COLUMN ビジネスシンカー

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2021.04

天才作曲家ヴィヴァルディを支えた
世界初の女性楽団
「フィーリエ・デル・コーロ」

慈善院「ピエタ」の天才演奏家たち

フィーリエのメンバーのなかにはソリストとしてヨーロッパじゅうに名を轟かせた女性もいた。なかでもアンナ・マリア・デラ・ピエタは当代一のバイオリニストとして、ヨーロッパの貴族や音楽愛好家の称賛を浴びた。彼女はヴィヴァルディのお気に入りで、当時16歳の彼女に、給料の4ヵ月分のバイオリンをプレゼントしている。

ほかにもアデレート・デラ・ピエタ、アガタ・デラ・ピエタ、ピットリア・デラ・ピエタなどがおり、多くの人々の琴線を揺さぶった。

ピエタとは彼女たちの所属した慈善院=オスペダーレの名称である。当時ベネチアには、メンディカンティ、オスペダレット、インクラービリ、ピエタの4つのオスペダーレがあり、音楽で名を馳せていたのはこのピエタであった。彼女たちはつまり、ピエタ慈善院所属のアンナ・マリア、ピエタ慈善院所属のアデレート、ピエタ慈善院所属のアガタであった。

ルソーはなんとしても彼女たちを見たいと思った。フィーリエのパトロンの1人に頼み込むと、会えることになった。

その喜びを、「待望の美女たちを閉じ込めているサロンに入ると、恋しくて震えを感じた。かつて経験したことのない気持ちだった」とまで言っている。

だが面会した直後のルソーの感情は暗転した。「おそろしかった」と吐露する。

天使だと思っていた女性たちの多くが、体になんらかの障がいを持っており、なかには「天然痘のために外見が完全に損なわれていた」女性もいた。

もっと容赦ない言葉を投げつける者もいた。イギリスから訪れたある貴婦人は、面会した途端、激しく笑い出した後、「私の目は十数人の老婆に釘付けとなった。若い女性も何人かいた。(中略)演奏家たちの姿を見たら、気分が悪くなった」と述懐している。

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