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人材不足時代のハラスメント対応術

 「パワハラ」「セクハラ」と聞いてさすがに「それなんのこと?」という人はほとんどいないと思うが、その判断の線引きはどこにあるのか。職場ではどんな対策が必要なのか。イマイチわかりにくいことは多いのではないだろうか。
この4月から「労働施策総合推進法」、通称「パワハラ防止法」が全面的に施行された。”全面的に”としたのはすでに大企業向けには2020年6月1日に施行されているからだ。4月からはその対象が中小企業まで広がった。企業のパワー・ハラスメント対策が義務化され、違反した場合、厚生労働省からの指導や勧告を受け、勧告や指導に対応しない場合は、社名とともにその事実が公表されることになる。また2020年6月からは、「男女雇用機会均等法」、「育児・介護休業法」が施行。職場におけるセクシャル・ハラスメントや妊娠、出産、育児休業等に関するハラスメント防止策も強化される。
 気がついたら「ハラスメント企業」の烙印を押されていた、とならないためにも、ハラスメントの基本対策をきちんと押さえておきたいところだ。

多様化するハラスメント

「セクハラ」とは「セクシャル・ハラスメント」の略。「パワハラ」は「パワー・ハラスメント」の略。ハラスメント(harassment)は英語で「嫌がらせ」を意味する。「そんなことは言われなくてもわかっている」という方が多いとは思う。では、「モラハラ」や「マタハラ」「ジェンハラ」はどうだろう?
 モラハラはモラル・ハラスメント。マタハラはマタニティ・ハラスメント。ジェンハラはジェンダー・ハラスメントだ。
 モラル・ハラスメントは、相手を傷つける目的で言葉や態度、文章などで嫌がらせを続けること。マタニティ・ハラスメントは、妊娠がわかった社員や妊娠中の女性に対して、嫌がらせやいじめを行うことだ。またジェンダー・ハラスメントは、性別だけの理由から特別な仕事や雑務を行わせたり、逆に仕事を与えなかったり、昇進や昇給に差をつけて、嫌がらせやいじめをすることである。
 他にも大学などアカデミックな場所で、肩書や権威などを利用して、肩書の下の人や立場の弱い人、学生などに対して、理不尽な作業や要求をする「アカハラ=アカデミック・ハラスメント」、医師や看護師が患者を侮蔑するような言動をとったりする「ドクハラ=ドクター・ハラスメント」、アカハラやドクハラ、セクハラ、パワハラなどが混在となって行われる大学特有のハラスメント「キャンハラ=キャンパス・ハラスメント」などもある。
 コロナ禍でクローズアップされているのが、リモートハラ=リモート・ハラスメントだ。特定の社員をリモート会議に参加させない、リモート会議の背景に写った部屋の様子や持ち物をチェックして、嘲笑の対象にするなどだ。
 ハラスメントは特殊な状況や環境下で起こりやすい。その代表がアルハラ=アルコールハラスメントだろう。酔った勢いで暴言を吐いたり、一気飲みなど無理に飲酒させたり、しつこくからむなど本人が嫌がることの強要や、度が過ぎる悪ふざけなどがあたるが、これらはすべてセクハラ、マタハラ、ジェンハラにつながるような行為でもある。
 酔ってしまえば自制は難しい。一昔前であれば、「酒の席だから許される」「無礼講だから」といった言い訳が聞かれたが、今は弁解にならない。酒はその人の本性をむき出しにする。酒を飲むと人が変わるという人は要注意だろう。

 ほかにも、タバコを吸わない人の前でタバコを吸ったり、禁煙者にタバコを勧めたりするスモハラ=スモーク・ハラスメントがある。喫煙を理由に仕事中に抜け出して一服することもスモハラとみなされる。
 あるいはカラオケ店などで歌をいやがる人に歌を歌うことを強要する「カラハラ=カラオケ・ハラスメント」などもある。
 このようにハラスメントの種類は多彩で、その数も増え続けている。
 もちろん、人によって受け取り方の差もあるので、わかりにくく、いいようにも悪いようにも利用されがちだし、過度にハラスメントを叫ぶと、業務が成り立たなくなる可能性もある。
 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角この世は生きにくい。」と語ったのは文豪夏目漱石だが、ハラスメントという名称が一般化する前から漱石はその空気を読み取っていたのかもしれない。
 確かに社員や部下の思いすごしや思い込みの場合もあるだろう。しかしハラスメントを放置しておくと、法的だけでなく、確実に会社や組織に悪影響を及ぼす。
 日本はここに来て急激な人材不足時代が始まっている。セクハラやモラハラが当たり前のような労働環境の悪い職場では、人材が定着しないどころか、流出する可能性もあり、人材不足が加速する。
 またこうしたハラスメントは従業員のモチベーションを大きく下げることもあり、結果として正しい情報や重要なデータが上がってこなくなる可能性もある。
 昨今大企業の不正会計や不正検査が問題となった。仮にトップがなんらかの圧力をかけていたとしたらまさに上からのパワハラが、正しい情報のやりとりを阻害し、会社の適切会計をねじ曲げたことになり、極めて大きな問題に発展することがわかるだろう。

セクハラ、マタハラ対策を強化

 この度の法改正で注目されたのは、とくにセクハラとマタハラだ。
日本の労働力が不足しているのは、偏に出生率が下がり続けているからだが、その出生率を上げるためには、まず出産適齢期の女性が安心して出産でき、子育てができる環境を社会が用意することに尽きる。妊娠したからといって暗に退職を促すような空気や、子育てしている女性が時短勤務を取りにくい環境だったり、復帰後に心無い発言を受けたりするようでは、安心して出産どころか結婚する気にもならないだろう。
 こうしたハラスメントで、もし会社が持ってるポテンシャルを引き出せていないとすると、その会社のトップは経営者失格の誹りを受けても、仕方がない時代になったのだ。
 パワハラやモラハラを放置すると、社員の退職や長期休職、最悪の場合自殺することもある。
 もし仮にパワハラでうつ病になり、自殺したとなると損害賠償で5000万円から1億円は必要だと言われている。金額以上に失われるのが、企業としての信用だ。
 少し古いデータだが、国立社会保障・人口問題研究所が2009年に行った試算では、うつ病・自殺による経済損失は2.7兆円になるという。もちろんその理由がパワハラなどのハラスメントによるものではない。
 日本でパワハラを最初に定義した「パワハラほっとライン」主催の岡田康子さんが行ったウェブアンケートによると、パワハラを受けた人の約3%が自殺未遂や自殺を考えたことがあると答えている。
 さらに入院を経験した人が3%、通院・服薬が23%、心身の不調を訴えた人が40%いるという。7割の人が、パワハラでなんらかの悪影響を受けていることが岡田さんの調査でわかったのだ。
 影響がないと言ってる人でも、自分が影響を受けていることに気づいていない場合もある。とくに中高年の場合は、体調の変化を年齢のせいにすることもあり、必ずしもハラスメントの実態を反映しているとは限らない。実態としてはかなりの経済損失がパワハラやモラハラなどによってもたらされていることが言えるだろう。
 この調査で注視しておきたいのは、パワハラやモラハラでうつ病になったり、「自殺する人は、仕事ができる人が多い」ということだ。決して仕事ができない(とみなされる)から、メンタルが弱いから、ハラスメントを受けるのではない。
 売上が最も多い人や、若くリーダー的役割を担っている人、マルチな活躍をしている人など、いなくなっては困るという人が影響を受けやすいのが、会社、組織のパワハラやモラハラの実情なのだ。
 では、どんな人がハラスメントを起こし、どんな状況でハラスメントと認定されるのだろう。
 代表的なハラスメントを個別に見ていこう。

1. パワー・ハラスメント

 厚生労働省は、職場におけるパワハラを次のように定義している。「職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素をすべて満たすもの」

 具体的には①については、「職務上の地位が上位の者による言動」「同僚または部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの」「同僚または部下からの集団による行為で、これに抵抗または拒絶することが困難であるもの」などだ。
 ②については、「社会通念に照らして、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、またその態様が相当でないもの」としている。
そして③については、「当該言動により、労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じること」。さらにこの判断について「『平均的な労働者の感じ方』、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当」としている。
 かなり回りくどいので、岡田康子さんの定義を見てみる。岡田さんはパワハラを次のように定義している。
「職権などのパワーを背景にして、本来の業務の範疇を超えて、継続的に人格と尊厳を傷つける言動を行い、就労者の働く環境を悪化させる、あるいは雇用不安を与えること」
 ここでポイントとなるのは、継続的に行われることであること。1度や2度の叱責では、パワハラとは呼ばないということだ。ただし、法に触れるような行為や、人権を侵害するような言動は、たった一回でもハラスメントに該当する。
 もう1つは、本人の意志ではどうにもできないような、家柄や生い立ち、学歴、容姿、性別などを傷つける行為はハラスメントになる。

 1.1. パワハラで使われるパワーとは

 パワハラは、パワーをもって職場環境を悪化させたり、職場のスタッフを不安にしたり、病気や自殺に追い込んだりする、端的に言えばマイナスエネルギーだ。ではそのパワーとはどのようなものをいうのだろうか。
 前出の岡田さんが挙げるのは次の6つの力である。

1つ目は、「強制力」。
 肉体的、精神的な暴力を振るう、安全や心理的欲求に対する制限を加える、そのような行為をするような脅しを指している。いわゆる職権濫用と呼ばれる行為の1つだ。上司が部下に強制するケースが多いようだが、部下の暴力をおさめようとして上司が下手に出る場合もある。
2つ目は、「報酬力」。
 給与や昇進、評価、重要な情報などだ。職階や肩書が上であれば、こうした力がより大きくなるが、大きな組織の場合は派閥などの力も左右してくる。上司に正当な評価をしてもらえずに、左遷されたり、減俸となったりするのはこうした報酬力が使われているということになる。
3つ目は、「専門力」。
 専門技術や知識をもっている人が有する力だ。上述したドクター・ハラスメントなどはその代表例だが、企業内では、ITの知識を背景にした「IT・ハラスメント」や専門的なテクノロジーなどの知識を背景にした「テクノロジー・ハラスメント」なども生まれており、換言すれば、知識・情報格差がハラスメントの温床になると言える。
4つ目は、「正当権力」。
 正当に昇進して付けた権限のこと。”文句はあるまい”という力とも言える。正当権力はそれぞれの権力が正当に働いている時は、ハラスメント体質は生まれにくいが、社内に派閥があったりするとハラスメントが起きやすくなることもある。企業でもっとも大きな権限を持っているのは、社長ということになるが、企業によっては会長が権力を持っているケースもある。こうした歪んだ権力構造の企業は、いわゆる派閥争いなどが、それぞれのレベルでさまざまなハラスメントを引き起こし、企業のパフォーマンスを下げ、機能不全に陥らせ、事故や不祥事を起こしかねない。
5つ目は、「正当性力」。
 これは正当権力を拡大解釈したもの。たとえば、「社会人であれば、ボランティア活動に参加するべきだ」といった社会正義や正当性を主張することで、そうでない人に罪悪感を感じさせることだ。組織のなかでは論理的で、行動力がある人が一目置かれるようになり、組織内で力を持つようになっていく。
6つ目は、「同一視力」。
 「あの人のようになりたい」と憧れを持たれる、好ましい資質や個性をもった人の力だ。よくロールモデルなどと呼ばれる人のスキルや能力などがそれとなる。パワハラにおいては、とくに女性同士の先輩後輩の間で、こうした同一視による力関係ができあがるケースが多いとされる。化粧の仕方や態度、声の調子にいたるまで「同じようになりたい」と、後輩が懸命になればなるほど、先輩は力をつけていくようになる。
 また前述した派閥などのグループに魅力的な人がいる場合も、そのグループや派閥が力をつけていく。そのグループに属している人は優位な気持ちになり、パワーを感じることになる。

 このようにパワハラの源泉となるパワーは、地位に伴った権力だけでなく、組織においては多種類あることを知っておいたほうがいいだろう。とくに5番目や6番目は、本人たちが無自覚なまま影響力をつけていることがあり、そのパワーを自覚、律していくことは、組織のなかでは重要になる。

 1.2. どんな人がパワハラを行うのか

 パワハラは、上記のようなパワーと、特有のパーソナリティが重なると起こりやすくなる。どんなパーソナリティを持った人が起こしやすいのか、次の7つタイプがあるとされる。
1つ目は、性格が攻撃的な人だ。
 仕事にも人生にも積極的な人で、挑戦を好むが、自分が常に一所懸命に取り組んでいるので、周りの人や頼んだ相手が何かできないことがあると、その時の行為だけでなく「こんなこともできないのか」「だからお前はダメなんだ」と、相手の人格を否定するような言葉を発しがちだ。いわゆる仕事をどんどんこなすタイプに見られがちだ。
2つ目は、威厳を誇示したがる人。
 とかく自分の力を大きく見せたいというタイプだ。人間誰でも自分の自慢や威厳を示したいものだが、問題はことさら「俺のおかげで会社が潰れずにすんでいるんだ」「私に逆らうとどうなるかわかってるの」といった発言を繰り返す。自己肯定バイアスが強すぎるタイプであり、力を失うと急激に周囲から人が去っていく。
3つ目は、嫉妬深い人。
 嫉妬深い人は猜疑心が強く、劣等感の強い人が多いようだ。このタイプは自分を通さずに仕事を進めることを極端に嫌うので、筋を通すことが軋轢を避ける一つの手だ。
4つ目は、自己中心的な人。
 相手が正論でも「つべこべ言わずにやればいいんだ」、相手の状況を考慮せず「いま欲しいんだ」などの発言を繰り返し、反論すると「文句があるのならやめてしまえ」などと言ったりする。子どもがそのまま大人になったような人で、ある意味自信家でもある。
5つ目は、しつこい人。
 「判子の押し方が間違っている」、「コピーが汚い」など、細かいことをあげつらって、しつこく指摘する。部下のミスなどや言動をいつまでも覚えていて、「あの時、お前は!」などと過去のことを引きずり出して説教するような人。
6つ目は、自己保身に走る人。
 このタイプは会社に対する依存度が高く、自分を守るために部下を犠牲にしやすい。会社依存度が高いため、逆にパワハラの対象にもなりやすいタイプだと言える。
7つ目は、潔癖症の人。
 自分の思い通りにならないと気が済まないため、部下や取引先などに何度もやり直しを求める。重箱の隅をつつくようなことを持ち出すのが特徴だ。

 お気づきの通り、人間なら多少なりとも合わせ持つ気質とも言える。ハラスメントは、いかに自分を客観視し、過ぎた感情や欲を出さないように普段から心がけることが大事になってくると言える。自惚れず、謙虚に、相手に求めすぎないこともポイントだろう。
 前述のようにハラスメントでうつや自殺に追い込まれるのは、仕事ができるエリートが多いと言われるが、エリートと呼ばれる人間は上に挙げたパワーを複数持っている人たちで、その力のコントロールを失った時、一気にハラスメントの対象者にもなりやすいと言えそうだ。

 1.3. パワハラが生まれる環境

 これら7つのパーソナリティのほか、環境的要因からもパワハラは生まれる。
 1つ目は、人材不足などで、個人の仕事の負担が増えて、ストレスが溜まっているような環境だ。
 過剰なノルマやサービス残業が当たり前化しているような職場に多く見られる。
 2つ目は、1つ目とは逆に、暇過ぎる職場。
 仕事がマンネリ化していたり、暇だったりすると、関心が細かい枝葉末節なことに向きがちで、部下の些細なミスを責め立てたり、あら探しをしたりするようになり、ハラスメントがまん延するようになる。
 3つ目は、パワハラを受けてきた人がいる職場。
「昔はこのくらいのことを耐えてきた」「上がやれと言ったらやるんだ」といった昔の経験などを盾に、パワハラを是認するような風潮があるところだ。
 4つ目は、リストラがらみ。
 リストラは人を異動させたり、辞めさせることになり、どうしても嫌がらせなどが起きてしまうようだ。企業で大量解雇などが行われる時、リストラの対象者を集めた部門が一時的にできたりするが、こうした人に対するリスハラ=リストラ・ハラスメントも問題視されている。
 5つ目は、仕事の管理や手順が明確化していない職場。
 仕事の管理権限者が誰であってどこまでなのかがわかりにくかったり、手順が明確になっていない職場もハラスメントの温床になる。こうした職場では仕事の手順やマニュアル化を進め、権限移譲を進めることが1つの対策となる。また管理や権限が明確化されていないところでは、指示命令が曖昧になりがちだ。部下に頼んだ仕事が期限まで上がってこない場合、明確に指示を出したのか、クオリティを明確化したのかなど、コミュニケーション内容を確認する必要がある。またチームやグループを構成してプロジェクトをする場合は、メンバーの役割を確認する必要がある。
 以上のように、組織のなかにこうした文化や風潮があるところは、ハラスメント対策を真剣に考えたほうがよいだろう。

 1.4. パワハラのレッドゾーン、イエローゾーン、グレーゾーン

ではどのような言動が、1発アウトのハラスメント「レッドゾーン」になるのだろう。

レッドゾーン
1)労働条件や環境が労働基準法に触れるもの
2)身体的暴力で傷害罪を問えるもの
3)何らかの法に違反する行為の強制、強要
4)明らかに人権侵害を立証できるもの

イエローゾーン、グレーゾーン
5)人格を傷つける言動(言葉の暴力、無視、仲間はずれ)
6)業務上不必要な注意叱責、行き過ぎた教育指導

問題は5)、6)のイエローゾーン、グレーゾーンだろう。
 たとえば建設現場などで、現場の人から「バカヤロー」という声があがったとする。建設現場などは荒っぽい職場のイメージがあり、場合によっては「パワハラでは?」と思う人もいるかもしれない。
 しかし、建設現場は時に命の危険に関わるようなこともある職場だ。とっさに危険を回避するために、怒鳴ったり、場合によっては力ずくで行動することもある。その時に注意を促すためにとっさに「バカヤロー」と言ったとしてもパワハラとはならない。
 警察や消防、あるいは自衛隊などまさに命の危険のあるような現場や訓練で怒号が飛び交ったとしても、パワハラとはまず言えない。
 このように、「業務上必要な注意・叱責」はパワハラの対象とはならない。ほかに、「正当な指示命令」や「被害妄想的な行為(具体的にパワハラ言動が見当たらない)」場合は、やはりパワハラとは認められない。

 

2. モラル・ハラスメント

 モラル・ハラスメントは何から生まれるのか

 パワー・ハラスメントが、強制力、権力を背景にした上司や権限者からの嫌がらせであるとすると、モラル・ハラスメントは、パワハラに同僚などを含む組織内で起こる嫌がらせや精神的、行動的暴力を指す。
 たとえば、同じ職場の同じチームで仕事をしているリーダーの豊田さんが、本田さんに対して、ほかの松田さん、鈴木さんと明らかに違った、一人では抱えきれない仕事量を回していたり、逆に極端に少ない仕事量だったりするなど、明らかに偏りが見られるような場合だ。たまたまタイミングでそのようなことになることもあるだろうが、これがずっと続いたり、何度か繰り返される時は、モラハラの可能性が高くなる。
 ではどういった理由でそういったモラハラが起きるのだろうか。
 モラル・ハラスメントを最初に提唱したフランス人医師のマリー=フランス・イルゴイエンヌさんによれば、次のように分類できるという。
 1つ目が、「異質なものに対する拒否感」。
 人は自分とは違う、異質なものに対して警戒し拒否感を覚えるもの。たとえば女性が多い職場での男性や同性愛者など、性的マイノリティ。あるいは学歴や学閥、国籍の違いなどは、もともといなかったり、少なかったという職場や組織では、異質なものとして拒否感を持つ傾向がある。
 こうした傾向は、とくに歴史の長い会社や業務内容が大きく変化していない企業などでは多くなりがちだ。
 2つ目は、嫉妬や羨望などだ。
 同期入社でライバル関係にあったり、一方的にライバル視していたりするケースでありがちだが、一方的に嫉妬や羨望を抱く、個人のパーソナリティもある。
 3つ目は、恐怖だ。
 会社の業績が思わしくない時や、部署全体の成績が落ち込んでいる時、部署が廃部や組織替えの可能性がある時などは、職場全体を恐怖が覆い、人間関係がギスギスしやすく、攻撃的になってしまうようだ。
 4つ目は、秘密。
 仮に意図しなくても同僚の人知れない秘密を知ってしまった時、人間はその秘密で優位に立ちたいと思ってしまうもの。私生活に関わる問題や、同僚の会社での失敗をたまたま自分だけが見てしまった時など、ハラスメントの芽がむくむくと芽吹くこともあり得る。また逆に不正が公然の秘密となっているような場合、1人でこのルールを変えようとしたりすると、「余計なことをするな」と、ハラスメントの対象になる可能性もある。

3. マタニティ・ハラスメント

 マタニティ・ハラスメント、マタハラは、広義で言えば、モラル・ハラスメントに含まれているが、今回の法改正にあったように近年認知度が上がり、社会問題化しているハラスメントの1つである。
 都道府県労働局長に対する紛争解決の援助の申し立ての受理件数では、2012年に「婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱い」が232件と、「セクシャル・ハラスメント」の受理件数の231件を上回っている。
 マタニティ・ハラスメントが話題となっているのは、従来、結婚退職するのが一般的だった職場が、女性の社会進出などを背景に、妊娠中や育児中でも時短勤務という形で仕事をする女性が増え、そのことを異質だと捉え拒否する感覚が起こしているようだ。
 マタハラの問題は、パワハラやセクハラよりも根深く、複雑なようで、対応が難しいのが特徴だ。というのもマタハラをする加害者が味方だと思っている職場の女性であることが意外と多いからだ。

 厚生労働省が2015年に初めて行ったマタニティ・ハラスメント調査では、「妊娠等を理由とした不利益取扱い行為をした者」は職場の直属の男性上司が19.1%で最も多く、次いで「直属上司の上の男性上司、役員」が15.2%、その次が「直属の女性上司」で11.1%、その次が職場の女性同僚、女性部下が9.5%あった。とくに職場の同僚と部下では男性のほうが5.4%と少ない結果となった。
 またそれより遡って連合が2013年に行ったマタハラ調査でも、マタハラが起こる原因について、「女性の理解不足と嫉妬」が36.1%あり、これは「男性社員の妊娠・出産への理解不足・協力不足」の51.3%に次ぐ数字で、「会社の支援制度設計や運用の徹底不足・協力不足」の27.2%を10ポイント近く引き離していた。男性の理解が不足しているのは理解できるが、女性の理解不足や嫉妬が多いことを意外に思った人も多いのではないだろうか。
 とくに独身の女性がいる職場であったり、出産経験のある女性の管理職がいる職場で思いの外、理解が足りなかったり、嫉妬からマタハラが起こったりすることがあるようだ。

 3.1. どんなハラスメントがあるか

 ジャーナリスト溝上憲文さんの「マタニティ・ハラスメント」によれば、マタハラで多かったものは次のようなものだ。

・妊娠中や産休明けなどに心ない言葉を言われた
・妊娠・出産がきっかけで解雇や契約打ち切り、自主退職に追い込まれた
・妊娠中や産休明けに重労働や残業を強いられた
・妊娠・出産をきっかけに望まない異動をさせられた
・妊娠・出産がきっかけで雇用形態を変更させられた
・妊娠・出産をきっかけに給料を減らされた

 この中の妊娠中の重労働や解雇、契約打ち切り、職場の異動、雇用形態の変更、給料を減らすという行為は、明らかに労働基準法、男女雇用機会均等法違反となる。
 とは言え、中小企業が大企業並の女性労働環境を整えることは難しい。
 女性労働環境の整備がマタハラの一因になることもある。妊娠したり、育児中の女性が、女性から最も嫉妬されやすい制度は時短勤務。とくに出産後は保育園など育児施設の送り迎えなどがあり、時短勤務でないと仕事が続けられないことが理由だが、繁忙期でも時短が適用されるとわかっていても、羨ましさが込み上げるものだ。
 ではどのような対処法があるのだろう。いくつか挙げてみよう。

 3.2. マタハラの対応策

1)会社全体で時短に取り組む
 日本人は欧米に比べて労働時間が長いとされている。とくにホワイトカラーの効率化、時短は社会全体のテーマでもある。
 妊娠した女性や、育休を取る女性が出てきたのを機に、会社全体の時短を考えるのも手だ。まずは1週間に1度、「ノー残業デー」や「時短デー」をつくり、仕事の効率化を会社全体で進めることもいいだろう。時短デーも思い切って午前中だけ、あるいは昼休憩なしでの10〜14時といった柔軟な就業時間も有効だ。
 またテレワークなどを併用し、積み残した仕事が出社せずともできるような体制や、合わせて本社や支店だけでなく、自宅から徒歩圏や20〜30分以内にサテライトオフィスなどを借り上げて利用することも対策になる。
2)会議の効率化
 会社の業務で意外と時間を取るのが、会議だ。業務の効率化を考える時に会議時間の短縮を考えよう。会議には本来は目的があって、なんらかの結論を出すものだ。業務連絡的なことに会議を使っていないか。メールで確認できないかなど、考えることがコツだ。コロナ禍になってリモート会議などが簡単にできるようになっている。逆に時短と組み合わせれば、育休中の女性社員が時短で仕事ができたり、会議にも参加できたりと、工夫や働き方の選択も増えているので、会議の効率化と合わせて時短ワークを導入してもいいだろう。
3)妊娠・育児支援の理解を進める
 連合や厚生労働省のアンケートからもわかるように、まだまだ日本の職場は育児支援の重要性を理解していないようだ。マタハラをなくしていくには、男性、女性社員に対して、しっかりとした理解と共感を広げていく学習会や、研修機会をつくっていくことがまず求められる。
4)キッズルームなどの整備
 余裕があれば、企業内に託児施設を設けることを検討すべきだろう。あるいは会社のそばの育児施設などと提携したり、夏休みなどに期間限定で開設するのも手だ。育児支援は、男性の理解協力が求められているので、たとえば、夏休み期間は、お父さんが出勤時に会社の託児施設に預けることができれば、妊娠出産、子育てに対する理解が早まるだろう。

4. セクシャル・ハラスメント

 セクシャル・ハラスメントは、セクシャル(性的な)嫌がらせで異性に対して性的な行為や言葉などで嫌がらせをすることだ。メディアなどに繰り返し取り上げられて、むしろパワハラより理解が進んでいるかもしれない。では次のようなケースはどうだろう?

■会社の宴会の席で先輩が「恒例だからしたほうがいい」と新人の女性に酌をさせる
■上司が契約の取れない男性社員に対して、「意気地がないぞ、男なんだろ!」と叱咤する
■先輩女性が後輩男性に「君は職場のペットのようなものだから」など言う
■社長が3次会を風俗店に設定し、あまり行きたがらない男性社員に「これはおごりだ」と誘う

 これらはすべてセクハラの対象になる。セクハラは男性が女性に対して行うという認識が強いようだが、女性が男性に対して、男性が男性に対して行うこともセクハラの対象となる。もちろん相手の受け取り方次第というところがあるが、繰り返されれば、明確にセクハラと認定され、裁判などで損害賠償を求められることになってくる。また繰り返されなくとも衝撃が大きい場合は、セクハラと認定される。
 セクハラは、国も早くから対応を進めてきたので、現在では明確に法律で禁止事項や対処方法が決められている。
 上述のパワハラ、マタハラなどの対策も基本はこのセクハラに準じることにある。

 4.1. セクハラ問題が起きたら措置することが法的に決まっている

 1997年に国は男女雇用機会均等法のなかで、事業者に対して性的な嫌がらせへの配慮を求めるようになり、2007年にはその範囲を拡大している。
 男女雇用機会均等法の11条では、次のように謳っている。
「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき、不利益を受け、または当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
 厚生労働大臣は、前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとする。」
 つまり職場においてセクハラに該当するような事態が起こった時には、事業主は必ず適切な措置をしなければならないのだ。しかもその「適切な措置」についても、法的に9つの対策が決められているのだ。
①セクシャル・ハラスメントの内容、あってはならない旨の方針の明確化と周知・啓発
 セクハラの適切な措置をするためには、まずどういったことがセクハラであるかを知ってもらい、そういう行為が生まれない職場をつくることを明言する。そしてそういった行為が生まれないような仕組み、その監督者・管理者を決めていく。
具体的には、まず就業規則や服務規程などを定めた文書で、セクハラがあってはならない方針を規定し、どういうことがセクハラに該当するか、その内容を周知して、啓発する。
 さらに周知方法として、社内報やパンフレット、社内ホームページなどのメディアを使って、セクハラの容、あってはならないという旨の指針を記載して社員に知らせるようにする。
 さらには、同様のことを研修や講習で周知徹底する。つまり方針や規定を定め、その内容を文書で通達するだけでなく、印刷物や講習会などで繰り返し、周知徹底することが求められているのだ。
②行為者への厳正な対処方針、内容の規定化と周知・啓発
 当然方針や具体的な内容だけでなく、セクハラを行った者が現れた場合は、厳正に対処するということもしっかり業務規定などに文書化していく。

 4.2. 専門窓口、監督者を決める

③相談窓口の設置
 セクハラ問題は、極めてデリケートな問題だ。従っていきなりセクハラの行為者をジャッジするのではなく、まずそういう行為を受けた、受けていると感じる社員に対しての相談窓口を設置する必要がある。
 設置にあたっては担当者、相談の仕組みを決めておく。内容によっては社内だけで対応はできないこともあるので、社労士事務所など外部との機関へ相談の対応を委託する必要もある。
④相談に対する適切な対応
 もちろん相談窓口をつくる以上は、しっかりした対応ができないといけない。従って相談の流れ、マニュアルを整備しておく必要がある。また相談窓口だけでなく、人事などの関係部署との連携をとり、あるいは外部との連携を取りながら、その内容を吟味して判断し、対処していく必要がある。
⑤事実関係の迅速かつ正確な確認
 相談窓口は、そういったマニュアルや仕組みに則り、場合によって外部との連携を取りながら、事実の確認をするわけだが、当事者の意見に食い違いがあったり、事実が正確に確認できないような場合は、第三者からの事実関係の聴取が必要になる。また社内の関係者や第三者でも判断できない時は、雇用機会均等法の18条に基づき、調停の申請を行ったり、第三者機関に紛争処理を委ねることも行う。
⑥当事者に対する適正な措置の実施
 企業や職場、あるいは個人によって、問題を軽く考えたり、企業によっては秘密裏に処理しようと考える場合もあるようだ。しかしセクハラの事実認定が行われた場合、方針や服務規程に従って、当事者を引き離すために配置転換をしたり、被害者が不利益を被っている労働環境の改善を行う必要がある。内容によっては懲戒処分など、行為者に必要な懲戒を与える必要もある。

 4.3. 被害者のプライバシーを守ることをアナウンスする

⑦再発防止措置の実施
 いったんセクハラが問題となったら、相談窓口や、専門家の力を借りながら問題解決に取り組むのは当然だ。結果無事解決したとしても、それで十分ではない。同じようなセクハラが起きないように改めて、セクハラ防止の周知・啓発活動を1つめのやり方に則り、再度徹底して行う。
⑧当事者のプライバシー保護のための措置の実施と周知
 セクハラはデリケートな問題だから、当事者のプライバシーをしっかり保護する必要がある。プライバシーを保護していくために、しっかりとしたマニュアルをつくり、問題が発生した場合はマニュアルに沿ってしっかりプライバシーを守る。
 そのために相談窓口には、十分研修を受けた監督者がなる必要があるし、相談する場合には、しっかりマニュアルに基づきプライバシーを守って対応していることを、社内報などのインナーメディアを通じて告知することが求められている。
⑨相談、協力等を理由に不利益な取り扱いを行ってはならない旨の定めと周知・啓発
 もちろん被害者がセクシャルハラスメントについて相談したことによって不利益を被らないようにすることは、当然のことだ。セクハラをなくすためには被害者だけでなく、その情報協力者が不利益を被らないようにしなければならない。そのためには、「相談したことで不利益を被ることはない」ということを、明文化し、文書化するだけではなく、社内報や社内向けのホームページなどを使って、社員全員に告知する必要がある。

 4.4. 男性セクハラも措置の対象

 このようにセクハラは、「知っている」「いざとなったら対応する」というレベルの認識や対応ではいけない。法律が事業者に対して”すべき”こととして、きちんとした監督責任者を置き、相談窓口を設け、社内メディアや講習会・研修会を使って繰り返し、セクハラに対する意識とその内容の周知徹底することを求めているのだ。なぜかというと、セクハラはその判断が微妙であり、また内容も多様化しているからだ。
 07年の男女雇用機会均等法の改正時には、男性に対してのセクハラも措置の対象になっている。
 女性が男性に対して行うことだけでなく、男性が男性に対して行うセクハラも措置の対象になるのだ。
 またセクハラ問題の対象は、職場だけではない。取引先や顧客の自宅、営業先、出張先、業務で使う車中なども含まれてくる。

 今後も◯◯ハラスメントは、どんどん増えていくだろう。どこまでがハラスメントかという問題は線引きが難しいところもある。ただ、日本では急激な人手不足が進んでいる。今後もグローバル化の渦のなかで人材を確保していくとすれば、こうしたらハラスメントに気を使っていくことは言うまでもない。
 この度の改正法では、厚生労働省が特定技能所属機関に対して通達を行っている。特定技能所属機関は特定技能外国人に対して雇用管理上の措置義務を負うものではないが、職場でハラスメントに類する言動が行われないよう、適切な対応に努めてほしいと訴えている。
 既存の価値観にとらわれていると、こうした対策はなかなか進まなかったりするが、生産人口の急速な減少、ダイバーシティの広がり、グローバリゼーションのなかで、これらのハラスメントを放置しておくことは、早晩市場から会社が除外されることになりかねない。重大なリスクであることを認識すべきだろう。逆に早く取り組めば、優れた人材を集めやすく、生産性の高い柔軟な発想と働き方ができる企業に脱皮できる。国も今回の改正に際し、女性活躍に関する取り組みがとくに優良な事業主に対して、従来の特定認定制度「えるぼし」より水準の高い「プラチナえるぼし」を創設して、その普及を後押ししている。
 現有の人材を活かしていく上でも、こうしたハラスメント対策にぜひ積極的に取り組んでほしいと思う。

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