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マーケティングの基礎 その2「なぜ売れないのか」の答えは、たいてい商品の外にある

 マーケティングはとかく、イコール「広告を打つこと」や「SNSを使うこと」など、広告戦略と混同されがちだ。実際は違う。それらはほんの一部である。マーケティングの原則:「欲しがっている人に、欲しがっているものを、届ける」ことだ。そのための理論や技術、そして実践を回すことが、マーケティングだ。マーケティングの取り組みは、まず市場を分析し、自分の顧客となる人たちを探すことに始まる。顧客を見出しても、顧客が望む商品を作り出し、購入してもらい、きちんと届けられなければ、事業は成り立たない。そのためにはまず自社の分析が欠かせない。

■自社の「本当の強み」を正確に知る─SWOT・VRIO・7Sの実践

 前回の3C分析とPEST分析で「腸活ブームが追い風」「ECで全国発送できる環境が整った」「既存客は60代が中心」「潜在的な新規客として健康志向の30~40代がいる」という状況を把握した山田社長は、次の問いに直面した。
 「状況はわかった。でも、うちの具体的な強みと弱みは何か。そして、その強みを活かした戦略を本当に実行できる組織になっているのか」。
 この問いに答えるための3つの道具が「SWOT分析」「VRIO分析」「7S分析」だ。いずれも「自分たちを正直に鏡に映す作業」だ。自分に都合の良い答えを出すためのツールではなく、見たくない現実も含めて把握するためのツールだということを、最初に確認しておきたい。

■強みと弱み、チャンスとリスクを整理する─SWOT分析

 SWOT分析は「Strengths(強み)」「Weaknesses(弱み)」「Opportunities(機会)」「Threats(脅威)」の4つに自社の状況を整理するフレームワークだ。
 4つの頭文字のSWOTだが、どの環境に均等に当てはめるものではない。強みと弱みは「内部環境(自社の話)」で、機会と脅威は「外部環境(世の中の話)」となる。この内外を組み合わせることで、どの方向に進むべきかが見えてくるのだ。
 山田食品のケースではこのようになる。

【強み(S):自社が競合より優れている点】
・40年続く糠床(この地域固有の乳酸菌菌株が育っている)
・地元での知名度と道の駅での販売実績
・地元農家との信頼関係(新鮮な野菜を安定調達できる)
【弱み(W):自社が競合より劣っている点】
・賞味期限が短く、遠方への発送が難しい
・ECサイトがない
・パッケージデザインが古く、若い世代には「おばあちゃんの漬物」という印象
・SNS発信がほぼゼロ
【機会(O):市場で追い風になっている変化
・腸活・発酵食品ブームの高まり
・健康志向の高まりによる30~40代の潜在顧客増加
・ECと冷凍技術の発達で遠方発送が可能になった
【脅威(T):自社に不利な環境変化】
・大手メーカーの漬物商品ラインナップの多様化
・低価格化
・若い世代の漬物離れ
・原材料費・物流コストの上昇

■SWOT分析の使い方は「かけ合わせ方」

 ここまでは「4つの枠を埋めた」だけだ。SWOT分析の本当の価値は、これを「クロス分析」—4つを掛け合わせる—ことで導き出される戦略の方向性にある。
 たとえば強み(S)×機会(O)の掛け合わせ(「積極策」と呼ぶ)では、「40年の糠床という強みを、腸活ブームというチャンスに乗せて全国に発信する」という方向が見える。具体的には「生きた乳酸菌」を前面に出したECサイトを立ち上げ、健康・食品系のSNSで積極的に発信する戦略だ。
 強み(S)×脅威(T)の掛け合わせ(「差別化策」)では、「大手メーカーの低価格品との差別化として、40年の歴史という大手には真似できない本物感を武器にする」という方向になる。価格で戦わず、「本物の発酵食品」として高い価格帯にポジショニングする戦略だ。

 弱み(W)×機会(O)の掛け合わせ(「弱点補強策」)では、「賞味期限の短さという弱みを補うため、冷凍できる漬物の新ラインを開発してEC販売する」という選択肢が生まれる。弱みを逆手にとって新商品を生み出す方向だ。
 弱み(W)×脅威(T)の掛け合わせ(「撤退・回避策」)では、「若い世代の漬物離れという脅威とSNSがないという弱みが重なる部分(若い世代に全く届いていない状態)を放置しない」という危機認識になる。

