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「言語化できない人」を、あなたは正しく評価しているか?「ビジュアルシンカー」という才能が、いまビジネスを問い直している

 「もっと言語化してください─」。
 会議でそう言われたとき、うまく言葉が出てこなかった経験はないだろうか。あるいは逆に、そう言ったことはあるだろうか。
 ビジネスの現場では長らく、「言語化力=コミュニケーション力」という等号が自明のものとして扱われてきた。論理的に説明できること、言葉で整理できること―それこそが仕事のできる人間の証だ、という空気がビジネスを支配してきた。ロジカルシンキング、プレゼン術、ライティング研修。企業研修のメニューと並べてみると、いかに言語能力がビジネスパーソンの必須スキルとみなされているかがよくわかる。
 だが最近、その前提を真正面から揺さぶる声が聞こえはじめている。
 その1人が人気YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で知られる編集者の水野太貴氏だ。水野氏は名古屋大学の文学部で言語学を専攻、卒業後出版社に入社し、仕事の傍ら、同タイトルのポッドキャストとYouTube番組を始めると日本語・言語好き界隈でたちまち人気番組となった。そのなかで話題を呼んだのが、「絵で物事を考える『視覚思考者』にはどんな世界が見えるのか?【ビジュアルシンカー1】」の回。ビジュアルシンカーというキャッチーなタイトルも相まって、続編ができるほど再生回数が伸びた。
 話題は自身のYouTube番組だけでなく、他のメディアでの出演や著作にも広がっていった。なかでもインパクトを与えたのが、「言葉をうまく伝えられる人は、伝えにくい人に対して暴力的になっていないか」という発言だ。
 強烈な言葉だが、なぜそうなのかを理解するためには、まず「ビジュアルシンカー」という概念を知る必要がある。

■絵で考える人たち―ビジュアルシンカーとは何か

 「ビジュアルシンカー(visual thinker)」という言葉を一躍有名にしたのは、米コロラド州立大学動物科学教授、テンプル・グランディン博士の著書『ビジュアル・シンカーの脳―「絵」で考える人々の世界』(NHK出版)だ。グランディン博士自身、自閉スペクトラム症(ASD)の当事者であり、その体験を起点にした一冊は、日本でも「ゆる言語学ラジオ」で紹介されたことをきっかけに話題沸騰、重版を重ねた。
 ビジュアルシンカーとは、文字通り、絵やイメージで思考する人々のことをいう。私たちの多くが「頭の中で言葉を使って考える」のに対し、彼らは視覚的な回路を使って情報を処理する。頭の中に映像やシーンが浮かぶ。あるいはパターンや空間的な構造として物事を把握する。その感覚は、言語を主体に思考する人間には、なかなか想像しにくいものだ。
 「絵で考えるって、どういうこと?」と首をかしげる人は、おそらく言語思考型である。

■3タイプの思考者。あなたはどれか

 グランディン博士によれば、人間の思考スタイルは大きく3つに分けられる。
 第1が「言語思考者(テキストシンカー)」。言葉や論理で考えるのが得意で、文章を読んで情報を整理し、会議でも言葉を素早く組み立てることができる。現在のビジネス評価体系では、最もスムーズに実力を発揮できるタイプだ。
 第2が「物体視覚思考者」。頭の中で具体的なイメージを操作することが得意で、建築や機械設計、絵画などの分野に多い。部品の立体的な組み合わせを頭の中で動かせる、という人は、このタイプに近い。IKEA(イケア)の組み立て説明書が「文字ゼロ、図解だけ」で構成されているのは、実はIKEAの創業者自身がディスレクシア(読字障害)を抱えていたことと無関係ではないという。
 第3が「空間視覚思考者」。抽象的なパターンや概念で物事を捉える。数学的思考が得意で、数式や構造に美しさを感じる人が多い。統計やプログラミング、作曲などの分野で力を発揮しやすいとされる。
 この後者2つをまとめて「ビジュアルシンカー」と呼ぶ。言語思考と視覚思考の間にははっきりとした境界線があるわけではなく、グラデーション状に分布しているというのが現在の一般的な理解だ。

■10人に6人が「ビジュアルで考えている」という現実

 では、ビジュアルシンカーと呼ばれる人たちはどのくらいいるのだろうか。
 確定した数値はないものの、ある試算では「ビジュアルで思考する要素を持つ人は、全体の約60%に及ぶ」という。つまり完全なビジュアルシンカーでなくとも、10人に6人は視覚的な情報処理プロセスを思考の中核に据えている可能性があるということだ。
 この話を聞いてピンとくる人もいるのではないか。
 「あの人は優秀なのに、なぜか会議でうまく話せない」「プレゼンは苦手だけど、現場に出ると誰よりも早く問題を見つける」「報告書はぐちゃぐちゃだが、手を動かすと別人のように仕事が速い」―そういった人物が、あなたの職場にも1人や2人いるはずだ。
 もちろん「純粋なビジュアルシンカー」という線引きは難しく、人間の思考スタイルはグラデーション状に分布している。誰もがテキスト思考の要素とビジュアル思考の要素を持ち合わせており、状況によって使い分けているという面もある。重要なのは比率の問題ではなく、「言語をうまく使えないことと、思考の質の間には、本来なんの因果関係もない」という認識を持つことだ。
 その人が「できない」のではなく、評価される場所が間違っているだけかもしれない。

■テキスト思考者の強みと、見えていない死角

 テキストシンカー(言語思考者)がビジネスで発揮する強みは、現在の組織環境と非常に相性がいい。会議の場で言葉が素早く整理できる。文書やメールで論旨が明快だ。上司や部下への説明が簡潔で過不足がない。PDCAを回すためのフレームワーク系の思考も得意だ。
 だが、その強みの裏には、見落としやすい死角もある。
 テキストシンカーが陥りやすい罠のひとつは、「言語化できないものは価値がない」という無意識の判断だ。数字で説明できないビジョン、言葉では伝わらない現場の肌感覚、論理の格子には収まらない直観的な判断。そういったものを「根拠がない」「曖昧だ」と切り捨てることがある。
 「言語化できない=考えが浅い」という等式が、組織の中で共有されてしまうと、事態はさらに深刻になる。いわく「なぜそう思うのか言語化してください」「根拠を示してください」―この問いかけ自体は正当なものだが、それが唯一の評価基準になると、ビジュアルシンカーの声は組織の意思決定から永遠に排除されてしまう。
 だがビジネスの現場で重要な決断が迫られるとき、「なんとなくこれはまずい気がする」という直観が、最初の危機察知センサーになることは少なくない。言語化する前に体が動く、というプロセスが、実は大きな価値を持つことがあるのだ。
 言語化が先に来るのか、思考・感覚が先に来るのか―その順序すら、人によってまったく異なる。

■ビジュアルシンカーが職場でつまずく理由

 一方で、ビジュアルシンカーが現在の職場環境で生きていくことの難しさは、当事者たちの声として多く語られるようになっている。
 「言葉にできないけど、頭の中ではわかっている」―これは怠けでも思考の浅さでもない。思考のプロセスが根本から異なるために、言葉への変換に時間がかかったり、そもそも変換そのものが難しかったりするのだ。
 現代の組織では「言語化」が評価の基準になっているため、会議で発言できないビジュアルシンカーは「貢献度が低い」と見なされやすい。報告書を期日通りに出せず、メールの返信が要領を得ない。テキストシンカーが中心の職場では、そのパフォーマンスが正しく可視化されにくい構造になっているからだ。
 ここに水野氏の「暴力」という言葉が響いてくる。
 言語化できない思考を、言語化しろと強いることは、絵で考える人間に「絵ではなく言葉で説明しろ」と命じるようなもの。思考の回路を別のものに無理やり換えることは、その人の知性や感覚を損なうリスクをはらんでいる。
 視覚タイプの人々は、幼少期から「言葉で説明するのが苦手」「文章を書くのが遅い」「テストで点が取れない」という経験を重ねてきた場合が多く、それによって「自分は頭が悪い」「コミュニケーションが下手」という誤ったセルフイメージを形成してしまうことも少なくない。
 だが彼ら彼女らの頭の中には、言語化が追いつかないほど豊かなイメージと情報が渦巻いていることがある。

■「言語化できない」を才能に変える職場のつくり方

 では、テキストシンカーが多いビジネスの現場は、ビジュアルシンカーとどう向き合うべきか。
 まず第一に、「言語化できないこと」を「考えていないこと」と混同しないことだ。会議でなかなか発言しない人が、最も鋭く現場を観察していることがある。ただ、その観察結果を言葉に変換するのに時間がかかっているだけかもしれない。
 次に、「言葉以外のアウトプット」を正式な仕事の成果として認める環境をつくることだ。図解、スケッチ、模型、プロトタイプなど、言語を介さずに思考を共有できる場を、意図的に用意する。ホワイトボードをフル活用した「描きながら考える会議」は、実はビジュアルシンカーが最も力を発揮しやすいスタイルである。
 もう1つが、翻訳者の存在。ここでいう翻訳者は他言語を変換する人ではなく、テキストシンカーとビジュアルシンカーの間で翻訳的な役割を果たせる存在だ。どちらの思考も理解し、双方向で表現できる人が一人いるだけで、議論の質が劇的に高まる。無論、双方の思考法に精通する人はそういないだろうが、そもそもその間はグラデーションであるので、より中間的な人を立てることでカバーできるだろう。
 ビジュアルシンカーが力を発揮しやすい職域は、製品開発・デザイン・クリエイティブ職はもちろん、設備や機械の設計、製造現場の改善提案、緊急時の素早いリスク察知など、多岐にわたる。「見て覚えろ」「技は盗め」と言われてきた職人的な世界は、実はビジュアルシンカーに大きく寄っている。
 よく知られる偉人たちのなかには、ビジュアルシンカーが多い。エジソンは読字障害があり、アインシュタインは幼少期に言語習得が著しく遅かったとされている。スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクもビジョンをビジュアルで構想した人物として語られる。それが「天才の特性」である以前に、「別の思考回路」の産物だとすれば、組織はその多様性をもっと意識的に活かす必要がある。

■「違和感」というセンサーを大切にせよ

 ビジュアルシンカーは、いわば組織内の可視化されてこなかった資源であり、その開拓はテキストシンカーに委ねられているとも言える。
 ビジネスの現場では、何でも言語化・数値化・見える化することが「プロの仕事」とされてきた。だが言語化の過程で失われるものがある。直観、肌感覚、文脈、空気感。現場のプロが「なんか違う気がする」と感じたとき、その違和感はしばしば正しい。しかし言語化できないまま会議に臨んでも、採択はされない。やがてその人は「発言しない人」「根拠を示せない人」と評価される。
 大切なのは、「なぜそう感じるのか」をすぐに言語化させようとすることではなく、まず「その違和感を信じてみる」という組織の姿勢だ。言語化は後からでも誰かが補えるが、最初の「おかしい」という直感は、その場にいる特定の人間にしか起動できないセンサーだ。
 言語の優劣ではなく、思考の多様性。そこに気づいた組織だけが、ビジュアルシンカーの持つ豊かな知覚と創造力を、本当の意味で活かすことができる。

 「あの人は、言語化が苦手だから」―その一言で、もしかしたら稀有な才能や巨大な市場を見過ごすことになってはいまいか。

参考
【書籍】●「ビジュアル・シンカーの脳―『絵』で考える人々の世界」テンプル・グランディン著・中尾ゆかり訳[NHK 出版]●「会話の0.2 秒を言語学する」水野太貴[新潮社]
【動画】●「ゆる言語学ラジオ」各回(YouTube)● TBSCROSS DIG 「【言語化プレッシャーの正体】“ 言語化強者” がトクする世界」(YouTube)ほか

ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム

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