COLUMN ビジネスシンカー

2018.11

AI 時代を生き残るためにへ なぜ世界のビジネスエリートはアートセンスを鍛えるのか

世界の一流企業は、会社のお金で社員をアートスクールに通わせている

 いま世界のエリートは、わざわざ会社のお金を使ってまで「美意識」を鍛えている。2016年11月13日のイギリスのフィナンシャル・タイムズは、減少傾向にあるMBAの出願数に対して、グローバル企業がこぞって幹部候補生をアートスクールや美術系大学へ研修に送り込んでいる実態を伝えている。

 それはヨーロッパでは美学や美術がエリートの主たる教養であるとされてきたことに加え、企業や社会のグローバル化の進展、さらにAIなどテクノロジーの急速な発展に対して、企業やエリート層が最も必要な素養と認識し出しているからだ。

 もともと欧米のエリートと呼ばれる人の条件には、哲学と美術の造詣が深いことが挙がっている。

 欧州のエリート養成機関の大学では、哲学に代表される美意識の育成が重んじられてきた。たとえば現在でもエリート政治家を多く輩出しているイギリスのオックスフォード大学の看板は、いまでも哲学・政治・経済学科だ。

 フランスでも大学入学資格となるバカロレアにおいては、文系理系を問わず最重要科目として哲学が必須の教養として位置づけられている。エリートには大きな権力が与えられるため、哲学を学ぶ機会を与えずにエリート養成することは、権力の私物化や暴走を招きかねず危険であるというのが欧州の根本的な考え方にある。

 日本でも美術史などを学校で学ぶ機会はあるが、それが単科の入試科目となっている例はまずない。それも作家と作品や、その作品の流派や技法などについて問われる程度で、その時代背景やなぜその作品が生まれたか、何を意図しているのかなどが問われことは少ない。

 しかし、美術史、美学をエリートの教養の前提としている欧米では、美術作品は鑑賞するものではなく、読み解くものだと認識されている。

 日本は世界にまれに見る美術館、美術展大国でありながら、それがただ「綺麗」「面白い」といった鑑賞レベルに留まり、美術作品を「読み解く」「読み取る」というところまで至っている人は少ないのだ。

 『世界のビジネスエリートが身につける教養.西洋美術史』の著者で、自ら企業向けの西洋美術史セミナーを開いている木村泰司さんは、美術史の教養がなくて有名な美術品や絵画を鑑賞する行為を「まるでわからない外国映画を字幕なしに見ているのと同じ行為」と断罪する。

 というと「日本にいる限り西洋美術にそう詳しくなくてもいいだろう」という声は挙がってきそうだが、では果たして一般的な日本人が日本美術にどれほど造詣が深いのだろう。おそらく西洋美術より馴染みが薄いのではないだろうか。