「涼しさ」を売る時代へ!?熱中症対策が生む“暑熱適応”市場
残暑が続いている。40℃という気温も珍しくなくなりつつある。これからも毎年日本列島は記録的な暑さに見舞われるだろう。
だが企業の現場で起きている変化は、「今年も暑い」という感想の次元にとどまっていない。商魂たくましいビジネスパーソンがこの酷暑を新たなビジネスチャンスと捉え、さまざまな商品・サービスを生み出している。キーワードは「熱中症対策」だ。
いまやスポーツドリンクと冷却グッズの季節商戦から、食事、衣服、働き方、店舗、住宅までを巻き込む「暑熱適応市場」へと膨らみ始めているのである。

目次
■死傷者1,803人―「我慢」が通じなくなった夏
2025年夏の平均気温は、統計開始以来の最高を記録した。職場での熱中症による死傷者は1,803人。前年比43%増である。
ところが同じ年、死亡者は31人から19人へ減っている。2025年6月1日施行の改正労働安全衛生規則により、報告体制と救護手順の整備が事業者の義務となった。厚生労働省は、この義務化が重篤化の防止に一定の効果を上げた可能性を指摘している。
被害は増え、死者は減る。この数字が示すのは、暑さが厳しくなったという事実以上に、企業が「暑さを前提に事業を組み替え始めた」という事実である。以下、7つの現場を追ってみたい。
●トレンド1―「補給食」から普通の食事へ
象徴的なのが「マルコメ」のアイスコーヒーならぬ「アイスみーそー」だ。氷を入れたタンブラーにみそ汁を注ぎ、具材ごとストローで飲む。水分と塩分に加え、たんぱく質や鉄分まで一度に摂る「夏の食習慣」として提案されている。
厳密にいえば、現時点で全国流通する缶・ボトル商品ではない。2026年8月24~30日、東京・丸の内で開いた期間限定カフェを中心とする飲用提案である。それでも、冬のイメージが染みついた既存商品を夏市場へ持ち出した例として示唆に富む。
ラーメン業界も同じ方向へ動いている。「ずんどう屋」はレモン、キムチ、鬼おろしを合わせた冷やしラーメンを、9月下旬まで販売する。狙いはスープを冷やすことではない。酸味、辛味、喉越し、見た目の清涼感によって「落ちた食欲を戻す」ことにある。
夏の食品に求められる価値は、いまや4層になった。その1:水分と塩分を補う。その2:食欲低下を防ぐ。その3:不足しがちな栄養を補う。その4:冷たい食感で心理的に涼しくする、である。健康食品の専用売場ではなく、日常の食事全体が暑さ対策市場になったと見るべきだろう。
●トレンド2―夏商戦が5月から9月末まで延びた
冷やし麺は、かつて梅雨明けからお盆までの商品だった。それが5月から9月末までの商品に変わりつつある。
日本気象協会は2026年について、梅雨入り・梅雨明けが早まり、夏商材の需要が4月中に立ち上がる地域が多いと予測した。POSデータを分析する「KSP」も、夏型商品の需要に「早期化」と「長期化」が同時に起きていると報告している。「ウェザーニューズ」は9月に入っても猛暑日が出る可能性を挙げ、アイス、冷やし麺、炭酸飲料、ハンディファン、制汗剤などの販売期間が延びるとした。
「お盆を過ぎたら秋物へ全面転換」、という売場の常識はすでに崩れている。これは一過性の猛暑対応ではない。MD(商品計画)の構造そのものが変わったのである。
●トレンド3―ファン付きウェアが作業服を脱ぐ
もっとも目に見える変化は、ファン付きウェアの一般消費財化だ。
「ワークマン」では、10年前に35対65だった夏物・冬物の売上比率が、現在は60対40へ逆転した。女性用ファンベストや半導体(ペルチェ素子)を使った冷房服を、一般客向けの重点商品に据えている。

従来品の弱点は明快だった。膨らんで見える。色が作業服的である。サイズが男性基準である。そこを一つずつ潰し、ウエストを絞れる形、ロング丈やクロップド丈、ベージュやグレーの日常色、UV対策の兼用、女性専用と子ども用、さらにスポーツ観戦や犬の散歩、フェス向けへと広げた。
これは作業用品の女性版ではない。猛暑対応機能を備えた新しい夏服カテゴリーの誕生と見るべきだろう。冷却の手段自体も、送風だけでなくペルチェ素子、水冷、遮熱素材、冷却プレートを組み合わせる多層構造へ進んでいる。気温35~45℃を前提にした設計思想である。

