COLUMN ビジネスシンカー

2018.11

AI 時代を生き残るためにへ なぜ世界のビジネスエリートはアートセンスを鍛えるのか

世界のエリートが美意識を鍛える3つの理由

 なぜいま美術を観るだけでなく、読み解く力、すなわち美学・美意識が求められるのか。

 電通やボストン・コンサルティング・グループなど内外のグローバル企業で活躍し、美術に造詣が深く『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の著者でもある山口周さんは、その理由についてこう述べている。

 「なぜなら、これまでのような分析、論理、理性に軸足を置いた、いわばサイエンス重視の意思決定では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの刈り取りをすることができないということが、よくわかっているからです」

 山口さんはいくつもの企業人などから話を聞き、まとめた結果として3つの背景を挙げる。すなわち

 1)論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある
 2)世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある
 3)システムの変化にルールの制定が追いつかない状況が発生している

 1)について最も多く指摘されたのが、「論理的・理性的な情報処理スキルの限界」という問題だ。この問題の発生については大きく2つの要因が絡んでいると山口さんは見ている。

 1つ目は、「正解のコモディティー化」だ。

 長いこと分析的で論理的な情報処理のスキルは、ビジネスパーソンにとって必要なものだとされてきた。しかし情報処理技術やスキルが進んで、誰もが正しく、論理的・理性的に情報処理をすることができるようになってしまうと、必然的に差別化が生まれにくくなる。経営の意思決定が過度にサイエンスに振れると必ずこの問題が発生することになる。

 2つ目の要因として挙げているのが「分析的論理的な情報スキルの方法論としての限界」。最近の国際的な会議ではよくVUCAという言葉が聞かれるようになった。VUCAとはVolatility=不安定、 Uncertainty=不確実、Complexity=複雑、Ambiguity=曖昧という今日の世界状況を表す4つの単語の頭文字を組み合わせたもので、もともとは米国陸軍が現在の世界情勢を表現するために用いた造語だ。このVUCAという言葉がいま様々な場所で使われるようになっている。つまり現在のようなVUCAの状況が広がる社会においては、論理的で理性的であろうとすれば、それは経営における問題解決能力や創造性想像力の麻痺をもたらしかねないのだ。

 このことは経営の意思決定における合理性の重要性をはじめて指摘した経営学者のイゴール・アンゾフも指摘している。アンゾフは1965年に表した『企業戦略論』において「合理性を過剰に求めることは、企業の意思決定が停滞状態に陥る」可能性を指摘し、その状態を「分析麻痺」と呼んだ。

 山口さんは「この状態は多くの日本企業において発生している問題でもある」という。この分析麻痺にさせないためには、「全体を直感的に捉える感性と『真・善・美』が感じられる打ち手を創出する構想力や想像力が必要」と訴える。

 2)は、世界経済の発展の動機が、自己実現の欲求によってドライブさせられる時代となったことだ。

 心理学者のアブラハム・マズローは、人間の欲求は最も底辺の生存の欲求から最も上位の自己実現欲求に向かってステップアップするという、いわゆる欲求5段階説を提唱した。それはそのまま経済成長に伴う生活水準の上昇により、商品やサービスに求められる便益も変わってくることを証明している。

 最初は生理的欲求、そして安全で快適な暮らしをしたいという安全欲求を満たし、徐々に集団に属した帰属欲求や他者から認められたい承認欲求へと向かっていき、最終的に自分らしい生き方を実現したい自己実現欲へと進展していく。

 フランスの思想家、ジャン・ボードリヤールは、先進国における消費行動が自己表現のための記号の発信に他ならないということを指摘したが、いまやこの指摘はもはや先進国においてだけではなく多くの発展途上国においても当てはまるようになってきた。

 こうした状況をノーベル経済学賞受賞者のロバート・ウィリアム・フォーゲルは、「世界中に広まった豊かさは、全人口のほんの一握りの人たちのものであった自己実現の地域をほとんどすべての人に広げることを可能にした」と語っている。

 いまや世界経済ははじめて誕生した巨大な「自己実現欲求」マーケットによって動いており、それは山口さんによれば、"すべての消費ビジネスがファッション化しつつある"ということでもある。

 つまり、どのような商品やサービスにおいても、それぞれの人の心を打つ美的センスが宿っていない限り、売れない時代となったということなのだ。

 3)については、多くの人が抱いている疑問かもしれない。

 現代社会で起こっているさまざまな進化や変化に法律の整備が追いつかないという問題だ。

 現在のように変化のスピードが早い時代においては、ルールの整備は現実で起きているシステムの変化に引きずられる形で、後追いでなされることになる。そのような世界でクオリティの高い意思決定を実現していくためには、明文化された法律を拠り所にするだけでなく、内在的に真・善・美を判断するための「美意識」が求められてくる。

 その例としてGoogleで知られるアルファベット社は、英国の人工知能ベンチャー「ディープマインド」を買収した際に、人工知能の暴走を食い止めるための倫理委員会を社内に設置したと言われていり。同様のことは、かつて二足歩行ロボットのアシモを開発したホンダが、その商品化を前に、ローマ法王に伺いを立てたことにも当てはまる。