「想定外」が連鎖する時代に問われる経営力 いま必要な「動的経営」=ダイナミックケイパビリティとは
誰も止められない。誰も予測できない。誰も責任を取れない─。
コロナ禍が収束する間もなく、世界はまた別の「想定外」に見舞われた。米国の関税政策の激変。イスラエルとガザの戦闘が長期化し、イランをも巻き込んだ衝突へと拡大。ホルムズ海峡の封鎖リスクが石油・天然ガスの供給を揺さぶり、エネルギー市場が再び不安定化した。
企業経営にとって「想定外」はもはや例外ではなくなっている。それが「ニューノーマル」なのだ。
こうした不確実性の時代に企業が身につけるべき経営能力として、改めて注目されているのが「ダイナミックケイパビリティ(Dynamic Capability)」である。日本語に訳せば「動的経営能力」、あるいはより端的に「動的経営」。変化を感知し、資源を組み替え、自己を変容させる―その一連の能力を指す。

目次
■「想定外」はなぜ連鎖するのか
2020年。ダイヤモンド・プリンセス号が横浜に停泊していたとき、その後に自分たちの生活がここまで変わるとは誰も思わなかっただろう。国内外の移動は止まり、学校は休校となり、会社には出勤できなくなった。サービス業の売上はある業種で8割、9割が蒸発した。
だがそれが終わっても「想定外」は終わらなかった。
トランプ政権の復活とともに、米国は主要貿易相手国に対して異例の高関税を次々と課した。日本には一律10%に加え、独自の上乗せ関税15%、合計25%の関税率が適用されると発表されている。互恵的な通商ルールへの信頼が揺らぎ、グローバルサプライチェーンは再編を迫られた。部品調達のルートを変えた企業が続出し、「脱中国」「チャイナプラスワン」という言葉が経営会議に上るようになった。
同じ頃、中東では新たな戦火が広がった。イスラエルとガザの戦闘は長期化し、ヒズボラとの衝突を経てイランとの直接的な緊張へと発展した。ホルムズ海峡は世界の石油・天然ガスの約20%が通過するチョークポイントだ。封鎖リスクが浮上するたびに原油先物が跳ね上がり、エネルギーコストは安定を取り戻せないままでいる。
日本は元来、地震、津波、台風、火山噴火、豪雪と、世界有数の災害リスク国だ。そこに経済リスク、地政学リスクが幾重にも重なってきた。リーマンショック(2008年)、東日本大震災(2011年)、コロナ禍(2020年〜)、そして関税戦争とエネルギー危機(2025年〜)。これだけ見ても、「想定外」は10年に一度どころか、間隔を縮めながら連打されていることがわかる。
2020年版「ものづくり白書」の中に「政策不確実性指数」というデータがある。これによると不確実性は2008年頃からすでに上昇基調に入っており、コロナ禍で一気に高まったのではなく、構造的に高まり続けていたことを示している。「いつ何が起きるかわからない状態が常態化している」のが現代のビジネス環境なのだ。
■日本の航空会社が見せた想定外のダイナミックな対応
一気に高まった「政策不確実性指数」の象徴が全世界の経済活動を止めたコロナパンデミックだ。このパンデミックでは各国がさまざまな施策をとり、企業においてはダイナミックな対応が展開された。
たとえば日本の大手航空会社では、遊覧飛行や機内結婚式など新たな企画を打ち出す一方、旅客機を早めに引退させたり、多くの社員を様々な企業に出向させるなどして、雇用を守り続けた。その出向先も大手家電量販店やスーパー、カーディーラー、市役所や県庁、コールセンター、建設コンサルタント、通販会社など多種多様だ。
多種多様な別会社への出向を可能としているのは、受け入れ企業から受け入れるに値する人材力が備わっていると判断されたからだ。出向となった社員の多くがCAと呼ばれる客室乗務員や受付から搭乗までの手続きサポートを行うグランドスタッフと呼ばれる地上職が中心である。
彼女、彼らたちは常に笑顔を絶やさず、障がいのある人や幼児、高齢者などに丁寧に対応する。外国人への対応も多いため、英語は一定レベル以上を話し、英語以外のマルチリンガルで対応するスタッフも少なくない。またVIPと呼ばれる政府の要人、あるいは大企業のトップなどの接遇も身についている。その仕事ぶりは、飛行機で旅をした経験のある人ならおおよそ認識できるはずだ。つまり彼女、彼らのスキルやノウハウが多くの人に可視化される形で提供されており、他方、受け入れている企業がそのスキルやノウハウを十分把握できたから可能だったとも言える。