●トレンド4―2026年の新語は「プレクーリング」
2026年3月18日、厚生労働省は「職場における熱中症防止のためのガイドライン」を公表した。ここで明記されたのがプレクーリング、すなわち作業前に深部体温を下げておくという発想である。
具体的には、冷却ベストなどで体表面から冷やす。冷水や「アイススラリー(シャーベット状の飲料)」を飲んで体内から冷やす。休憩時間にも再冷却する。あわせて、暑熱順化(しょねつじゅんか)には原則7日以上をかけることが示された。暑熱順化は体が暑さに慣れて、熱中症になりにくい状態へ変化することをいうが、まだ馴染みの薄い言葉かもしれない。それほど熱中症対策が急激にトレンドになってきている証左とも言える。ほかには業務の早朝への振替、作業時間の短縮、作業中止基準の設定なども示された。
いまや夏の甲子園でも気温がピークになる昼には試合を行わないし、試合途中の5回に8分のクーリングタイムを実施しているほか、理学療法士の指導のもと、体温を下げる効果があるアイススラリーやスポーツドリンクの摂取、手のひら・頸部の冷却を実施しているのだ。
暑さ対策は先手必勝だ。「暑くなってから冷やす」から「暑くなる前に冷やしておく」へがトレンド。商品開発とサービス設計の軸が、1つ手前の工程に移動したことになる。東京都が小規模企業者向けに20万円を定額補助する奨励金を設けるなど、公的な後押しも増えている。
●トレンド5―「現場が暑い」から「誰が危険か」へ
WBGTという指数がある。これは、熱中症を防ぐために、気温と湿度、輻射熱を測り、独自計算式で「暑さの度合
い」を数値化したもので、専用WBGT計測器も販売されており、もはや建設現場や工場などの現場では必須アイテムとなっている。
しかも万全な対策を打とうとすれば、1台置くだけでは足りない。同じ環境にいても、年齢、作業強度、睡眠、持病、暑さへの慣れによって危険度が違うからだ。
「NTTPCコミュニケーションズ」の「みまもりがじゅ丸」は、脈拍と位置情報を把握し、本人と管理者の双方へ通知する。転倒検知やSOS機能を備え、単独作業者の見守りにも使われている。「アイフォーカス」は「NTT REC’s」と組み、発症前に現れるバイタルの変化を捉えるウェアラブルウォッチを2026年5月に発売した。
ここで売られているのは端末ではない。センサー+通信+管理画面+緊急連絡+記録保存をひとまとめにした、月額型の安全管理サービスである。「現場が暑い」ではなく「誰が危険か」を管理する——この転換が、市場の性格を機器販売からサブスクリプションへ変えつつある。
●トレンド6―店舗が「避暑インフラ」になる
いま首都圏では、JR東日本が避暑旅というキャッチフレーズで、東北や信州などの避暑地への列車旅を促すキャンペーンを展開中だ。涼しげな高原や湖のポスターには心惹かれるが、そうそう旅行に行くことはできないという人に人気となっているのが、クーリングシェルター。その名の通り、暑さから逃れるシェルターのことで、各自治体が指定している。2026年8月5日時点で1,259市区町村。独自の「涼みどころ」を含めると1,410市区町村に達している。
指定先は公民館や図書館などの公共施設が多いが、商業施設、スーパー、ドラッグストア、郵便局へ広がっている。調剤薬局大手の「クオール」は、全国310店舗をクーリングシェルターとして開放している。
店舗にとって、これは社会貢献の話にとどまらない。「休める」「水分が買える」「相談できる」という接点は、そのまま新しい来店理由になる。涼しさの提供が、地域貢献と集客とブランドを同時に満たす装置になったのである。

●トレンド7―グッズ配布から「経営責任」へ
2025年6月以降、WBGT28℃以上または気温31℃以上の環境で、連続1時間以上または1日4時間を超える作業を行う事業者には、次の対応が義務づけられている。熱中症の疑いを報告できる体制の整備。作業離脱、身体冷却、医療機関受診などの実施手順の作成。そして、その体制と手順の関係者への周知である。
もはや塩飴とファン付きベストを配って終わり、では要件を満たさない。工程変更、休憩設計、責任者の指名、連絡経路、救急対応まで含めた「熱中症マネジメント」が求められる。熱中症対策は、総務部門の備品購入から、安全衛生管理と工程管理の中身へと移った。経営責任の領域に入ったということである。
■企業・組織が学ぶべき3つの視点
第一に、市場は「専用品」から「日常」へ広がる。みそ汁も、ラーメンも、通勤着も、暑熱対策商品になりうる。自社の既存商品を夏の文脈に置き直せないか——問うべきはここだ。
第二に、対策は「全員一律」から「個別」へ動く。誰が危険かを特定できる仕組みが価値を持つ。裏を返せば、一律配布型の商品は差別化を失っていく。
第三に、判断の主体が「本人」から「仕組み」へ移る。高齢者宅の室温通知、家族への自動連絡、エアコンの自動起動。本人が正しく判断することを前提としない介入型サービスが、今後の伸びしろになる。
ただし、注意も必要だ。冷やしラーメンもアイスみーそーも、それ自体で熱中症を防げるわけではない。基本は涼しい環境、適切な水分補給、休憩、作業中止の組み合わせであり、高血圧や腎疾患のある人の塩分補給には配慮がいる。
熱中症対策は、もはや夏季限定の小さな市場ではない。「暑さの中でも、食べ、働き、移動し、眠ることを可能にする産業」へ変わり始めている。さてあなたの職場は、この夏を「耐えた」のか、それとも「設計した」のか。
参考
●気象庁「日本の年平均気温」●厚生労働省「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」●厚生労働省「職場における熱中症防止のためのガイドライン」(2026 年3 月)●マルコメ公式ニュースリリース ●ずんどう屋 2026 年夏メニュー(PR TIMES)●ワークマン 猛暑対策新製品発表会 ●日本気象協会「2026 年夏の天気予報(企業向け)」● KSP-SP「夏型商品の需要早期化・長期化」● NTTPC コミュニケーションズ「みまもりがじゅ丸」 ●アイフォーカス/ NTT REC’s ●環境省「クーリングシェルター」●クオール公式 ほか
ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム