COLUMN ビジネスシンカー

2018.11

AI 時代を生き残るためにへ なぜ世界のビジネスエリートはアートセンスを鍛えるのか

論理的理性的に優れていても、感受性や情動がなければ、優れた判断はできない

 山口さんの著書によれば、ビジネスエリートにとって美意識が重要であるというのは、もう一つ、脳科学の視点からも明らかになりつつある。

 それがアントニオ・R・ダマシオという神経科学者が唱えた「ソマティック・マーカー仮説」というもの。"感受性や情動が減退している人は、よりよい意思決定ができない"という考え方である。

 ある日ダマシオに脳腫瘍の手術を受けた30代の男性患者が紹介された。この男性患者は、脳腫瘍の手術を受けた後、なんら「論理的・理性的」推論能力が損なわれていないにもかかわらず、実生活上の意思決定に大きな困難を来していた。

 ダマシオは、様々な神経心理学テストを行ったが、原因がつかめず悶々としていた。しかし徐々にある傾向がわかっていった。

 その患者は、しばしば第三者のように超然とした態度で自分の悲惨な状況を話したり、悲惨な事故や災害の写真を見ても感情的な反応がほとんどないこと、あるいは病気の前は愛好していた音楽や絵画についても、手術後はなんの感情も湧き上がらなくなっていた。ダマシオは、社会的な意思決定にはいままで見過ごされていた情動との関係があるのではないかと疑問を抱き、同様の患者の調査を始めた。

 ダマシオは、高い知能指数を持ちながらも、前頭葉の損傷によって感受性や情動が極端に減退した被験者たちの分析を続けた。するとある傾向が見えてきたのだ。外部からのある情報に対して呼び起こされる身体的感情が、前頭葉腹内側部に影響を与え、「良い/悪い」に分別して意思決定の効率化に一役買っているのではないかというものだ。

 一般的に、感情は論理的・理性的な意思決定の敵とされている。しかし、ソマティック・マーカー仮説に従えば、むしろ感情をうまく意思決定に取り入れた方が、無駄な論理的・理性的手続きを省略できるというのだ。

 すなわち効率的かつ正しい意思決定を行うには、美意識に基づいた感情的・直感的判断による効率化と、理性や論理に基づいた精査が必要だということなのだ。

 時に名経営者と呼ばれる人たちは、周囲の人にはなかなか理解できない判断をして、その商品をヒットに導いたり、企業を成長させる投資判断をしたりしている。そうした判断のベースも独自の美意識があってこそだと言える。

 これは、ノーベル賞など、専門分野でもとくに秀でた業績を残している人にも言える。

 ミシガン州立大学の研究チームは、ノーベル賞受賞者、ロイヤル・アカデミーの科学者、ナショナルソサエティの科学者、一般科学者、一般人の5つのカテゴリーグループに対して、絵画や楽器演奏等の芸術的趣味の有無について調査したところ、ノーベル賞受賞者のグループは、他のグループと比較した場合、際立って芸術的趣味を持っている確率が高いことを明らかにしている。

 具体的にはノーベル賞受賞者は、一般人と比較した場合、2.8倍も芸術的趣味を保有していたのだ。