愛はお金に変わる!推し活経済圏の衝撃世界を席巻する日本発「Oshi」カルチャー

目次
■個人消費の停滞をよそに、なぜ「推し」市場が爆発するのか?
2026年、物価高と実質賃金の低下で節約が叫ばれる中、異次元の成長を続けている市場がある。「推し活」市場だ。矢野経済研究所のデータによれば、日本国内のアニメ・アイドル・ゲーム等を合算したオタク市場規模は8,000億円を突破。Z世代の約6割、全世代でも3割以上が「推しがいる」と回答している。
推し活の年間支出の平均値は約21万円にものぼる。ただ中央値となると下がって4万円。つまり、多くの人は月数千円程度のライトな推し活を楽しむ一方で、上位25%の熱量の高いファン層がこの市場を引き揚げている。アッパー層となると年間約70万円を投じているという。
こうした高額な「愛の投資」は、決して新しい現象ではない。昔から車に数百万円を注ぎ込む「エンスー(enthusiast)」と呼ばれる人たちや、宝塚歌劇に通い詰める「ヅカファン」、オーケストラの定期会員を複数持つ「オケファン」、国内外を問わず推しの公演を追いかける「追っかけ」などなど、熱量の高い消費者は、いつの時代にも存在した。ビートルズのファンがリバプールを聖地巡礼したのは1960年代だ。聖地巡礼も投資的消費も、実は半世紀以上の歴史がある。
では、「推し活」は何が新しいのか?
それは「可視化」と「民主化」、「双方向化」の3点である。かつてマニアックな消費というものは個人の密やかな営みで、一部の変わり者の行動と見なされていた。だがSNSの登場により、「#推し活」というハッシュタグのもとで同好の士が可視化された。ニッチな趣味が実は「マス」であることが露呈したのである。「投げ銭」や「クラウドファンディング」という直接支援の仕組みもでき、誰もが数百円からスポンサーになれる「愛の投資」の民主化が進んだのである。
さらにはVTuberの配信やSNSでの交流により、一方通行だったファン活動が双方向の関係性へと進化、互いの絆が深まっていった。つまり推し活とは、古くからあった熱狂的ファン文化が、テクノロジーによって拡張され、社会的に承認された姿なのである。
この現象は日本だけに留まらない。ゴールドマン・サックスの予測では、世界のクリエイターエコノミー市場は2028年までに4,800億ドル(約70兆円)に達するとされる。韓国のK-POPのファンダムと呼ばれる熱狂的ファン、欧米のアマゾン傘下の配信プラットフォームであるTwitchストリーマーへの寄付文化など、対象への「熱狂」を「金銭的支援」で表現する行動が、世界標準となりつつある。
推し活経済の本質は、従来の経済のような「価値」の交換ではない。「愛」の証明であり、「アイデンティティ」の確立であるのだ。
実際、推し活経済においては従来の消費行動理論では説明がつかない現象が起きている。CDを聴くためではなく「チャート順位を上げるため」に100枚購入する。配信者に自分の名前を呼んでもらうために少額の投げ銭を投じたり、なかには数万円ものスーパーチャット(投げ銭)を投じたりするのだ。一見非合理に見えるが、心理学的には「準社会的関係」の強化として説明できる。デジタル化で希薄になった人間関係の隙間を埋めるように、人々は「推し」という絶対的な対象を通じて、所属感や貢献感を満たしている。

「推し活」はもはや趣味の領域を超え、一種の「宗教的儀式」あるいは「社会的投資」へと進化している。そこには、いくつかの特徴が見られる。
■「オタク」から「推し活」へ―呼称の変化が示す構造転換
「推し活」という言葉が一般化したのは2010年代後半だが、その前段として、「オタク文化」という日本の消費文化があった。野村総合研究所(NRI)は、2005年に盛り上がる「オタク市場」の調査を行っている。大手シンクタンクが本格的な市場調査をしたということで、かなり話題となった。この調査では、アニメ、ゲーム、アイドル、鉄道などの「マニアック趣味」を持つ層を172万人と推計し、市場規模を4,110億円と算出した。しかしながら、当時はまだ「オタク」という言葉には「閉じたコミュニティ」「マイノリティ」「社会不適合」といったネガティブな含意がつきまとっていた。
では、「オタク」と「推し活」は何が違うのか?線引きは明確ではないものの、本質的な違いがいくつか浮かび上がってくる。
1つには「消費の方向性」の違いである。
オタクは「所有」や「収集」「知識の深掘り」に喜びを見出す。限定版フィギュア、初回盤CD、絶版コミックスなど、希少なモノを「所有する」ことがステータスだった。
一方、推し活は「支援」や「応援」「関係性の構築」に重きを置く。投げ銭やクラウドファンディング、サブスクリプションといった「継続的な金銭的貢献」によって、対象の成長や存続を支えることに意義を見出す。オタクが「コレクター」だとすれば、推し活民は「パトロン」または「プロデューサー」である。
2つ目として、コミュニティの「開放性」の違いが挙げられる。
オタクは自分の趣味を隠し、同好の士とだけ深く語り合う閉鎖的なコミュニティを形成する傾向があった。対して推し活は、誰もが推しのエバンジェリストとなる。SNSを通じて「推しの布教」を積極的に行い、新規ファンを歓迎する開放的な文化を持つ。推しの成功は自分の成功であり、ファンが増えることは喜ばしい。この「拡散指向」が、推し活を市場として急拡大させた要因の一つだ。
3つ目は「社会的承認の獲得」。
2010年代、スマートフォンとSNSの普及で、趣味嗜好を可視化し社会的な承認欲求を満たす文化が一般化した。「推し活」という言葉は、かつて「オタク」が背負わされた偏見を脱ぎ捨て、誰もが気軽に公言できるポジティブなライフスタイルとして認知された。「#推し活」のハッシュタグは、もはや市民権を得た文化記号となり、アイドルファンもアニメファンも鉄道ファンも、今では堂々と「私の推しは〇〇です」と語れる時代になったのだ。
そして4つ目として挙げられるのが「ジェンダーの壁の溶解」である。
かつて「オタク」はほぼ男性の専有物とされ、女性ファンは「腐女子」など、別カテゴリで語られた。しかし「推し活」は性別を超えた共通言語となり、むしろ女性ファンの経済力と組織力が市場を牽引している。韓国アイドル、2.5次元舞台、BL(ボーイズラブ)コンテンツなど、女性ファンの購買力は圧倒的だ。
■「ファン」から「スポンサー」へ、消費者の役割が大転換!
こうした変化の背景には、技術とプラットフォームの進化がある。かつてファンは、提供されたコンテンツを受動的に消費する存在だった。しかしいまは、YouTubeやTwitch、CAMPFIREといったプラットフォームが、「ファンから対象への直接送金」を可能にした。中間業者(レコード会社、出版社、事務所など)を介さず、「推し」と直接的な経済関係を結べるようになったことで、ファン自らが「推し」を育て、守り、広める能動的な「運営スタッフ」兼「スポンサー」となれるようになったのだ。韓国発のオーディション番組『PRODUCE 101』シリーズのように、デビューメンバーを視聴者投票で決めるシステムは、この「当事者意識」を極限まで高めた成功例の1つだ。
これら「推し活経済」のトレンドを世界的な視点で分解していくと、次のような特徴が浮かび上がってくる。
■国境を超える「愛」―K-POPと日本アイドルのグローバル戦略
最も巨大で組織的な推し活経済圏を築いているのがK-POPだ。「BTS」や「BLACKPINK」の熱狂的ファンは国境を超えて、「ARMY」や「BLINK」のような従来のファンより熱狂的で強固な「ファンダム(fandom=fan〈ファン〉+dom〈集団・領域〉)」と呼ばれる集団を生み出し、組織票によるビルボードチャート攻略、誕生日を祝うタイムズスクエアへの広告出稿など、企業顔負けのマーケティング力を持つようになった。彼ら彼女らにとって推しの成功は「自分たちの成功」でもあり、そのための出費は「必要経費」なのだ。
またコロナ禍を通じて「会いに行けるアイドル」文化も進化している。K-POPアイドルとファンがスマートフォン等を通じて1対1でビデオ通話ができる個別オンラインイベント「ヨントン〈Young-tong〉」が定着、物理的な距離を超えて「認知」をもらえる機会が増加した。さらに、日本では「BABYMETAL」や「新しい学校のリーダーズ」のように、SNSを駆使して海外ファンを直接獲得する事例も急増。言葉の壁を越え、「カワイイ」「カッコイイ」という視覚的・感情的言語が、世界中の財布の紐を緩めている。
■「投げ銭」が支えるクリエイター経済
かつてのアイドルの追っかけとは違い、推し活では推しの姿が多様化しているのが特徴だ。YouTubeのスーパーチャット累計金額ランキングでは、常に日本のVTuber(バーチャルYouTuber)が上位を独占している。「ホロライブ」や「にじさんじ」の配信者は、アバターという「虚構」を纏いながら、中身の「リアル」な人間性でファンを魅了する。
一方欧米の推し活経済は、日本やアジアとは違ったスタイルが定着している。欧米の推しは、Amazon傘下のライブ配信プラットフォーム「Twitch」を使ってストリーマーと呼ばれる配信者がゲームの実況や雑談を配信する。この経済モデルでは「サブスクリプション」と「投げ銭」がストリーマーの主要な収入源となる。人気ストリーマーの中には、ゲーム実況だけで年間数億円を稼ぐ者も珍しくない。
ファンは「面白いコンテンツへの対価」としてだけでなく、「配信者が活動を続けられるように」というパトロン的な動機で課金を行う。これは、かつて貴族が芸術家を支援したパトロネージュ文化の現代版とも言える。

■2次元への愛が3次元の経済を動かす―VTuberとアニメ聖地巡礼
推し活は「推し」が実在の人物である必要もない。2次元キャラクターへの愛もまた、莫大な経済効果を生む。『ウマ娘 プリティーダービー』は、実在の競走馬を美少女化したことで、競馬業界に新規ファンを大量に送り込んだ。引退馬支援のクラウドファンディングには数千万円が集まり、ゲームへの課金がリアルな馬の余生を支えるという、バーチャルとリアルが循環するエコシステムも完成している。
■「応援広告」という名の市民権―ファンが出資するプロモーション
韓国発祥の「センイル広告(誕生日広告)」も日本で定着した。これはファン有志が出資し合い、駅や街頭ビジョンに推しの誕生日を祝う広告を出す行為。JR東日本企画の「Cheering AD」など、公式にこうした「応援広告」を受け付ける媒体も急増している。
応援広告は、「広告=企業が商品を売るためのもの」という常識を覆した。広告は今や「ファンが推しへの愛を叫ぶための掲示板」であり、同時に「推しの知名度を上げるための武器」となっている。
■プロセスを買う、未来を育てる―「未完成」への投資
完成されたスターではなく、成長過程にある「原石」を応援することに喜びを見出すのも推し活の特徴。このあたりは、昔のアイドルオタクにも共通している。いかにメジャーになる前に自分だけの「原石」を見出して応援するかが“通”の推し活スタイルでもあるが、推しがメジャーになると新たな原石探しにシフトする人も多い。前述したようにパトロネージュ文化が根強く残っている欧米では、推しがメジャーになるまで支援するケースが多い。たとえば米国のクラウドファンディングサイト「Kickstarter」やクリエイター支援プラットフォーム「Patreon」では、制作前のゲームや執筆中の小説に対して資金が集まる定番の形となっている。
日本でも「CAMPFIRE」「Makuake」といった国内プラットフォームで、アニメ映画の制作費、インディーズミュージシャンのアルバム制作、地方アイドルの全国ツアー資金など、多様なプロジェクトに支援が集まっている。「pixivFANBOX」や「Ci-en」では、イラストレーターや同人作家が月額支援を受け、ファンは制作過程を見守りながら創作活動を支える。
歌手やアイドルでは、日韓合同オーディション番組出身のボーイズグループ「JO1」や日本のオーディション番組出身の「BE:FIRST」が象徴的だ。ファンは彼らの苦悩や努力の過程(ストーリー)を共有しているため、デビュー後も強固な絆で結ばれる。ほかにも、『ラストアイドル』、『PRODUCE 101 JAPAN GIRLS』など深夜の時間帯に女優やアイドルの推し活を意識したオーディション番組が並んでいる。消費者は「完璧な製品」を買うのではなく、「共に夢を見る権利」を買っているのである。
■「推し」が生活のインフラになる―日常消費とコラボの融合
マイナーだった推し活は、いまや非日常の領域から日常生活へと浸透している。コンビニ、カフェ、アパレル、果ては銀行やクレジットカードまで、「推し」とのコラボレーションがあふれている。「ちいかわ」や「サンリオキャラクターズ」のコラボ商品は発売後即完売が常態化し、パッケージを変えるだけで売上が数倍に跳ね上がる。
これは単なるキャラクタービジネスではない。「推し色(メンバーカラー)」の文具やコスメを揃える、「推し」がCMをする洗剤を使うといった行動は、生活のあらゆるシーンに「推し」を感じたいという欲求の表れとなっている。企業にとって、推しとのコラボは、無機質な商品に「愛着」という最強の付加価値を与える魔法の杖だ。
■「推し」は資本主義の救世主となるか
推し活経済は、成熟しきった資本主義社会における新たな希望と言える。モノが売れない時代に、人々は「愛」や「感謝」や「応援」という目に見えない価値に対して、喜んで財布を開いている。
だが光があれば影もある。過度な投げ銭による経済的困窮や、推しへの過剰な依存といった問題も指摘されている。それでも、誰かを純粋に応援するエネルギーは尊い。そのエネルギーが循環することで、文化が育ち、経済が回る。
私たちは「消費」の意味を再定義する岐路に立っているようだ。「何を買うか」ではなく「誰を推すか」。あなたのビジネスは、誰かの「推し」になれているだろうか?
参考
●「 オタク市場に関する調査結果 2024」[矢野経済研究所] ●「オタク市場の研究(2005 年)」[野村総合研究所] ●「クリエイターエコノミー調査」[Goldman Sachs] ●「Z 世代の推し活実態調査」[SHIBUYA109 lab.] ●「推しエコノミー」中山淳雄著 ●「『推し』の誕生―応援消費の成立と変容」香月孝史著 ●「ファンダム・レボリューション」兵藤友彦著 ●「Parasocial Relationships in the Digital Age」[Journal of Social Media Studies] ●テレビ朝日 ●テレビ東京 ほか
ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム