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書店業界の大転換か?!“本を売らない書店”が示す新たな生き残り戦略

■倒産激減の背景に何が?書店業界に吹く「変革の風」

 2025年1月から5月にかけて、日本の書店業界に驚くべき変化が起きている。帝国データバンクの調査によれば、この期間の書店倒産件数はわずか1件。2024年の11件、2023年の12件から劇的に減少し、過去最少ペースで推移しているのだ。
 書店の店舗数はこの10年減り続けてきた。2014年の14,658店から2024年には10,417店へと約3割減少し、全国493自治体(約28%)には書店が1店もないという厳しい現実も横たわっている。出版物の販売額は1996年のピークから半減以下となり、2022年には年間552店舗(1日あたり1.5店舗)が閉店した。にもかかわらず、なんと2024年度には書店の39.9%が増益を記録しているのだ。
 書店が盛り返してきた背景には、いわゆる「コロナ明け」がある。新型コロナ感染症の流行は、ビジネスのあり方を根本的に変えた。人との接触はオンラインが中心となり、コミュニケーションを取り持つのはITとなった。人々は他人、あるいは愛する人達の接触を避けることを余儀なくされた。本を読む行為はどんどんデジタルに置き換わり、本自体を購入しようとすれば、書店に出向くのではなく、ネットのオンラインストアから購入する。必然的に誰もがPCやスマホ、あるいはスクリーンとの接触時間が増えて、スクリーン疲れ、デジタル疲れが進んだのだった。誰もが「リアル」を求め、鬱々としていた期間が去った途端、リアルな「本屋体験」が新たな感動を生んだと推察できる。
 もともと書店経営の厳しさはずっと指摘されてきており、そこに対して書店はさまざまな取り組みを行ってきた。その不断の取り組みと「コロナ明け」が重なり、こうした数字を生み出したとも言えるが、そこには、いくつかの大きな特徴が見られる。

■主張の強い、独立系書店が躍進!

 八重洲ブックセンター本店やMARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店といった大型書店の相次ぐ閉店は記憶に新しいところだが、大型書店の閉店が進む一方で、実は小規模な独立系書店は着実に開業件数を増やしていた。独立系書店という言葉は、わかったようでわかりにくい定義だが、書籍ジャーナリストの和氣正幸氏は、独立系書店を「個人経営者の強い意志で運営される書店」と定義し、2022年だけで50店以上が新規開業したと報告している。
 こうした個性の強い独立系書店の特徴としては、①専門化(猫、魚、旅、社会問題など特定テーマ)、②シェア型、③立地の多様化(離島や山奥でもオンライン販売と組み合わせ)、④若い世代の参加(カウンターカルチャー的に開業)という4つのトレンドがある。
 こうしたなかには、東京・荻窪の「本屋 Title」(書店×カフェ×ギャラリー、海外文学中心)、日暮里の「パン屋の本屋」(パン屋×書店)など、これらの個性を組み合わせた隠れ家的で複合的な魅力を持つ店も挙がってくる。さらにこの4つのトレンドを分解しなおしていくと、以下のようなトレンドが浮かび上がってくる。

■トレンド1
「本と過ごす時間」を売る書店たち

 最も顕著なトレンドが、「買う場所」から「過ごす場所」への転換だ。その象徴的存在が、2025年9月にJR高輪ゲートウェイ駅直結の「NEWoMan高輪」に開業した「BUNKITSU TOKYO」。1,000坪超の広大なフロアに約10万冊の書籍と223席のカフェラウンジ、ミーティングルーム、展示スペースを備えたこの書店は、なんと入場料制(60分1,100円、1日3,850円)を採用している。日販とリブロプラスが運営するこの施設のコンセプトは「食・知・生活提案型大型複合書店」。本を「買う」のではなく、本に囲まれた空間で「時間を過ごす」ことに価値を見出す新しいモデルとして注目を集めている。
 東京・渋谷区の「代官山 蔦屋書店」も同様のアプローチで成功を収めている。2011年の開業以来、「大人のための文化拠点」として居心地の良さと空間価値を徹底追求。業界全体が前年比5%減のなか、蔦屋書店直営店は4%増の売上を達成している。蔦屋書店を経営するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)の執行役員・鎌浦慎一郎氏は「偶然の出会いや新しい発見を提供する空間価値」の重要性を強調する。2024年には文具・雑貨の売上が前年比120%に達し、書籍販売に依存しない収益構造を確立した。
 東京・渋谷にある神奈川が基盤の大型書店「有隣堂」の「アトレ恵比寿店」は、「本が中心のセレクトショップ」として、左利き用グッズ特集、アート×福祉関連書籍、英国レジャーブランドとのコラボレーション商品など、テーマ別の複合提案で顧客の滞在時間を延ばす戦略を採る。書店は単なる「販売スペース」から「体験・発見・交流の場」へと機能を拡張しているのである。

■トレンド2
「何でも揃う」から「これしかない」を売る書店

 全方位の品揃え型書店が苦戦するなか、特定テーマに絞り込んだ品揃えの書店の急増もトレンドの1つだ。東京・新宿区にある「SAKANA BOOKS」は、日本初の水生生物・自然環境特化型書店として魚類図鑑や水族館関連書籍、海洋環境問題の専門書を扱う。一般書店では手に入りにくい専門書を求める研究者やマニア層から高い支持を受け、関連雑貨販売も好調だ。
 名古屋市・中区には2025年10月、ミステリー専門書店「謎解き生活」がオープンした。ここは推理小説だけでなく、謎解きゲーム、犯罪学、暗号学関連の書籍を網羅し、店内はテーマパークのような演出で訪問者を楽しませる。
 東京・港区の「Bookshop TOTO」は、建築・アート・デザインに特化したラインナップを揃える。住設メーカーのTOTOが持つTOTO出版の直営店で、開業は1995年とこうしたトレンドの先駆けの1つだ。
 興味深いのは、こうした特化型書店が必ずしも都市部だけに集中していない点だ。栃木県矢板市の「bullock books」は森の中に佇む隠れ家的書店で、古書と新刊を扱いながら製本教室などのイベントを定期開催。無書店地域にありながら、全国から書店ファンが訪れる存在となっている。

 書店の機能と世界を別の業態が取り込む例もある。“本の世界を旅するホテル”というユニークなコンセプトで札幌・名古屋・福岡の3箇所でホテルを展開する「ランプライトブックスホテル」がそれだ。このホテルでは1階に書店が併設され、そこで選んだ本を客室に持ち込んで、ソファーや客室でじっくり読み明かすことができる。このホテルではほかにゆったりくつろげる広々としたカフェも併設されている。

■トレンド3
本だけではない!学習塾、美容も売る「複合系書店」

 書店倒産激減の要因の1つには、書籍販売への依存度を下げ、多様な収益源を確保する「脱書籍」戦略にある。いまやカフェ併設はスタンダードとなり、文具・雑貨販売、ギャラリースペース、イベント企画、さらには学習塾や美容サービスとの連携まで、書店の枠を超えた展開が広がっている。
 静岡市葵区にある「TSUTAYA BOOKSTORE静岡」は、書籍・雑貨・カフェ・美容体験を統合し、「自分の“好き” を発見する空間」としてリブランディング。
 大阪市・北区の「梅田 蔦屋書店」はコンシェルジュサービスを導入し、書籍だけでなくライフスタイル全般の提案を行う。またBUNKITSU TOKYOのような入場料制も、書籍購入を前提としない新たな収益モデルとして注目される。
 地方では、行政と民間が連携した書店も登場している。
 福井県敦賀市の「ちえなみき」は、日本初の公設民営書店として2022年に開業。「丸善雄松堂」と「編集工学研究所」が運営し、JR敦賀駅前に約3万冊を揃え、来店者数は80万人を超えた。北陸新幹線延伸を見据えた戦略投資として、単なる書店ではなく地域文化の拠点として設計されている点が成功の鍵だ。

■トレンド4
棚を貸す、スペースを貸す─「不動産」としての書店

 個人が棚を借りて(月額5,000円程度)、自ら選書した古書や新刊を販売するシェア型書店も急増している。2025年12月時点で全国に132店舗が展開され、書店の「不動産化」という新しい視点を提供している。
 東京・神保町の「ほんまる神保町」や、渋谷の「渋谷〇〇書店」などが代表例だ。
 このモデルの利点は、多様なキュレーションが自然発生することにある。各棚の持ち主が独自の視点で選書するため、訪問者は複数の「個人書店」を一度に体験できる。東京の神田神保町の書店街がコンパクトに詰まったイメージだ。書店側は棚貸料で安定収益を得られ、棚主は在庫リスクを抑えながら自分の“好き”を発信できる。何より地域に「本のある風景」を創出する社会的意義も大きい。

■トレンド5
「人を集める場」「地域コミュニティの核」としての書店

 書店が地域コミュニティの核となる動きも加速している。「YOTSUYA BOOKS」は、東京の中心部に書店を呼び戻すことをコンセプトに出版社の「スタンダーズ」がプロデュースして東京・四谷に2025年11月開業した。書店のみならず出版社オフィス・イベントスペースを融合した複合空間として活用されている。イマドキの情報発信拠点として、動画配信もできることが特徴だ。

 またSOCIAL DESIGN LIBRARYがコンセプトの東京・池袋の「HIRAKU書店」は、美術館で雑誌のような書店を標榜。ライブラリー企画展、書籍販売、研究会を開催し、イベント時には半屋外スペースとしても活用できる柔軟な設計となっている。
 2027年末に駅前再開発で閉店が予定されている神奈川県藤沢市の「有隣堂 藤沢店」は、閉店までの約2年間、「これからの書店」をテーマにした企画展シリーズ「SAYONARA FESTIVAL」を開催している。閉店すらもイベント化し、書店の未来を顧客と共に考える姿勢は、書店が持つ文化的役割を再認識させる取り組みだ。

