COLUMN ビジネスシンカー

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2021.05

ビズシンカーインタビュー
「明日をつくる人」インタビュー【前編】
「おやさいクレヨン」は、
親子の時間をデザインするために
生まれた。

全国的展覧会で取材のラッシュ
サンプル2000個が一気に捌けた!

BIZ●実用化できるという手応えはいつ頃からあったのでしょうか。

木村●半年後くらいからでしょうか。チームが結成されて開発を始めたのが7月で、12月の末に翌年2月に開催される展示会「東京インターナショナル・ギフト・ショー」に出展申し込みをしたんです。著名アートディレクターさんなどが審査する若手クリエーターのコーナーがあって、10色の試作品を、仮のパッケージで写真を撮って応募したところ、見事審査に通り、その時はじめて製品化の希望が見えてきました。翌1月には「装苑」という雑誌の展示会の出展者情報にも掲載されました。

BIZ●実際の反応はどうでしたか?

木村●2月のギフト・ショーでは予想外の反応となりました。取材担当者が装苑を事前に見てくれていたり、ギフトショーの主催者がプレスリリースで出展者情報を流してくれたこともあって、初日にテレビ東京の「ワールド・ビジネス・サテライト」が来て、次の2日目にNHKの「おはよう日本」が来て、それから取材ラッシュとなりました。ギフト・ショーは3日間あって、ブースにやってくるのはせいぜい500名くらいと予想して、その分のパンフレットと名刺を用意していたんですが、初日の午前中で全てなくなってしまったんです。急いで東京都内の当日印刷で名刺を増刷して、夜に受け取って次の日に挑んだんですけど、次の日も3人ではとても対応できないほどのバイヤーさんが来ました。用意した最初のロットが2000は、あくまでサンプルとして用意してたものでしたが、あっという間に売り先が決まり急遽それを出荷するということになりました。そこではじめて雇用継続ができる見込みができて、2人の雇用継続が決定しました。

BIZ●すごい!シンデレラストーリーですね。

木村●出展前はそこまでの反応を全く予想していなかったので、初回2000のサンプルも当然余ると思っていたし、県の補助事業も終われば2人の雇用が終わるだろうから、自分の仕事にまた戻るのかなっていうイメージをしてたんです。まさかクレヨンが仕事の主流になるとは出展前は思っていませんでした。

BIZ●いかに思いが強くても「いつかこういうことやるぞ」ではなく、9ヵ月でなんとか形にしないといけないという、そこで区切りがあったことが、結果に結びついたのでしょうか。

木村●そうですね。それも大きいと思います。やっぱり計画って大事ですね。「いつまででもいい」となるとたぶんこうならなかったかもしれないですね。

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