COLUMN ビジネスシンカー

  • SHARE
  • LINE
2021.09

混迷を深めるVUCAの時代だからこそ。 知っておきたい
「大人の義賊史」

列車強盗を“発明”したアメリカの義賊、
ジェイムズ

大西洋を挟んだ新大陸、アメリカ合衆国にも多くの義賊がいた。とくに活躍したのが西部開拓時代だ。

アメリカのロビン・フッドとして語り継がれているのが、ジェシー・ジェイムズ(1847〜82年)だ。兄のフランクと一緒に1866年頃から列車強盗や銀行強盗を働くようになったが、とくに列車強盗はジェイムズが発明したと言われている。

時は南北戦争時代。ジェイムズは南軍の兵士と女性には親切で、無益な殺人はしなかったとされる。銀行強盗では流れ弾にあたった少女の入院費用を出してあげたり、未亡人の借金を返済してあげたというエピソードもある。庶民のヒーローとして人気を博していたようだ。とくにこの時代、銀行強盗を行うジェイムズらは、農民の共感を得ていた。

というのも農業機械を買った農民が利子に苦しめられていたからで、農民はそんな銀行を敵視していた。警察やその時代を代表する探偵事務所、ピンカートン探偵事務所に追われる彼を人々が匿ったこともあり、最期まで逮捕されなかったものの、仲間の裏切りによって死亡している。

西部開拓時代の義賊としては、ビリー・ザ・キッド(1859〜81年)が知られるところだろう。キッドは本名をヘンリー・マカーティと言い、南北戦争で未亡人となった母が結核で死亡した後、不良の仲間となる。

1877年、母を侮辱した鍛冶屋と言い争いになり、鍛冶屋を撃ち殺してしまう。キッドは逮捕されるが脱走。追っ手から身を隠すため腕の良いカウボーイとなって逃げ回る。その後、ニューメキシコのリンカーン郡を二分していた資本家の抗争に巻き込まれ、片方に付くも、その資本家がライバルからの襲撃を受けて死亡。キッドは捕まってしまうが、住民の要請で釈放される。だがライバル側の弁護士をライバルの一味が殺害する現場をキッドが目撃したため、今度はライバル側に人質として捕まってしまうのだった。

しかしキッドはそこからも脱走し山に逃げ込む。その後リンカーン郡の知事と合い、弁護士殺害を証言することで恩赦を得ようするも、これは実現しそうもないと判断、再び脱走する。キッドはその後捕まって、いくつかの無実の罪で有罪とされ絞首刑の判決を受けるが、さらに脱走。結局その途中で射たれ死亡している。

  • LINE