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マーケティングの基礎 その1「なぜ売れないのか」の答えは、たいてい商品の外にある

 「マーケティング」という言葉は、ともすると「広告を打つこと」や「SNSを使うこと」と、混同されがちだ。しかしそれは手段の一部に過ぎない。
 マーケティングは、日本語に訳すと「市場化」である。つまり市場をつくっていくことになる。市場化というと話が大きくなるが、これを1企業の視点に落とすと、売れる商品をつくり、その売上を伸ばし、事業を拡大していくことになる。だが言うは易し、である。いまの時代、品質が良く、機能性が高くて、デザインも価格もリーズナブルという商品を作ってもヒットするとは限らない。ならばと、営業を強化し、広告を打ち、SNSでバズらせようと映像をインスタに上げても、売上が上がっていくとは限らない。人手と時間とおカネという経営資源がただただ浪費されて終わることも珍しくない。何故大切な経営資源が浪費されて終わってしまうのか。それは“市場化”の打ち手が間違っていたからだ。

■300年前から変わらない商売の本質

 江戸時代の元禄期、紀伊国屋文左衛門という商人がいた。20代にして巨万の富を築いた人物だが、その行動には現代マーケティングの本質が凝縮されている。
 ある年、文左衛門の地元・紀州(現在の和歌山県)のみかんが空前の大豊作となった。みかんが余れば値崩れする。しかし文左衛門は焦らなかった。
 彼は知っていた。江戸には「鍛冶屋のふいご祭り」という行事があり、屋根からみかんをばら撒く風習があることを。つまり江戸には確実にみかんを欲しがる人がいる。
 文左衛門はぼろの大船を修復し、嵐の海を越えてみかんを江戸に運び込んだ。みかんは飛ぶように売れ、文左衛門は一財産を築いた。
 この話の核心は「欲しがっている人がどこにいるかを知っていた」という点だ。良いものがあっても、欲しがっている人のいない場所に持っていっても売れない。欲しがっている人のところに届けて、初めてビジネスが成立する。
 マーケティングの原則:「欲しがっている人に、欲しがっているものを、届ける」—この原則は300年経っても変わっていない

■毎年売上が減る漬物メーカーの悩み

 長野県で創業40年の漬物メーカーを営む山田社長は、悩んでいた。
「うちの糠漬けは、県内では一番美味しいと言われている。道の駅でも人気だ。なのになぜ、売上が毎年少しずつ減っているのか」
 品質を疑ったことはない。原材料も製法も変えていない。広告を少し出してみたが、費用対効果がよくわからない。営業担当を増やそうとしたが、どこに売りに行けばいいのかもわからない─。
 山田社長が抱えるこの悩みは、日本中の中小企業が共有する悩みだ。「良いものをつくれば売れる時代」は終わった。良いものをつくっても売れない時代になったのである。

■なぜ「良いものをつくれば売れる」が通じなくなったのか

 この、良いものを作っても売れない時代に、売るための原則を構造化し、体系化したのがマーケティングである。マーケティングはその発祥以来、さまざまな定義づけがなされてきたが、その究極が経営学の巨人ピーター・ドラッカーのものだろう。彼はマーケティングをこう定義した。
「マーケティングの目的は、売る努力を不要にすることだ」
 つまり、売り込まなくても、お客様が自然と買いに来る状態をつくること。これがマーケティングだ。
 山田社長の悩みに当てはめると、「なぜうちの糠漬けが美味しいのか」を、「それを求めている人」に「届くかたちで」伝えること。そしてその人たちが「またここで買いたい」と感じる体験をつくること—この一連の活動全体がマーケティングである。
 第二次世界大戦後から1970年代の高度成長期、日本は「作れば売れる」時代だった。テレビも洗濯機も冷蔵庫も、あれば誰でも欲しかった。企業はとにかく生産能力を上げることに集中すればよかった。
 しかし時代が変わった。今の日本では、たいていのものが「すでにある」。消費者の家には洗濯機も冷蔵庫もあり、糠漬けを食べたければスーパーに行けば十数種類が並んでいる。
 この状況で「良い商品だから売れる」という発想は通用しない。どのメーカーも「良い商品」と信じてつくっているからだ。
 こうした時代に必要なのが「マーケット・イン」の発想だ。「作り手が良いと思うものをつくる(プロダクト・アウト)」ではなく、「買い手が欲しがっているものを探し出して提供する」のである。
 山田社長の糠漬けで考えてみると、「うちの製法は40年の伝統がある」という作り手の誇りはプロダクト・アウトだ。対して「今の消費者は、糠漬けに何を求めているのか。健康?手軽さ?贈り物?どんな人が買っていて、どんな場面で食べているのか」を問うことがマーケット・インだ。

■市場を「3つの目」で見る─3C分析

 マーケット・インの発想で動くためには、まず「市場を知ること」が必要となる。戦略論になぞらえれば、孫子の兵法である。「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」。つまり、相手を熟知していれば、100回戦っても負けることはないというものだ。
 マーケティングにおいて、相手(需要)を知る武器となるのが「3C分析」である。
 3CのCは「Customer(顧客・市場)」「Competitor(競合)」「Company(自社)」の3つだ。この3者を同時に見ることで、自社がどこで何をすべきかが見えてくる。
 難しい概念ではない。要は「お客様は誰か」「ライバルは誰か」「自分たちは何者か」を正直に把握することだ。

■Customer(顧客・市場)─「お客様は誰か」

 山田社長に「お客様は誰ですか」と聞くと、「漬物が好きな人」と答えるかもしれない。しかしこれでは絞り込みが足りない。
 実際に道の駅で誰が買っているかを観察すると、実情が見えてくる。60〜70代の女性が多い。旅行中に「お土産として」買っていく人も多い。近所の常連も一定数いる。一方で30〜40代はほとんど立ち寄らない。
 「漬物が好きな人」という定義から「旅行中の60代女性がお土産として買う商品」という定義に変えると、見えてくるものが変わる。パッケージのデザイン、量の設定、価格帯、置く場所まで変わってくる。
 さらに重要な問いがある。「まだ買っていないが、可能性のある人は誰か」だ。マーケティングの神と称されるアメリカの経営学者、フィリップ・コトラーはこれを「潜在市場」と呼んだ。山田社長の糠漬けを例にすると、健康志向の高まりによって「腸活」「発酵食品」に関心を持つ30〜40代層が潜在市場として浮かび上がる。「まだ買っていない人」を「買う人」に変えることが、市場を広げる鍵だ。

■Competitor(競合)─「ライバルは誰か」

 次に「ライバルは誰か」だ。ここで多くの企業が陥る罠は、競合を「同じ業種の会社」に限定してしまうことだ。
 山田社長が「うちのライバルは同じ漬物メーカーだ」と思っていると、見落としが生じる。実際には、スーパーで売られているキムチ、コンビニの浅漬け、健康食品売り場の乳酸菌サプリも、「腸の健康を保ちたい」という同じ需要を満たしている商品だ。
 「誰が同じ需要を満たしているか」という視点で競合を見ると、対応策がまったく変わる。キムチとの価格競争に参加するのではなく、「40年続く糠床の生きた乳酸菌」という訴求で差別化できるかもしれない。

■Company(自社)─「自分たちは何者か」

 最後に自社分析だ。「自社の強みは何か」という問いは単純に見えて、意外に答えにくい。自社の強みを「自分たちの目線」で語ると、往々にして過大評価になる。
 正しい問い方は「お客様はなぜ他社ではなくうちを選んでいるのか」だ。山田社長の場合、常連客に理由を聞いてみると「ここの糠漬けは酸っぱすぎない」「パッケージが可愛い」「店のお姉さんが詳しく教えてくれる」という答えが返ってくるかもしれない。これらが本当の強みだ。
 3Cを重ね合わせると「お客様が求めていて、競合が提供できておらず、自社が提供できるもの」という交点が見えてくる。この交点こそが、マーケティング戦略の出発点になる。

■世の中の大きな流れを読む─PEST分析

 3Cで「市場・競合・自社」を把握したら、もう1つ大きな視野が必要だ。「世の中全体がどう変わっているか」を見ること—これがPEST分析だ。
 PESTは「Political(政治)」「Economic(経済)」「Social(社会)」「Technological(技術)」の4つの視点で世の中の変化を読む。難しい理論ではなく、「自社ではコントロールできない大きな力」を整理する作業だ。
 山田社長の糠漬けで当てはめると—政治(P)では食品表示法の改正が原材料表示を変えるかもしれない。経済(E)では物価上昇が原材料コストを押し上げている。社会(S)では「腸活」「発酵食品ブーム」が追い風だが、一方で若い世代の漬物離れという逆風もある。技術(T)ではECサイトの普及で、地方の食品が全国に届けられる環境が整った。

 この4つの変化を把握することで、「追い風に乗れるチャンス」と「備えておくべきリスク」が見えてくる。社会(S)の「腸活ブーム」は山田社長にとって大きなチャンスだ。しかし何もしなければ、ブームが来ていても恩恵を受けられない。
 PEST 分析で大切なことは「変化が自社にとって追い風か逆風か」を判断し、追い風には乗り、逆風には備えることだ。
 3C・PEST分析は自社と自社を取り巻く環境を分解する。だがそれだけでは自社製品の“市場化”が始動するわけではない。さらに自社の強みの本質を掘り下げる必要がある。自社の弱みと強みを分析する「SWOT分析」、自社のユニークさを抽出する「VRIO分析」、分析した要素を有機的に結びつけ、最高の結果に導く「7S分析」などを行う必要がある。

■分析を始める前に確認すること

 次回は、この深堀り分析について紹介していくが、その前に1つ重要なことがある。分析は「一度やって終わり」ではないということ。市場も競合も世の中も、毎年変わっている。山田社長が10年前に行った「うちの強みはこれだ」という分析は、今は古くなっているかもしれない。
 セブン・イレブン・ジャパンの創業者、鈴木敏文氏はかつてこう語った。
「プロになるな。ずっと素人でいなさい」。
 プロになった瞬間、自分の経験と常識が「当たり前」になり、市場の変化が見えなくなる。常に「なぜ?」と問い続ける姿勢が、マーケティングの土台なのだ。
 そしてもっとも重要なことは、これらの分析をもとに実行することだ。分析はあくまで「思考の地図」である。地図を持っているだけでは目的地に着かない。地図を見て「どこに行くか」を決め、足を動かさなければ、思考ゲームで終わってしまう。では、どう実行するべきか。そのあたりについても次回、解説していこう。

参考
【書籍】●『はじめて学ぶ マーケティングの本』安田貴志[日本能率協会マネジメントセンター] ●『マーケティングで面白いほど売上が伸びる本』市川晃久[あさ出版] ●『マーケティングの基本とコツ』安原智樹[学研] ●『もっと早く受けてみたかったマーケティングの授業」伊東直哉(著)/内田学(監修)[PHP研究所]●『コトラーのマーケティングコンセプト』大川修二(訳)/恩藏直人(監訳)[東洋経済新報社] ●『コトラーに学ぶマーケティング』白井義男(監修)[イースト・プレス] 
【WEB】●『フルウチ式マーケティング概論』[note.com]ほか

POINT
■マーケティングとは「売る努力を不要にすること」(ドラッカー)。広告を打つことではなく、欲しがっている人が自然と集まる状態をつくること
■「良いものをつくれば売れる(プロダクト・アウト)」から「欲しがっているものを探して届ける(マーケット・イン)」への転換が現代マーケティングの出発点
■3C分析は「お客様は誰か(Customer)」「ライバルは誰か(Competitor)」「自分たちは何者か(Company)」の3つを同時に見ること
■競合は「同業他社」に限定しない。同じ需要を満たしている商品・サービスはすべて競合
■PEST分析は「政治・経済・社会・技術」の4つの視点で世の中の大きな変化を読み、追い風に乗りリスクに備える
■分析は「一度やって終わり」ではない。市場も競合も毎年変わる。継続的に見直すことが重要

ビジネスシンカーとは:日常生活の中で、ふと入ってきて耳や頭から離れなくなった言葉や現象、ずっと抱いてきた疑問などについて、50種以上のメディアに関わってきたライターが、多角的視点で解き明かすビジネスコラム

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