■コトラーはSWOTではなくTOWSであるべきと示唆

 コトラーは「SWOTではなくTOWS(脅威と機会から先に見るべき)と呼ぶべきだ」と述べた。自社の内部から見始めると「うちはこれが得意だからこれをやる」という自己都合の発想になりやすいからだ。よって外の世界の変化を先に把握してから自社を見ることで、「市場が求めているものに自社の強みを当てる」という正しい順番で考えられる。

■「強み」の本質を見極める─VRIO分析

 SWOT分析で「うちの強みは40年続く糠床だ」と確認できた。しかしここで一歩立ち止まって問うてみたい。「その強みは、競合に真似できないものか?」
 ビジネスにおける「強み」には、大きく3つのレベルがある。
 1つめは「あっても当たり前の強み」—なくては困るが、あっても競合優位にならないもの。食品メーカーとしての衛生管理がこれにあたる。2つめは「一時的な競争優位性」—今は競合より優れているが、近い将来に競合に追いつかれる可能性があるもの。新しいパッケージデザインがこれにあたる。3つめが「持続的な競争優位性」—簡単には真似できない、長期にわたって守れる強みだ。
 本当に守るべきは3つめの「持続的な競争優位性」だ。それを特定するための道具が「VRIO分析」だ。ジェイ・バーニーが1991年に提唱したリソース・ベースド・ビュー(資源依存論/資源依拠理論)を実践に落とし込んだフレームワークで、4つの問いで自社リソースを評価する。

【Value(価値)】その強みは、お客様にとって価値があるか?→YES:「生きた乳酸菌で腸活できる」という価値は消費者に求められている
【Rarity(希少性)】競合は同じものを持っているか?→NO(希少):40年育てた特定の乳酸菌菌株は山田食品だけが持つ
【Imitability(模倣困難性)】競合が短期間で真似できるか?→NO(真似困難):40年という時間の積み重ねは今日から始めても追いつけない
【Organization(組織)】その強みを最大限に活かせる体制があるか?→△(要強化):ECで全国発送する仕組みがなく、強みを活かしきれていない

 ただ仮にVRIOの最初の3問(Value・Rarity・Imitability)でYESが揃っていても、最後のOrganization(組織)がNOであれば、強みは活かせない。山田社長の場合、40年の糠床という「価値があり・希少で・真似困難な」強みを持ちながら、それを全国に届ける仕組み(ECサイト・冷凍商品ライン・SNS発信)がないために機会を逃している。
 VRIOの視点で自社を見ると、「投資して守るべき強み」と「強みのふりをしているだけのもの」が区別できる。「守るべき強み」—山田食品なら40年の糠床—には重点的に投資する。「強みのふりをしているもの」—たとえば「地元では知られている」という知名度—は、競合も同様に持っている場合が多く、差別化にはならない。

判定条件結果
Vなし価値がない競争は劣位
Vあり・Rなし価値はあるが希少ではない競争は均衡している
Vあり・Rなし・Iなし希少だが模倣されやすい一時的には競争優位
Vあり・Rあり・Iあり・Oなし強みはあるが活用体制が不十分活用できていないが競争優位
Vあり・Rあり・Iあり・Oあり強みを十分に活かせる持続的に競争優位

■VRIO分析を活かした富士フイルムの再生

 富士フイルムはVRIOの好例だ。フィルムカメラ市場が崩壊したとき、富士フイルムはコラーゲン・ナノテクノロジー・高精度フィルム技術という自社の資源をVRIO的に分析し、化粧品・医薬品・医療機器という新しい市場に転用した。「40年間フィルムをつくってきた技術は、化粧品の肌への作用と根本的に同じだ」という発見が出発点だった。自社の本質的な強みを正確に把握していなければ、この転換は起きなかったのである。

■戦略と組織は揃って初めて機能する─マッキンゼーの7S

 「では、40年の糠床の価値をECで全国に届けよう」と決めた山田社長。ECサイトを立ち上げ、商品写真を撮り、商品説明文を書き、注文を受けて梱包して発送する——頭の中では簡単に思えた。しかし実行に移すと、次々と問題が出てきた。
 「誰がECサイトを運営するのか。今のスタッフは漬物づくりのプロだが、ECや撮影の知識がない。写真撮影を頼むとコストがかかる。注文が入ったときの発送作業を誰がやるのか。冷蔵配送のコストをどう商品価格に乗せるか。梱包材はどこで仕入れるのか」。
 これは珍しいことではない。多くの企業で「良い戦略を立てたのに、実行できない」という問題が起きる。戦略は正しいのに、組織がそれを動かせる状態になっていないのだ。この「戦略と組織のズレ」を確認するための道具が「マッキンゼーの7S」だ。
 1980年代にマッキンゼー・アンド・カンパニーのトム・ピーターズとロバート・ウォーターマンが提唱したフレームワークで、「ハードの3S(変えやすい要素)」と「ソフトの4S(変えにくい要素)」の7つポイントで組織を診断する。

【ハードの3S─比較的変えやすい要素】
 Strategy(戦略):組織が目指す方向と計画
 Structure(構造):誰が何を担当するか・組織の形
 Systems(仕組み):業務プロセス・情報システム・評価制度
【ソフトの4S─時間をかけて変わる要素】
 Shared Values(共通価値観):全員が大切にしている理念・文化—7Sの中心
 Skills(能力):組織全体が持つスキルとノウハウ
 Style(スタイル):経営者のリーダーシップのあり方・意思決定の文化
 Staff(人材):どんな人が何人いるか・人材育成の仕組み

■7Sの最大のポイント「Shared Values(共通価値観)」

 7Sで特に重要なのは「Shared Values(共通価値観)が中心に位置している」という設計思想だ。企業の理念や大切にしている価値観が、他の6つの要素すべてに影響を与えているという考え方だ。
 山田食品の7Sを点検してみよう。Strategy(戦略)は「ECで全国の健康志向層に届ける」と定まった。しかしStructure(組織)は「漬物づくりと道の駅での販売」に最適化されており、EC担当のポジションがない。Systems(仕組み)にもEC運営・撮影・発送のプロセスがない。Skills(スキル)はECや写真撮影・SNS発信に乏しい。Staff(人材)も現状では対応できる人がいない。
 一方でShared Values(共通価値観)として「長野の食文化を守り、本物の発酵食品をつくり続ける」という信念があるなら、それはECで全国展開するという戦略と整合している。山田社長のリーダーシップ(Style)が「新しいことに積極的に取り組む」タイプであれば、変化への組織的抵抗も少なくなる。

 7Sを使うことで「戦略と組織のどこにギャップがあるか」が明確になる。
 山田食品の場合、構造・仕組み・スキル・人材の四つを補強することが、戦略実行の前提条件だとわかる。「ECサイトの制作を外注する」「SNS運営を兼務できる若手スタッフを採用する」「冷凍発送に対応できる梱包ラインを整備する」——これらが具体的な組織整備のアクションになる。
 今回紹介した代表的分析手法は、マーケティングの対象エリア全般にぶつけているのではないということだ。対象となる要素を分けていることが特長で、SWOTでは内部環境と外部環境に分けていること。マッキンゼーの7Sは、ソフトとハードに分けている。VRIO分析では、分析と実現力を分けて示していること、つまり組織が揃っているかが重要だということだ。

 次回は、この分析を受けて「誰に・何を・どう届けるか」の戦略を設計するSTP、実行変数の4P/4C、そして「消費者がどのように情報を受け取り購買に至るか」という心理プロセスの変遷を解説する。

参考
【書籍】●『はじめて学ぶ マーケティングの本』安田貴志[日本能率協会マネジメントセンター] ●『マーケティングで面白いほど売上が伸びる本』市川晃久[あさ出版] ●『マーケティングの基本とコツ』安原智樹[学研] ●『もっと早く受けてみたかったマーケティングの授業」伊東直哉(著)/内田学(監修)[PHP 研究所]●『コトラーのマーケティングコンセプト』大川修二(訳)/恩藏直人(監訳)[東洋経済新報社] ●『コトラーに学ぶマーケティング』白井義男(監修)[イースト・プレス] 
【WEB】●『フルウチ式マーケティング概論』[note.com]ほか

POINT
■SWOT分析は4つの枠を埋めることではなく、「クロス分析(掛け合わせ)」で積極策・差別化策・弱点補強策・リスク回避策という四方向の戦略を導くことが目的
■コトラーが指摘するように、SWOTは外部環境(機会・脅威)から見始めると客観的な分析になる
■VRIO分析で「価値(V)・希少性(R)・模倣困難性(I)・組織体制(O)」の四問に全てYESの強みが「持続的な競争優位性」。投資して守るべき強みを特定できる
■優れた強みも、それを活かせる組織体制(O)がなければ宝の持ち腐れ。富士フィルムの多角化成功の背景にはVRIOに基づく自社資源の正確な把握があった
■7S分析で「戦略と組織のズレ」を点検する。戦略(S)・構造(S)・仕組み(S)・共通価値観(S)・スキル(S)・スタイル(S)・人材(S)の七要素が揃って初めて戦略は実行できる
■7SのShared Values(共通価値観)が中心にある理由:企業理念が全社員の行動の判断基準になって初めて、組織全体が同じ方向を向ける

ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム

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