こうした社員の別会社への大量出向という経営策は日本ならではと言える。コロナ禍のアメリカでは大手航空会社の社員が大量に解雇された、あるいは解雇されなくとも無給休暇を余儀なくされている。これは日本の雇用形態の中心が終身雇用であり、また職務に人を付かせるジョブ型雇用ではなく、人の能力に応じて仕事や職務を付かせるメンバーシップ型雇用であることが大きいといわれる。
もちろん航空会社の業務はその内容に応じてさまざまな資格を必要とされ、近年は明確に採用枠によって業務内容が分かれるようになっている。それでも常にチームとしての意識を保ちながら連携し、時に相手の足りないところや過剰なところを柔軟にカバーするのが日本の航空会社の特徴となっている。
■経理担当者を製造現場に振り分ける富士通ITプロダクツ
こうした意識はモノづくりの現場ではとくに顕著で、全体工程に遅れが出たり、滞ると別の前工程や後工程の人や、あるいは他の製造部門の人がカバーに入ったりする。これは特定の企業ではなく日本特有の企業文化として定着している。同じメーカーでも海外の生産現場ではこうした文化はなかなか根付かず苦労しているケースが多い。
日本のメーカーは、緊急事態が起こった場合、管理部門やバックオフィス業務部門が生産現場の作業につくこともある。
たとえば、富士通のコンピュータ製造会社、石川県にある富士通ITプロダクツのかほく工場。ここでは、事業向けの大型サーバやメインフレームと呼ばれる大型コンピュータなどを製造するほか、スーパーコンピュータ「京」や「富岳」の製造も行っている。スーパーコンピュータの製造は、需要予測から製造を決定するのではなく、その時の予算などで決まる要素もあるため、そのための人材を確保することが難しい。またメインフレーム需要は、大型の受注が続く場合は、生産現場が一気に逼迫しやすい。
同社では、スーパーコンピュータが受注された場合など、急激な需要に応えるために、独自の人材育成と配置をしている。スーパーコンピュータの製造が始まると、たとえば日頃は総務で会計などを担当しているバック部門の社員が、現場でスーパーコンピュータの製造ラインにつくようになっているのだ。
現在日本の製造現場では1人の人間が複数の工程をこなす多能工化が進んでいるが、同社の場合は、職域を超えた多能工化が進んでいる。そのため現場のオペレータ部門、スタッフ部門という壁をなくし処遇も同じにしている。現場のオペレータは会計や財務もできるし、逆も可能としている。スーパーコンピュータの受注が決まった場合は、現場のリーダーが間接部門の社員に対して技能教育を行う。一旦職務を離れた社員が、教育・研修を受けたからといってすぐ組み立て工程などに入れるわけではないが、メインの作業者のサポートは十分行える。
■「ちょうちん経営」─老舗の知恵にみるダイナミックな対応
こうした柔軟性は、日本企業ならではの特長だと言える。320年の歴史を持つ京都の「聖護院八ツ橋本店」では、代々「ちょうちん経営」という考え方が受け継がれてきた。
「いいときには贅沢しておく。そうすれば、いざというときに縮むことができる」。先代が語ったこの言葉は、単なる家訓ではない。好況期に取引先を豪華に接待し関係を深めておけば、不況期に無理をきいてもらいやすい。また、経費をある程度「削れる余地」として残しておくことで、危機時の機動力が生まれる。
日本は世界有数の長寿企業大国として知られ、その数は圧倒的だ。200年以上の歴史を持つ企業が900社以上、300年以上が400社以上ある。つまりこれらの企業は明治維新、関東大震災、第二次世界大戦という激変をダイナミックな対応力で生き延びてきたのだ。
しかしながら、こうした長年の叡智をもってしても、「想定外」の連打が続く、この数年の世界情勢には十分な対応ができなくなっているのが現状なのだ。
■「平時の経営力=オーディナリーケイパビリティ」では経営を維持できない
カリフォルニア大学バークレー校のデービッド・ティース教授は、企業が日常的に持つ能力を、「オーディナリーケイパビリティ(Ordinary Capability=通常能力)」と呼んだ。市場が安定しているときに、資源を効率よく使い、利益を最大化する力のことだ。
これはこれで経営に必要な能力である。問題は、市場が激変したとき、あるいは戦争や天変地異によってビジネス環境が根底から変わったときに、オーディナリーケイパビリティだけでは対応できなくなることだ。
飛行機が飛ばなくなった航空会社、客が来なくなった飲食店、輸出ルートが断たれたメーカー……。いかに効率的な経営をしていても、その「効率性の対象」が外部から消されてしまえば、経営は成り立たない。
そこでティース教授が提唱したのが「ダイナミックケイパビリティ(Dynamic Capability)」だ。日本語では「動的経営能力」、あるいは単に「動的経営」と言い換えることができる。「動的」とは静止した効率性を求めるのではなく、環境の変化に応じて自らを組み替え、変容させ続ける能力を意味する。オーディナリーケイパビリティが「今の自分を最大限に活かす力」だとすれば、ダイナミックケイパビリティは「変化に応じて自分そのものを変える力」と言えるだろう。
■動的経営の3つの核心
ティース教授は、ダイナミックケイパビリティを機能させるために経営者が持つべき3つの能力を示している。それが①センシング(Sensing)、②シージング(Seizing)、③トランスフォーミング(Transforming)である。
センシングとは、日本語で「感知」を意味する。競争環境を把握し、変化・機会・脅威を早期に感知する能力のことだ。地震のP波(縦波)を感じ取って次のS波(横波)のインパクトに備えるように、先行指標を読む力と言い換えてもいい。現場で起きている「予兆」をいかに早くキャッチできるかが、この能力の核心だ。
シージングとは、捕捉のことである。感知した機会を捕捉し、脅威をかわすように、既存の事業・資源・知識を大胆に組み替える能力だ。手持ちの資産が「別の文脈でどう使えるか」を見抜く想像力が問われる。
3つ目のトランスフォーミングは日本語の変容を意味する。持続的な競争優位を維持するために、企業内外の資産・知識をオーケストレーションし、新たなエコシステムを形成する能力である。指揮者が個々の楽器の特性を熟知した上で全体を調和させるように、経営者は「何が強みで何が組み替え可能か」を把握していなければならない。

■トヨタの「マルチパスウェイ」戦略動的経営の現在形
ティース教授が説くまでもなく、日本企業において動的経営はさまざまな試練の中でビルドインされてきたが、この数年さらに磨きをかけている。
たとえばトヨタである。「EV一本化」が世界の趨勢とされていた時代、トヨタはあえてその流れに乗らなかった。批判を受けながらも打ち出したのが「マルチパスウェイ」戦略だ。HV(ハイブリッド)、EV、PHEV(プラグインハイブリッド)、FCV(燃料電池車)を並行して開発・販売する「全方位戦略」である。
この判断は今、改めて評価されている。2025年12月、EUは2035年の内燃機関禁止方針を事実上撤回した。地政学リスクの高まり、エネルギー価格の変動、各国の規制の違い、消費者ニーズの多様性という複雑な環境の中で、「単一解に頼らない」ことの意味が明確になってきた。
生産体制でも同様だ。トヨタはグローバルな生産拠点を活用し、地域ごとの市場ニーズや規制に合わせた生産体制を整えている。米国ケンタッキー州でEVを生産し、ノースカロライナ州に電池工場を建設するなど、関税リスクへの備えを生産配置の組み替えによって進めている。サプライチェーンの多様化によって「特定の地域に依存しない構造」を作ることが、これからの競争優位の基盤になるという考え方だ。
「HVで収益を確保しながらEV技術を磨く」というトヨタの動きは、センシング(環境の変化を感知しながら手をつけておく)とシージング(機会が来たときに一気に展開できる手札を持つ)を同時に実行しているという点で、ダイナミックケイパビリティの実践例として読むことができる。
■パナソニックの「黒字リストラ」が示すもの
他にもある。
2025年5月、パナソニックホールディングスは国内外合計1万人の人員削減を発表した。2024年度の営業利益は4265億円と黒字であるにもかかわらず、だ。
社長の楠見雄規氏はこう語った。「今ここで基盤を変えなければ将来がない」。リストラの対象は家電事業や本社本部など収益構造を圧迫していた間接部門で、構造改革費用として約1300億円を投じ、2026年3月までに1500億円以上の収益改善を目指す。
これが意味するのは、「平時の指標で見えている問題」に対処しているのではなく、「次の有事が来たときに生き残れるか」という問いに今動いているということだ。東京商工リサーチの調査では、2024年に早期・希望退職を募集した上場企業の約6割が直近通期で黒字だった。経営環境の不透明さが増す中で、将来を見据えた構造改革に着手する企業が増えているのだ。

ただし、この「黒字リストラ」を動的経営力の観点から評価するとき、1つ問いが生まれる。コスト削減によって「余力を生む」ことは必要条件だが、その余力を「どう組み替え、どう展開するか」というシージングとトランスフォーミングのビジョンが伴わなければ、単なる「コダック型コスト削減」の繰り返しになりかねないことだ。事業ポートフォリオの再設計と並行して進めることが問われている。
■日産・ホンダ統合破談が教えるシージングの難しさ
2024年末、ホンダと日産自動車が経営統合に向けた基本合意書を締結した。世界第3位の自動車グループが誕生するかに見えたが、2025年2月、両社は合意書を解約した。
背景にあったのは、EVシフトへの対応、中国BYDや米テスラとの競争激化、そしてトランプ関税によるコスト構造の変化だ。日産の業績不振が引き金ではあったが、より本質的には「どちらが主導権を持つか」という経営統合後の戦略ビジョンをすり合わせることができなかった。
この破談は、シージング(機会の捕捉)がいかに難しいかを示している。環境の変化を感知し(センシング)、「統合が必要だ」と判断したところまでは両社とも正しかったかもしれない。しかし、捕捉した機会を実際の価値に変えるためには(トランスフォーミング)、それぞれの組織の文化・資産・強みを深く理解し、統合後の「組み替え方」を具体的に設計しなければならない。その設計力が追いつかなかったのが、今回の失敗の核心だと言える。
一方でホンダは、トヨタと同様に電動化・知能化への対応を進めながら、2040年の新車完全EV化を掲げている。単独での変革路線を進むことになった今、自社の資源をどう組み替えるか、すなわちトランスフォーミングするかが問われている。
■富士フィルムとコダックの明暗を分けたもの
動的経営力を語るとき、この2社の比較は避けて通れないだろう。
フィルム市場は2002年にデジタルカメラの販売台数に逆転され、以降急速に縮小した。富士フィルムの売上は2000年をピークに毎年200億円以上が蒸発し、10年で約2500億円が消えた。
社長に就任した古森重隆氏は「第二の創業」と呼ぶ改革を断行した。医薬品、再生医療、化粧品、産業機器、ディスプレイ材料へと次々と進出し、富士ゼロックスを完全子会社化してドキュメントソリューション事業を拡充した。基礎化粧品ブランド「アスタリフト」は発売4年で100億円を超えた。
化粧品への参入の根拠は明確だった。フィルムの素材にはコラーゲンが含まれており、同社はコラーゲンの薄膜を制御するナノ技術を持っていた。「手持ちの資産」を別の分野に組み替えた典型例だ。コロナ禍で話題になったアビガンも、富士フィルム子会社の製薬会社が製造していた。
一方のコダックはどうだったか。既存事業のコスト削減を徹底し、特許を売却・ライセンス化し、積極的に特許訴訟を起こして8億ドル超の収入を得た。しかしその結果として2012年に会社更生法を申請した。
興味深いのは、コダックもコラーゲンが化粧品に応用できることを知っていたという事実だ。さらに1975年にはデジタルカメラのコア技術を開発していた。しかしそれを製品化しなかった。圧倒的な収益を誇るフィルム事業の「自己侵食=カニバライゼーション」を恐れたからだ。手持ちの資産をどう使うか。その「選択の想像力」が2社の明暗を分けた。
■日本企業が本来持つ「動的経営」の素地
ダイナミックケイパビリティの研究者で、ティース教授に師事した慶應義塾大学の菊澤研宗教授は、日本企業は想定外の事態に団結して対処する動的経営力をもともと有しているという。その根拠として菊澤教授が挙げるのが日本企業の「組織の曖昧さ」だ。
日本企業の特徴は、職務権限が明確に規定されず、数年ごとに配置転換が行われ、前述のとおり、社内教育を通じて多能工やゼネラリストとして育成されることにある。確かにこの仕組みはオーディナリーケイパビリティ(通常能力)を弱める面がある。職務の帰属が曖昧なため、責任の所在が見えにくくなるからだ。しかし逆に言えば、職務権限体系が曖昧であるがゆえに、組織変革のコストが小さく、新しいシステムや技術を導入しやすい。「もともと職務の壁が低いため、知の探索が柔軟に起こる」というのが菊澤教授の見立てだ。
バブル崩壊後、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の神話が崩れ、日本企業はアメリカ型経営を競って取り入れた。しかし菊澤教授によれば、「日本的経営は完全に絶滅することはなかった。輪郭が定かでないほど『底』に潜ってしまったが、消えたわけではない」という。危機の時代にこそ、この日本型経営の粘り強さが浮上してくる。
■PDCAよりOODA─変化の時代に合ったフレーム
経営の現場でよく使われるPDCA(計画・実行・評価・改善)は、安定した環境を前提にしている。計画に時間をかければかけるほど、実行・修正までのタイムラグが広がり、変化への対応が遅れる。

変わって注目されているのがOODA(Observe=観察、Orient=方向付け、Decide=決断、Act=行動)ループだ。まず「観察」から入り、変化を捉えた上で判断・行動するため、不確実な環境でのズレが少ない。センシング(感知)から入るSSTサイクルも同様に「まず観察・感知」を起点とする点で時代に合っている。

富士フィルムの古森氏がフィルム市場の崩壊を前にして正しい方向性を選べたのは、自社の資産と可能性を「感知」し「捕捉」していたからだ。トヨタがマルチパスウェイを選んだのも、EV一辺倒への疑問を「感知」し、複数の手札を持つという「捕捉」を先行実行したからだ。
■「想定外」への備えを動的経営で組み込む
関税戦争とエネルギー危機が同時進行する現在、改めて問われているのは「自社のオーディナリーケイパビリティが何であるか」を経営者が正確に把握した上で、「それをどう組み替えられるか」という想像力だ。
世界4大戦略コンサルティングファームの1つEYパルテノン(EY-Parthenon)の調査「Geostrategy in Practice Survey 2025」によると、グローバル企業の経営幹部の74%が、過去24カ月間に自社のサプライチェーンが政治リスクの影響を受けたと回答、うち63%が「不利に作用した」と答えている。同じく世界的コンサルティングファームのPwCは「企業の地政学リスク対応実態調査2025」で、トランプ政権の関税政策により約60%の企業がすでに影響を受けているか今後影響が出る可能性があると答えた。経営環境の激変はもはや「一部の企業の話」ではない。
菊澤教授は「環境が不確実な状況では、どれが利益を最大化する選択肢かは判断できない」と言う。25%の確率で4000万円、50%の確率で2000万円、確実に1000万円―3つとも期待利益は等しい。どれが「正解」かは個人の選好と環境の読み方による。だからこそ重要となるのは、複数の手札を持ち、状況に応じて使える柔軟性なのだ。
■ダイナミックケイパビリティ=動的経営力は一朝一夕には手に入らない
ダイナミックケイパビリティ=動的経営力は、言葉にすると明快だが、身に付けるには時間がかかる。なぜなら、それは企業が歩んできた歴史そのものに宿るものだからだ。今日から「動的経営」を始めるとすれば、まず自社の手持ち資産を棚卸しし、それが別の文脈でどう使えるかを想像してみることから始まる。コダックにもその手札はあった。富士フィルムと違ったのは、想像力を行動に変えたかどうかだった。
パナソニックは黒字のうちに構造改革に着手した。トヨタは批判を受けながらもマルチパスウェイを貫いた。日産・ホンダは機会を感知しながら、捕捉の設計に失敗した。いずれも「動的経営」の実践例であり、教訓だ。「想定外」の連鎖は、これからも続く。ならばこそ、自社の動的経営能力を問い直す好機でもある。
参考
【書籍】●『成功する日本企業には「共通の本質」がある ダイナミック・ケイパビリティの経営学』菊澤研宗〈朝日新聞出版〉 ●『ものづくり白書 2020 年版』経済産業省・厚生労働省・文部科学省
【資料】● EY-Partheno「Geostrategy in Practice Survey 2025」● PwC Japan「企業の地政学リスク対応実態調査2025」
【WEB】●富士フィルム公式サイト ●富士通IT プロダクツ公式サイト ●トヨタ自動車公式サイト ●パナソニックホールディングス公式サイト ●各種報道資料 ほか
POINT
■「想定外」の連鎖はニューノーマル。関税戦争・中東情勢・エネルギー危機が同時進行している
■ダイナミックケイパビリティ=「動的経営」は、環境変化に応じて自己を変革する能力
■「平時の経営能力=オーディナリーケイパビリティ」との両立が求められる
■感知(センシング)→捕捉(シージング)→変容(トランスフォーミング)の3段階を回す
■富士フィルムはフィルム技術を化粧品・医薬品に転用。コダックは手札を使わずに倒産
■トヨタのマルチパスウェイ戦略は「単一解に頼らない」動的経営の実践例
■パナソニックの黒字リストラ。コスト削減だけでなく、資源の組み替えビジョンが伴うかが問われる
■日産・ホンダ統合破談。機会の感知はできても、捕捉の設計力が伴わなければ動的経営は完結しない
■老舗の「ちょうちん経営」も動的経営の知恵。意図的な余裕が有事の機動力になる
■日本企業は「組織の曖昧さ」ゆえに、もともと動的経営の素地を持っている
■変化が大きい時代にはPDCAよりOODA。感知・観察から入るフレームが機能する
■目的が変われば、効率・生産性の測り方も変わる
ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム