店
書店業界が苦境に喘ぐ中、独自の路線で成長を続けているのが「蔦屋書店」だ。同社の戦略の核心は、「本を売る」のではなく「時間を売る」という発想の転換にある。そして、その時間を演出するのが、五感に訴える空間デザインである。
蔦屋書店の店舗に足を踏み入れると、まず視覚が刺激される。木のぬくもりを感じさせる内装、計算し尽くされた照明、アート作品のような書籍の陳列。これらは単なる装飾ではない。人間の脳は、暖色系の照明と木材を視覚的に認識すると、リラックスを促す副交感神経が優位になることが知られている。蔦屋書店は、この生理学的反応を利用し、「ここにいたい」と感じさせる空間を意図的に設計している。

さらに、聴覚と嗅覚の演出も見逃せない。店内に流れる落ち着いたBGM、併設されたカフェから漂うコーヒーの香り。これらが相まって、蔦屋書店は「書店」ではなく「居場所」として認識される。ある調査によれば、蔦屋書店の平均滞在時間は一般的な書店の3倍以上に達し、滞在時間が長いほど購買額も増加する傾向が明確に表れている。
特筆すべきは、触覚への配慮だ。蔦屋書店では、座り心地にこだわった椅子やソファが随所に配置され、顧客は実際に座って本を読むことができる。この「座る」という行為が、滞在時間を延ばすだけでなく、購買意欲を高める。家具メーカーの調査によれば、座った状態で商品を検討すると、立った状態に比べて購買率が約40%向上するという。
蔦屋書店の成功は、五感を統合した空間デザインによって、「本を買いに行く場所」から「過ごしたい場所」へと書店の価値を再定義したことにある。
■空を飛ぶ「香り」。シンガポール航空の嗅覚ブランディング戦略
世界で最も革新的な嗅覚マーケティングを展開している企業の一つが、「シンガポール航空」だろう。同社は1990年代から、独自の香り「ステファン・フロリディアン・ウォーターズ」を開発し、ブランド・アイデンティティの中核に据えてきた。
この香りは、単なる芳香剤ではない。シンガポール航空は、この香りをあらゆる顧客接点に組み込んでいる。搭乗前に手渡される温かいおしぼりに染み込ませ、機内の空調システムを通じて客室全体に拡散し、さらには客室乗務員の制服の生地にまで織り込んでいる。この徹底した香りの統一が、ブランド体験の一貫性を生み出す。
シンガポール航空によれば、同社は1フライトあたり約3,000ドル(約45万円)を香り関連のコストに投じているという。一見すると膨大な投資だが、その効果は絶大だ。
ある調査では、シンガポール航空の顧客の85%以上が「この香りを嗅ぐと、快適なフライトを思い出す」と回答している。つまり、香りが記憶のトリガーとなり、ブランドロイヤルティを強化しているのだ。
嗅覚マーケティングの威力は、脳科学的にも証明されている。人間の嗅覚は、視覚や聴覚よりも遥かに強く記憶と結びつく。これは、嗅覚が進化の過程で最も古くから発達した感覚であり、生存に直結していたためだ。シンガポール航空は、この原始的な感覚を戦略的に活用することで、競合他社との差別化を実現している。
■暗闇と爆音の中で売る。アバクロンビー&フィッチの「非常識」な成功
圧縮陳列という混沌で成長を続けるドン・キホーテ。アメリカにもそんな意外すぎる小売がある。アメリカのファッションブランド、「アバクロンビー&フィッチ(A&F)」がそれだ。A&Fは徹底的に小売業の常識を破壊している。店内は薄暗く、爆音の音楽が鳴り響き、強烈な香水の匂いが充満している。一般的な小売理論からすれば、「悪い店」の典型だ。しかし、A&Fはこの「非常識」な戦略で一世を風靡した。
まず視覚戦略だが、A&Fの店内照明は一般的な小売店の約3分の1の明るさに設定されている。薄暗い照明は、顧客の瞳孔を開かせ、より多くの光を取り込もうとする。この状態では、脳が活性化し、商品がより魅力的に見える効果がある。さらに、暗闇はクラブやバーを連想させ、「非日常」の空間を演出する。
聴覚への刺激はさらに極端だ。店内では常に大音量の音楽が流れている。一般的には、静かな環境の方が商品を吟味しやすいとされるが、A&Fは逆を行く。大音量の音楽は、顧客の思考を停止させ、論理的な判断よりも感情的な判断を促す。つまり、「本当に必要か」と考える余地を与えず、「かっこいい」「欲しい」という直感的な購買を誘発するのだ。
そして嗅覚戦略。A&Fの店舗に近づくと、独特の香水の香りが漂ってくる。同社は「Fierce」という自社開発の香水を店内に大量に噴霧している。この香りは、ブランドの象徴として機能し、顧客の記憶に強く刻まれる。実際、A&Fの香りは非常に特徴的で、多くの人が「あの香りを嗅ぐとA&Fを思い出す」と証言している。
A&Fの戦略は、若者の「帰属意識」を刺激することにある。暗闇、爆音、強烈な香り──これらは「この空間に入れる自分は特別だ」という感覚を生み出す。A&Fは商品ではなく、「ライフスタイル」という無形の価値を五感で演出し、熱狂的なファンを獲得したのだ。
■「触れる」が購買を決める。Apple Storeの触覚革命
iPhoneやMacBookなどの「アップル(Apple)」製品の専用販売店「アップル・ストア(Apple Store)」。その成功要因を語る際、多くの人はデザインやブランド力を挙げる。しかし、最も重要な要素の一つは「触覚」へのこだわりだ。
Apple Storeに足を踏み入れると、すべての製品が手の届く位置に、何の障壁もなく配置されている。ガラスケースもなければ、「触らないでください」という注意書きもない。顧客は自由に製品を手に取り、操作し、感触を確かめることができる。
この戦略の背景には、深い心理学的洞察がある。人間は、実際に触れることで製品との感情的なつながりを形成する。ある研究によれば、製品を30秒間触った顧客は、触らなかった顧客に比べて購買率が約40%高いという。Apple Storeは、この「触覚的所有感」を最大限に活用している。
さらに、Apple製品のハードウェア自体も、触覚に訴えるよう設計されている。iPhoneやMacBookの滑らかなアルミニウムの質感、適度な重量感、画面をスワイプする際の滑らかさ─これらはすべて、「持つ喜び」を演出するための綿密な設計の産物だ。
Apple Storeの成功は、「触れる」という最も原始的な感覚を尊重し、デジタル製品に「温かみ」を与えたことにある。
■味覚が売上を押し上げる。Whole Foods Marketのサンプリング戦略
アメリカの高級スーパーマーケット、「ホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)」は、味覚マーケティングの達人だ。同社の店舗では、常に何かしらの試食サンプルが提供されている。一見すると、これは一般的な販促手法に思えるが、Whole Foods Marketのサンプリング戦略には、深い戦略性がある。
まず、サンプリングの頻度と規模だ。Whole Foods Marketでは、平均して店内に10カ所以上のサンプリングステーションが設置され、多い日には20種類以上の商品が試食できる。この圧倒的な量が、顧客に「ここは特別な場所だ」という印象を与える。
さらに、味覚だけでなく、触覚との組み合わせも巧妙だ。サンプルを配るスタッフは、ただ試食品を手渡すだけでなく、商品の背景やストーリーを語る。顧客が商品に触れ、重さや質感を確かめることを奨励する。この多感覚的なアプローチが、単なる試食を「体験」に昇華させる。
味覚マーケティングの効果は、数字にも表れている。ある調査によれば、試食をした顧客の約70%が、その商品、あるいは関連商品を購入するという。さらに、試食をした顧客の平均購買額は、試食をしなかった顧客の約1.5倍に達する。
Whole Foods Market の成功要因は、味覚を単独で扱うのではなく、触覚、嗅覚、視覚と組み合わせた「総合感覚体験」として設計したことにある。
■なぜ五感マーケティングは商売繁盛につながるのか。感覚と購買の深い関係
ここまで紹介した事例には、いくつかの共通するメカニズムが存在する。たとえば次のようなものだ。
【メカニズム1】記憶への刻印─嗅覚と感情の直結
シンガポール航空とA&Fの成功が示すように、嗅覚は記憶に最も強く結びつく感覚だ。人間の脳では、嗅覚情報が扁桃体(感情)と海馬(記憶)に直接伝達される。この直結性が、嗅覚マーケティングの威力を生む。適切な香りを戦略的に配置することで、ブランドは顧客の記憶に深く刻まれ、再来店率とロイヤルティが劇的に向上する。
【メカニズム2】所有欲の創出─触覚と心理的所有感
LUSHとApple Storeが実証したように、「触れる」という行為は、心理的所有感を生み出す。人間は一度手に取ったものを手放すことに抵抗を感じる。これは「保有効果」と呼ばれる認知バイアスで、購買率を30〜40%向上させる効果がある。
【メカニズム3】感情の活性化─聴覚と視覚の刺激
ドン・キホーテとA&Fが示したように、聴覚と視覚への強い刺激は、脳の感情中枢を活性化させる。これにより、論理的判断が抑制され、衝動的な購買行動が促進される。
【メカニズム4】体験価値の創出─複数感覚の統合
蔦屋書店とホールフーズ・マーケットが実践したように、複数の感覚を統合することで、単なる「買い物」が「体験」に昇華される。人間は、商品そのものよりも「体験」に対して高い価値を感じ、より多くの金額を支払う意思を示す。
【メカニズム5】信頼の構築─一貫性のある感覚体験
五感マーケティングで成功している企業に共通するのは、感覚体験の一貫性だ。シンガポール航空は香りを、A&Fは暗闇と爆音を、コメダ珈琲は昭和レトロを、あらゆる顧客接点で徹底している。この一貫性が、ブランドアイデンティティを強化し、信頼を構築する。
■明日から使える、小売現場での実践的五感マーケティング手法
これまでの事例分析を踏まえ、実際の小売現場で今日から活用できる具体的な手法を考えてみよう。
【視覚の活用】
・ 照明の色温度調整: 暖色系(2700K〜3000K)の照明は、リラックスと滞在時間の延長を促す。高級品には電球色、日用品には昼白色が効果的。
・ 陳列の高低差: 床から30cm〜150cmの「ゴールデンゾーン」に主力商品を配置。視線の動きを意識した陳列で、発見の喜びを演出。
・ 色彩の戦略的使用: 赤は食欲と衝動買いを促進、青は信頼感を醸成、緑はリラックスを促す。商品カテゴリーに応じた色彩計画を。
・ オープンキッチンの活用: 俺のフレンチのように、調理の様子を見せることで、「本物」という信頼感を醸成する。中小飲食店でも実践可能。
【聴覚の活用】
・ BGMのテンポ調整: スローテンポ(60〜80BPM)は滞在時間を延ばし、アップテンポ(120BPM以上)は回転率を上げる。時間帯や目的に応じて調整。
・ 音量の最適化: 会話が可能な程度(60〜70デシベル)が理想。静かすぎると緊張感が生まれ、うるさすぎると不快感を与える。
・ 音響の方向性: 特定の売場に顧客を誘導したい場合、その方向から音を発する。「呼び込み君」の効果がこれを実証。
【嗅覚の活用】
・ 入口での香りの設計: 店舗入口から3m以内で心地よい香りを感じさせる。パン屋なら焼きたてパンの香り、カフェならコーヒーの香りを意図的に外に漏らす。
・ 調理香の開放: 俺のフレンチのように、調理の香りを客席や店外に開放することで、食欲を直接刺激する。
・ 時間帯による香りの変更: 朝は柑橘系で活力を、夕方はラベンダー系でリラックスを演出。
【触覚の活用】
・ 触れる機会の最大化: 可能な限り、包装を最小限にし、顧客が実際に触れる機会を増やす。LUSHやApple Storeのように、「触ってください」というメッセージを明確に伝える。
・ 座席の快適性: コメダ珈琲のように、快適な椅子やソファを配置することで、滞在時間を延ばし、購買率を向上させる。
・ 素材の選択: 高級品は重厚な素材、日用品は軽量な素材で陳列什器を構成。触れた瞬間に商品の価値が伝わる工夫を。
【味覚の活用】
・ サンプリングの戦略的配置: 入口ではなく、店内の奥や動線の曲がり角に配置。顧客を店内深くまで誘導する効果。
・ ストーリーテリングとの組み合わせ: 単に「おいしい」だけでなく、生産者の想いや製法の特徴を語ることで、味覚体験を記憶に定着させる。
・ 関連商品の近接配置: サンプルを提供する商品の周辺に、関連商品や補完商品を配置し、まとめ買いを誘発。
【複数感覚の統合】
・ テーマ性の統一: すべての感覚を一貫したテーマで統合する。コメダ珈琲の「昭和レトロ」のように、視覚・触覚・聴覚が統一されたストーリーを描く。
・ 時間的な演出: 開店直後は穏やかな五感刺激でウェルカムな雰囲気を、ピーク時は活気ある刺激で活性化を、閉店前は落ち着いた刺激でスムーズな退店を促す。
・ 一貫性の維持: シンガポール航空の香りのように、すべての顧客接点で一貫した感覚体験を提供することで、ブランドアイデンティティを強化する。
【小規模店舗でも実践可能な低コスト施策】
・ 立ち食いスタイルの導入: 俺のフレンチのように、立ち食いにすることで回転率を上げ、限られたスペースでも収益性を確保。
・ レトロ家具の活用: コメダ珈琲のように、中古家具を活用して「昭和レトロ」な雰囲気を演出。新品より安価で独自性も出せる
・ 香りの開放: 調理の香りを店外に漏らすだけで、広告費ゼロで集客効果が得られる。
■デジタル時代だからこそ、アナログな感覚が価値を持つ
AIが顧客の行動を予測し、ECサイトが最適な商品をレコメンドする時代。しかし、画面越しには届かない「感覚」こそが、リアル店舗の最大の武器だ。
五感マーケティングは、単なるテクニックではない。それは「人間らしさ」への回帰であり、顧客の心に寄り添う姿勢の表れだ。データでは測れない、しかし確実に存在する「気持ち」に訴えかけることで、店舗は単なる商品の販売場所から、体験と記憶を提供する特別な場所へと進化する。
中小企業や個人店舗でも、五感に訴える意外な手法は十分に応用可能だ。大企業のように巨額の投資をしなくても、小さな工夫の積み重ねが、顧客の心を動かす。
明日からあなたの店舗でも、五感を意識した小さな変化を試してみてはどうだろうか。その変化が、顧客の心を動かし、商売繁盛への道を開くかもしれない。
参考
●「圧縮陳列と現場主義が生む衝動買い~ドン・キホーテの経営哲学」[somer.co.jp] ●「日経クロストレンド」 ●「逆張り経営と権限委譲で市場を切り開く~ドン・キホーテの成功要因」[growing-labo.com] ●「お客様の時間感覚を支配して長期滞在させ客単価を引き上げる戦略」[note.com] ●「センサリー・マーケティングの全貌~五感を刺激して顧客体験を創る」[SCDigital] ●「感覚マーケティング:五感による消費者心理へのアプローチ」Behavioral Marketing ●「感覚マーケティングとは?効果や事例を紹介」TOPPAN ●「顧客体験の演出から購買へ『蔦屋書店』『TSUTAYA』の戦略」[宣伝会議] ●「他業界から学ぶ“ ブランド戦略” 考察|宿で活かせる” ブランド体験” の提案」[note.com]●「カスタマーエクスペリエンス|事業」CCC ●「経験価値マーケティングが学べる5 つの企業事例を紹介」[CX Value Lab] ●「無印良品、資生堂は『ブランドの人格』をどうつくっているのか」[JBpress ] ●「『俺のフレンチ』のビジネスモデルとは?」[mbmdnb.net] ●「飲食店が
抱える課題と『俺のイタリアン』の問題解決法」[mbp-japan.com] ●「『俺のイタリアン』から学ぶ飲食店経営のヒント」[cbo-media.com]●「『俺のイタリアン』のビジネスモデルを徹底解説」[note.com ] ●「建築家視点の株式投資―コメダ珈琲は『ゆるい空間インフラ』だ」[note.com] ●「【飲食店内装デザイン】売上を伸ばす秘訣!成功事例10 選」[EMEAO!] ●「コメダ珈琲の成功要因」[MA-STARS] ● “Sensory Branding-Using The Five Senses To Build Extraordinary Brand”[AIPMM] ● “Smelling Success: The Power of Scent Marketing in Golf Retail”[ AGM Golf] ●”Why Are Abercrombie Stores So Dark?Reasons & the Comeback”[ Smart DHgate] ● “Brainwashing at Abercrombie: Retail Manipulation Part II”[WebFX] ● “The Power of Familiar Scents: Fierce by Abercrombie & Fitch”[ Aroma Designers]● “How Abercrombie, Victoria’s Secret and Vitamin Shoppe use smell to sell”[ CNN Business]●”The Genius Bar-Branding the Innovation”[Harvard Business Review] ● “Customer Experience Files: Taking a Bite out of Apple”[MarketingProfs] ● “From geniuses to ninjaswhy companies are branding their support teams”[Zendesk] ●”Whole Foods taps employees for private-label, taste-testing task force”[Grocery Dive]● “The Politics of Good Taste: Whole Foods Markets and Sensory Design”[ResearchGate] ●「五感マーケティングとは? 感覚に訴えかけるブランド戦略と成功事例」[CREX GROUP]●「五感を刺激するセンサリー・マーケティングとは?」[syncAD ] ●”Sensory Marketing: Mood Media’s Retail CX Strategy[” DesignRush]●「地方企業のマーケティング必勝法!地域密着型戦略の立て方と成功事例」[GONDOLA] ●「経営者必見!地方企業が実施すべき5 つのマーケティング施策」[pro-D-use]ほか。
POINT
■ 嗅覚は記憶定着率65%で視覚の10%を大きく上回る最強の記憶装置
■ 触覚による「心理的所有感」が購買率を30〜40%向上させる
■ 視覚と聴覚の強い刺激は感情を活性化し、衝動買いを促進する
■ 複数の感覚を統合することで、商品購入が「体験」に昇華される
■ ドン・キホーテの「圧縮陳列」は混沌の中に宝探しの楽しさを創出
■ 俺のフレンチは立ち食いと香りで高級料理を民主化し回転率3倍を実現
■ コメダ珈琲は「昭和レトロ」な触覚と視覚で滞在時間60分を達成
■ シンガポール航空は1フライト45万円を香りに投資し記憶を支配
■ LUSHは触覚と嗅覚の組み合わせで「体験」という商品を販売
■ Apple Storeは「触れる自由」で製品との感情的つながりを創出
ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム