CONTENTS 記事・コラム 詳細
  • ビジネスシンカー

夢を仕事に!「リ好きリング」で人材不足を逆手に取る新雇用戦略

■「リ好きリング」とは?

 2026年現在、日本企業の人材不足は深刻さを増している。厚生労働省の有効求人倍率は依然として1.3倍前後で推移し、特にサービス業・小売業では店舗スタッフの確保が大きな課題だ。そんな中、新しい人事施策が注目を集めている。それが「リ好きリング」だ。
 「リ好きリング」とは、「リスキリング(reskilling)=学び直し」をもじった言葉で、2024年頃からビジネスメディアで使われ始めた造語だ。日経MJでは「リスキリングより『リ好きリング』」と紹介され、モスバーガーの事例が象徴的に取り上げられた。

■自社レーベルで夢を叶えるモスバーガー

 モスバーガーでは、人材不足の解消と離職率低下を図る取り組みとして、スタッフの「好き」を応援し、その道のプロとして活躍するための仕組みを用意。2024年にスタートしたこのプロジェクトは、全国の店舗で働くキャスト(アルバイト・パートを含むスタッフ)を対象にオーディションを実施し、アーチストとしての活動を支援する。驚いたのはモスバーガーが自社のレコードレーベル「MOS RECORDS(モス レコーズ)」を立ち上げたことだ。
 2026年3月には第2回オーディショングランプリの星野美月さんが本社を訪れ、オリジナル楽曲を披露。店舗スタッフでありながらアーティストとしてCDリリースやライブ活動を展開する姿が、社内外で大きな話題となった。モスは星野美月さんなど合格者には業務時間内の練習・レコーディングを調整する柔軟なシフトを認めている。
 彼らの楽曲は全国の店内でBGMとして流れ、さらには1号店である成増店の壁面アートを第1回グランプリ受賞のEbio.(えびお)さんが手掛けている。店舗そのものが彼らの表現を支える「メディア」へと変貌しているのである。
 従来でも、社員の特異な趣味や能力を支援する仕組みはあったが、モスバーガーのように本格的自社レーベルまで立ち上げる例はなかった。結果、Z世代の応募者が前年比で約30%増加し、離職率も低下傾向にあるという。

■「リ好きリング」がZ世代獲得と企業成長の好循環を生む

 こうした「リ好きリング」を活用した人材登用は、人材不足が慢性化するサービス業・小売業で効果を発揮しやすい。Z世代を中心に「仕事と個人の充実を両立したい」という価値観が強まる中、従来の福利厚生では満足できない層を惹きつける強力な武器となっている。つまり、モスバーガーでの勤務は「生活費を稼ぐための労働」から「夢(音楽・アート)に投資する時間」へと変わったのだ。
 この取り組みのポイントは「個人の情熱(好き)を否定せず、むしろ業務や企業活動に取り入れてモチベーションを高める」点にある。
 従来の人材戦略が「会社が求めるスキル習得」を強いるのに対し、リ好きリングは「本人が燃えること」を起点とする。夢を支援することで、本人には自己実現感と充実感が生まれ、精神的ウェルビーイングが向上。職場では創造性やチームの結束力が高まり、結果として人材確保・定着という経営課題を解決する好例となっている。

■アート・クリエイティブ分野で「リ好きリング」が進展

 ほかにもリ好きリングを活用する企業は増えている。
 人材派遣のパソナグループ(パソナハートフル)は2004年から、“才能に障がいはない”をコンセプトに、知的・発達障がいのある方々を絵を描く「アーティスト」として雇用するアーティスト社員制度を導入。絵画制作を正式業務とする社員が現在20名以上在籍している。彼ら彼女らの個性あふれる作品は、社内インテリアや商品デザイン、広報資料に活用され、障がい者雇用の先進モデルとしても注目されるが、それ以上に効果的なのは「本人への影響」である。

 多数の社員が創作活動を通じて自信を回復し、自己肯定感が高まったという。あるアーティスト社員は「絵を描くことが仕事になったことで、毎日が生きがいになった」と語っている。
 一方社内では、会議室に展示されたアートが社員間の会話のきっかけとなり、創造性と多様性尊重の文化が醸成。結果、チームのイノベーション力向上と離職率低下を実現した。
 またソフトウェアの品質保証やテストを手掛けるSHIFTは、2021年に「SHIFT Challenged Art 公募展」を開催。応募者から3名の障がい者アーティスト社員を採用した。作品を会議室の壁紙やオンライン会議の背景、表彰副賞に使用。本人にとっては「才能を活かした居場所」が生まれただけでなく、職場全体で「多様な視点」が自然に取り入れられ、コミュニケーション活性化と心理的安全性の向上につながっている。
 東京に本社を置くデジタルマーケティング企業のメンバーズも、障がい者アーティスト社員を雇用。気候変動などの社会課題をテーマにした作品を制作し、社内だけでなく支社のある福井県鯖江市との共同アート展などで公開している。当該社員は「自分の作品が社会に発信される喜び」を感じ、仕事への誇りが芽生えたという。また社内ではアートを通じたSDGs意識の高まりが社内議論を活発化させ、クリエイティブな提案が増加。ブランド力向上と同時に、社員のエンゲージメントスコアが向上した。
 これらの共通点は、アート制作を「趣味」ではなく「業務」と位置づけ、在宅ワークや作品の二次利用(ライセンス販売など)といった経済的価値として展開している点だ。知的障がい作家のアートをビジネス化する動きとも連動し、社会的価値も高い。彼ら彼女らに対する夢支援により、本人たちは「経済的・精神的な自立」を得、職場には「創造性と包摂性の好循環」を生み出している。

■アスリート社員の両立支援—運輸業を中心に広がる「リ好きリング」

 個人の夢や趣味を応援するリ好きリング的な仕組みは、アスリート分野において一日の長がある。いまや多くのオリンピアンが企業の業務の一環として試合や練習の活動を行っている。先のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、フィギュアスケートのペアで金メダルに輝いた「りくりゅうペア」の競技活動を、木下グループが長年支援をしてきたことが話題となった。従来、こうした手厚い支援や雇用はトップアスリートに限定されていたが、近年は、運輸業を中心に「競技継続を応援しながら人材確保」する取り組みが定着している。
 神奈川県横浜市に本社を置く大松運輸はアスリート採用を積極的に行っている。2023年時点で11名が社員として在籍、その分野も陸上やサッカー、格闘技など多種に及んでいる。

 東京都の東亜物流は社会人サッカーチーム「東京23FC」と連携して、プレーヤーを社員として雇用している。また栃木県のバス会社、関東自動車は、地元のプロサッカーチーム
「FC栃木」と地域振興と選手雇用に関するパートナーシップを締結。選手を社員として雇用し、練習環境を提供しながら、バスの運転に必要なニ種免許の取得も支援するなど、引退後のセカンドキャリアもバックアップしている。
 これらの企業では、練習時間や大会出場を柔軟に調整する環境を整えており、アスリート社員は仕事と夢のバランスを取りながら、「競技者としてのアイデンティティ」を維持しつつ、安定した収入を得られる。関東自動車のようにアスリート引退後のキャリアを用意することで、現役時代は思い切ったチャレンジができることが魅力となっている。こうした企業では、社内に対して、アスリートの「規律」「目標達成力」「チームワーク」が波及し、配送効率の向上や安全意識の高まりが見られ、チーム全体のモチベーションが上がった事例も少なくない。

■ゲームクリエイターや個人の情熱を活かした登用

 リ好きリングは、アスリート系のほかエンタメ系企業でも増えている。
 IMAGICA GEEQなどのゲーム関連企業では、フリーランス的なゲームクリエイター(3D/2Dデザイナー、プログラマーなど)を無期雇用の「ゲームクリエイター社員」として採用。大手ゲーム会社プロジェクトに常駐しつつ、安定雇用とキャリアサポートを提供する。
 PR会社のサニーサイドアップは“たのしく働き、たのしく生きる”ための独自の福利厚生制度「32の制度」を展開している。「たのしいさわぎ創造⽀援」「恋愛勝負休暇」「失恋休暇」「誕生日休暇」「幸せは歩いてこない」など、多様なライフスタイルや働き方を柔軟に支えるメニューを用意。
 たとえば「たのしいさわぎ創造支援制度」では、ライブ、映画、演劇、イベント、スポーツなどジャンルを問わず、世の中で起きている楽しい体験に使う費用を会社が一部負担する。これはPRパーソンとして常にトレンドを体感し、創造性を磨くことを目的とした制度で、社員からは「映画やフェスに参加することで仕事のインスピレーションが湧く」と好評だ。また「恋愛勝負休暇」は、告白やデートなどの「恋愛勝負日」に備えて休暇を取得できる。社員の声から生まれたもので、「“勝負”の準備に集中できる」「プライベートを大切にできる」と、仕事と私生活の両立を後押ししている。これにより本人には「個人の人生が尊重されている」という安心感が生まれ、職場ではアイデアの質が向上し、PR企画の独創性が増している。これら32のメニュー内容については、時代の変化やメンバーの声を反映し、継続的にアップデートを重ねているところが特徴だ。
 上長の事前承認なく社内プロジェクトに応募できるソニーの社内公募制度も、リ好きリングの先駆けと言える。1966年開始したこの制度では累計8,000人以上が活用、数々の革新的プロジェクトが生まれている。代表例が電気自動車「VISION-S」プロジェクト。PlayStation開発者や自律型ロボット「aibo」、ドローン「Airpeak」の経験者など多様な社員が集まり、2022年にソニーモビリティ株式会社を設立した。AIを活用した会話アバター開発も好事例だ。銀行やショップの受付業務をAI化するプロジェクトで、異動希望を出したエンジニアが活躍し、少人化に貢献した。また京セラとの共同開発で生まれた、音が出る子どもの仕上げ磨き用歯ブラシ「Possi」も、社内公募から始まったアイデアが事業化した。これらの事例では、社員が「自分の好き」を業務に結びつけることで、個人の成長と企業のイノベーションが両立している。

■グローバル企業が仕掛ける「passion project」支援

 日本企業が「夢応援」を個別事例として進める一方、海外ではより制度化・大規模化が進んでいる。
 たとえば会計系グローバルコンサルティングファームのEY=Ernst & Young(アーネストアンドヤング)はオリンピック・パラリンピックアスリート専用キャリアプログラムを持つ。スポーツで培った規律やリーダーシップを活かしつつ、柔軟勤務で競技継続を支援。あるパラリンピック選手社員は「ビジネススキルと競技力が相互に高め合っている」と語る一方、職場では、多様なバックグラウンドを持つ社員の存在がチームのレジリエンスを強化し、さらにクライアントへの提案力向上につながっているという。
 また同じく会計系グローバルコンサルティングファームDeloitte(デロイト)では、現役オリンピアン・パラリンピアンを雇用する「Team Deloitte(チーム・デロイト)」を制度化。また同じく会計系グローバルコンサルティングファームのPwC(プライスウォーターハウスクーパース)は、Elite Athlete Employment Program(エリート・アスリート・エンプロイメント・プログラム)で、トップアスリートの二重キャリアを後押ししている。
 アート分野ではアメリカの衛生陶器メーカー、Kohler(コーラー)のアート・インダストリー・プログラムが秀逸だ。社員(職人)とアーティストをマッチングし、工場内の陶芸・金属加工設備を滞在制作に開放。作品は企業コレクションや展示会で活用され、アーティスト本人は「工業技術と芸術が融合する新しい表現が生まれた」と創作意欲を爆発させているという。一方職場では、職人とアーティストのコラボが技術革新を促し、製品デザインのクオリティが飛躍的に向上したという。
 またアメリカの衛星データ企業、Planet.Labs(プラネットラボ)では、応募アーティストに自社衛星データを無償提供するArtist in Residence Program(アーティスト・イン・レジデンス・プログラム)がある。会社がアーティストに環境・社会課題をテーマにした作品制作を依頼し、アーティストは基本3ヵ月で「データという素材で地球の姿を描く」体験を得る。異質とも言える組み合わせだが、社内のデータサイエンティストたちも「アート視点による新しいデータ活用法」を学び、イノベーションが生まれているという。

 欧米テック企業ではsabbatical(長期有給休暇)が標準化している。日本に比べ休暇が長いことで知られる欧米企業であるが、たとえばフォトショップなどのデザイナー向けツールやPDFツールで知られるAdobe(アドビ)やアウトドア用品メーカーのPatagonia(パタゴニア)では、5年勤務で4~6週間、または数ヵ月の休暇を取得可能となっている。社員は旅行、スキル習得、あるいはpassion project(個人的プロジェクト)に没頭し、復帰後に「新鮮な視点」を持ち帰ることもある。
 パタゴニアでは環境活動家気質の社員が多く、休暇中のアクティビズムが企業のサステナビリティ戦略に還元されるケースも多い。
 これらの事例は「仕事vs夢」の二元論を崩し、情熱をモチベーションの源泉とする点で共通しているが、日本企業より法的な柔軟性(休暇制度の充実など)を活かした大胆さが特徴だ。

■「リ好きリング」のポイント、公平性の確保、成果測定、過度な依存防止

 リ好きリングの最大の価値は、人材不足時代に「個人の情熱」を企業の競争力に変換できる点にある。
 モスバーガーの事例のように、夢を応援することで社員のエンゲージメントが高まり、口コミ採用やブランドイメージ向上につながる。アートやアスリート分野でも、才能の業務化はイノベーションを生み、社会的価値を高める。海外事例が示すように、sabbaticalやpassion project支援は創造性回復と燃え尽き防止に効果的だ。
 もちろん課題もある。公平性の確保、成果測定、過度な依存防止などだ。しかし、Z世代を中心に「自分らしさ」を重視する価値観が主流化する中、リ好きリングは単なる人事施策を超え、企業文化そのものを変革する鍵となっているようだ。

参考
●モスフードサービス公式「MOS RECORDS」プロジェクト ●日経MJ「リスキリングより『リ好きリング』」●パソナグループ・アーティスト社員制度 ● SHIFT「Challenged Art」公募展 ●メンバーズ「アートプロジェクト」● EY・Deloitte Athlete Program● Kohler Arts/Industry ● PlanetLab「Artist in Residence Program」●サニーサイドアップ「32 の制度」 ●ソニー社内公募制度(VISION-S など) ●矢野経済研究所オタク市場調査 ほか

ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム

TOP

JOIN US! 私たちの想いに共感し、一緒に働いてくれる仲間を募集しています!

CONTACT お問い合わせ

TOP