■トレンド6
本のキュレーターが読みたい本をセレクトしてくれる書店

 ネット書店の利便性が高まる一方、「新しい本との偶発的な出会い」が失われることへの反動として、書店員によるキュレーションも再評価されている。
 岩手県盛岡市の「さわや書店」は、著者・タイトルを隠したPOPで清水潔氏の『殺人犯はそこにいる』を30万部の大ヒットに導いた「文庫X」企画で全国的に有名になった。「何を読みたいか分からない人はここに」というコンセプトで、書店員の選書に対する顧客の信頼を醸成している。
 同店はさらに、書店でありながら、書棚に置いた醤油を大ヒットさせるという前代未聞の企画(「減塩新書 いわて健民」—地元産減塩しょうゆを本の装丁で販売)を展開し世間の度肝を抜いた。こうしたヒットで“何かを仕掛けてくる書店”というブランドを確立し、地域に必要とされる書店を目指している。栗澤順一氏(同店書店員)は、書店のあり方も固定観念にとらわれず柔軟に顧客のニーズに応えるべきだと考え、「紙の書籍の“余白”の重要性」を説いている。
 また京都市の「恵文社 一乗寺店」は、英紙ガーディアンが選ぶ「世界で最も美しい書店10選」に選出された。創業50年、アンティーク家具で調和された空間に、文学・芸術・建築・文化・ファッションなど多様なジャンルの書籍を揃え、スタッフの独自の選書とギャラリー併設で「本に関わるすべてを扱う店」として、本好きを魅了し続けている。

■米国でも書店復活の兆し

 この動きは日本だけではない。米国を代表する大手老舗書店「Barnes & Noble」は2025年に60店舗以上の新規出店を計画している。新規出店の店舗は「分権型」と呼ばれるもので、各店舗に権限が移譲され、独立した書店のようなラインナップや運営が可能となっている。地域に合わせた内装や個別の雰囲気を持たせることで、顧客が「自分の街の本屋さん」と感じられる体験を得られる店舗づくりを図っているのだ。
 若者の書物離れ、書店離れの一翼を担ってきたとされるSNSにも変化が生まれている。若者に人気のSNSの1つTikTokでは「#BookTok」が若者の読書ブームを牽引、「デジタル疲れ」から物理的な本への回帰を後押ししている。
 ほかにも、カフェ併設、著者イベント、快適な読書スペースの提供など、日本と共通する戦略が功を奏している。

■企業・組織が学ぶべき3つの教訓

 こうした書店業界の変革は、他のビジネスの展開においても取り入れられるところが多い。
 たとえば、「脱・本業依存」の戦略的思考。書店が本業の縮小を前提に「本を売らない」という大胆な選択をしたことで、複数収益源を確保できるようになった。BUNKITSU TOKYOの入場料制、有隣堂の雑貨強化、カフェ併設などは、自社の強みを活かしながら新たな価値提案を行う好例だ。
 書店という「場の価値」の再定義も重要なメッセージとなろう。代官山 蔦屋書店が示すように、今のビジネスではその場で「何を売るか」よりも「どんな体験を提供するか」が重要になってきている。リモートワークの普及で「出社する価値」が問われる今、オフィスもまた「体験・交流・偶然の出会いの場」として再設計する必要があるだろう。
 もう1つ、注視すべきは「強い個性とコンセプトの力」だ。さわや書店の「文庫X」、SAKANA BOOKSの魚特化、恵文社の審美眼、bullock booksの森の隠れ家—いずれも明確なコンセプトと個性がファンを生んでいる。組織においても、「誰にでも良い」ではなく「特定の人に深く響く」ブランド戦略が差別化の鍵となる。

■「余白」を活かす経営

 書店倒産の激減は、単なる幸運ではなく、業界全体が痛みを伴う変革に挑んだ成果だ。さわや書店の栗澤氏が語る「紙の書籍の余白の重要性」という言葉は、経営にも当てはまる。固定観念にとらわれず、柔軟な発想で「余白」を活かす。それは、書店だけでなく、すべての組織に求められる姿勢だろう。
 2025年、書店業界は「変わらなければ消える」から「変われば生き残れる」ことを証明した。さてあなたはどうする?

参考
●「書店の倒産・経営動向調査(2025年)」[帝国データバンク]●「書店活性化プラン」[経済産業省]●「BUNKITSU TOKYO開業発表」[日本販売]●「蔦屋書店の戦略分析」[日経ビジネス]●「書店再生の最前線」[朝日新聞]●「注目の特化型書店事例」[FNN プライムオンライン]●「独立書店の新潮流」[婦人画報]ほか

ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム

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