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AI、VR … 先端テクノロジ全盛時代だからこそ 人を伸ばす丁稚奉公・徒弟制度が活きる!

イケてる寿司屋は何年もかかる悠長な修行はしない?

 いささか前の話にはなるが、ホリエモンこと、IT企業経営者、コンサルタントの堀江貴文さんが、ツイッターで「寿司職人になるのに何年もかかるというが、イケてる寿司屋はそんな悠長な修行はしねーよ。センスのほうが大事」と和食や職人の世界で何年、何十年修行する徒弟制度を否定するような話を披露して話題を呼んだ。

 確かにAI=人工知能やVR=仮想現実技術、ロボティックスにIot(モノのインターネット化)といった横文字の技術用語が飛び交う現代では、丁稚を取って何十年もかけて人を育てる徒弟制度は、時代遅れどころか、時代錯誤と言われかねない雰囲気もある。

 先の堀江さんの発言に対しては、「寿司職人として一人前になるには、それなりの工程があるということだ、寿司職人をバカにしている」との反論もあった。一方で、一律に10年もかける必要があるのかという疑問も挙がった。こうした意見に対しても堀江さんは「昔はよく言ったじゃん、10年以上の修行が必要だって。あれなんでかわかる?わざと教えないようにしてるんだよ」と再反論してみせた。

 会社が社員を戦力として育てていくのであれば、早く一人前になってほしいと思うはず。しかし、堀江さんの言葉を借りれば、それは才能のあるライバルを増やしたくないからという理屈になるようだ。

 一般に寿司の修行というのは4〜5年で巻物、7年で握りと言われており、シャリとネタを職人としてきちんと扱えるようになるまで、かなりの辛抱を強いられると言える。

 ドッグイヤーと言われるIT業界のように、7年に一つの技術が潰えるような世界からすれば、なんとも歯がゆく見えるのかもしれない。

 しかし、果たして徒弟制度は自分たち職人の仕事が奪われないようにわざと「教えない」のだろうか?

教えない教育の代表「徒弟制度」

 長年徒弟制度について研究をしている心理学者で『徒弟制度から学びのあり方を考える「教えない教育」』の著者の野村幸正さんによれば、「徒弟制度は教えることを重視する現行の教育とはまったく違った考えに基づいている」と述べている。

 野村さんは「学びを支援するシステムが教育ということになるとすれば、その一形態として『教えない教育』が存在してもよい」としている。この「教えない教育」の代表が、徒弟制度だというのだ。

 徒弟制度は江戸時代のころから一般化し、商業や工業、あるいは落語や芸事の人財育成制度として確立していった。

 店主や棟梁が師匠や親方として、その職業に就きたい若年者を丁稚として住み込みで雇い、給料を与えない代わりに食事や衣類など生活に必要な物資を与えながら、一人前に育てていく制度である。

 しかしながら、戦後欧米的民主主義思想に基づいた学制の改革や、職業訓練に特化した学校などの充実等によって、また徒弟制度そのものが旧態依然とした制度のように思われたりしたことから、そのシステムが崩れていった。

 ヨーロッパは徒弟制度が充実している!

 実は旧態依然と思われる職人の徒弟制度は、日本だけでなく古今東西、各地で取り入れられてきた。

 代表的なのはドイツとイギリスだ。

 ドイツではよく知られるようにマイスター制度があるが、それを支えているのは徒弟制度だ。ドイツでは何か技能をもつ職業に就こうとすると、この徒弟制度を経ずに就くことは困難だ。というのもドイツではいわゆる学術を中心とした教育と、それぞれの職種にふさわしい職業訓練教育があり、めざす職業の職場に入って週に数日は先輩の職人や親方について学び、残りは学校で座学を中心とした教育を受けるようになっているのだ。仕事の現場と学校で交互に学ぶこのシステムは「デュアルシステム」と呼ばれ、ヨーロッパの職業人育成のベーシックシステムとなっている。

 近年ではこの方法が日本の工業学校や職業訓練校にも取り入れられつつある。東京都の工業高校ではこうしたデュアルシステムを積極的に取り入れており、大田区などの町工場が生徒を受け入れている。生徒が行う現場での作業やスキルが一定レベルに達すると、単位として認定される仕組みだ。

 大学などで行われるインターンシップ制度に似ているが、どちらかというとインターンシップ制度は学生の職業体験に近いもので、期間も短く、インターン受け入れ側も、必ずしも制度に参加した学生を卒業後に受け入れるつもりはないようだ。

 これに対して高校の日本版デュアルシステムは、2年ないし3年近く、職場で実務経験を積むことで、卒業時にはある程度の業界で「使ってもらえる」だけの技術習得ができる。

 日本版デュアルシステムでは、必ずしもお世話になった職場に就職しなくてもよいことになっているが、受け入れる会社側は、筋のいい人財がいれば採用したいと考えており、実際学校側もこれを推奨している。

 つまり、少なくとも徒弟制度が旧態依然の人財育成制度であるというのは大きな誤解なのだ。

「職人は教え下手の育て上手」

 なぜ日本の徒弟制度が廃れていき、欧米型の徒弟制度は残っているのだろうか。

 伝統工芸の世界やモノづくり職人の現場のいま最大の悩みは、後継者不足であることは周知の通り。その一因として、若年労働者の不足や、中小のモノづくり現場などの労働環境が洗練されていないことなどが、若い人にとって魅力的に映らないことが挙げられているが、いまの師匠となる人たちが従来の徒弟制度のなかで学んできたことがあり、「見て覚える」「盗んで覚える」ということ以外に、教え方がわからないということも大きいようだ。

 自ら旋盤工として50年のキャリアを持ち、小説家として多数の作品を残している小関智弘さんは、このあたりについて「職人は教え下手の育て上手」(『職人学』)という言い回しで表現している。

 実際にある職人は回想で、「仕事を覚えるのはきつかったですよ。口より先に手が飛んで来るわけですから。(中略)聞く側の熱意の問題でね。こいつは本気だとわかれば、よく教えてくれたものね。ただ教えてもらって楽をしようというヤツには、見て覚えろ、盗んで覚えろって、なかなか教えてくれなかった。職人ていうのはすごい教育者だって思います」(同書)と語っている。

 職人は人をちゃんと育てたいのだ、本気の若者に。

 実際大田区などの町工場では、日本のデュアルシステムによって地元の高校生を受け入れ出してから、先輩職人自身が教え方のマニュアルをつくったり、職場をリフォームしたり、福利厚生制度などを考えたりする例が出てきている。師匠は「若い見習いが貪欲に吸収する姿に打たれた」といい、ベテラン職人は「昔を思い出した」と嬉しがる。

 徒弟制度は学ぶ意欲を引き出す

 前出の野村さんは「教えない教育」の代表である徒弟制度のメリットとして、学ぶ意欲を引き出すことを挙げている。

 徒弟制度では、たとえば邦楽や舞踊などの芸事では、3年程度は実際に稽古はつけず、その現場で師匠や先輩の世話をし続ける。兄弟子とその空間を共有し、兄弟子がどのような状況においてどのような所作、立ち居振る舞いをするのかを具(つぶさ)に見ることができる。

 現場の空気を読みながら、その仕事や職場が何を目指しているのかを感じ取り、自分が学ぶべきものは何かを捉えるまで、見出すまで、師匠は待つのだ。

 また仮に学ぼうという意欲があっても、その目的が師匠が求める世界観と共有できなければ、きちんと伝わるかは疑問だ。

 小関さんは、「一人前の職人とは自分を超える職人を育てることができて、はじめてなれる」と語っている。盗んで覚えろ、見て覚えろというのは、それだけ細やかな部分に目を配って観ることができなければ、いい職人になれない、つまりセンスがないということの表れなのだ。

 徒弟制度では、そういった感覚の芽を培うために現場の雑用や掃除をする。

 小関さん自身、会社に入ってからしばらくは毎朝機械の油差しをやっていたことがあり、これで仕事や機械の全体観がつかめるようになったと言う。「機械によって、あるいは機械の部分によって、毎朝注す必要のあるところ、3日に1度でいいところもあったし、注す油の種類も違う。うっかり油を注し忘れて、機械が軋むような音でも立てようものなら、たちまち厭みのひとことであった。しかしそれを毎朝繰り返すうちに、その油がどう伝ってどんな部分で役立つのかがわかり、それにつれて機械の構造が見えてくるという勉強にもなる」(『職人学』)。

 江戸後期の刀匠、水心子正秀(すいしんしまさひで)の著書「刀工秘伝誌」では、刀工の秘伝を弟子に安易に伝えない理由について、「いやしく惜しんで伝えないのではない。むやみに伝えても弟子の技量がそこまで達していない時に教えたら、かえって修業の妨げになるものだ」ときっぱり語っている。

 意欲があっても弟子に十分な技量がないまま教えてしまうと、その技術が歪められたまま伝わってしまうことになることを水心子は怖れたのである。

 「盗んで覚えろ」という言葉が職人のイメージをつくっているとすれば、それはあくまで職人の一面しか見ていないことになる。

 逆を言えば、日本の義務教育の教師の凄さは、そういった学ぶ気のない生徒に学ぶ気を起こさせ、知識や技能を身につけさせているところにあると言える。徒弟制度が当たり前だった時代からすれば、1クラスに集められた個性や意欲のバラバラな生徒に、まったく同じレベルの知識や技能、マナーの習得を求めること自体に無理があるようにも思える。

 日本の人財育成制度は、学校教育では教えるということを重んじる一方、徒弟制度による現場の学びがなくなったため、知識と現場技術・知恵が交わらず、シナジーとしての優れた職人、仕事人が生み出しにくくなったことが問題なのかもしれない。その点からもドイツのような徒弟制度と学術教育がセットになるデュアルシステムは合理的であると言える。

 いま徒弟制度が日本で関心を高めているのは、職人魂という曖昧なものではなく、職人、あるいは職業人として本来持つべき「学ぶ姿勢や欲求」の不足を経営者や教育関係者が感じているからなのかもしれない。

 丁稚時代は女性も坊主で修行。厳しい丁稚修行でも全国から入社希望者が集まる 「秋山木工」

 徒弟制度を使って職人仕事人が持つ「学ぶ姿勢」を強烈にドライブさせ、優れた職人を育成している会社が神奈川県にある。注文家具を製造する秋山木工だ。同社は現代には珍しいほどの厳しい丁稚制度をとる会社として知られている。

 新人は入社後4年間、丁稚として寮生活をしながら、先輩の丁稚と一緒に修行を積む。寮生活での起床は午前5時前で、毎朝15分のランニングを社長と一緒に行い、近隣の掃除をする。

 寮と工場では食事の準備や工場の掃除、先輩職人の手伝いをしながら、工具の扱い方や材料の知識など、家具作りの基礎を学んでいく。携帯電話と恋愛は禁止。親との連絡は手紙でやり取りをする。

 給料は出るものの、ほとんどが寮費や光熱費を引くと3万円程度しか残らない。そのお金も道具代に消えていく。もちろんすべて買い揃えるわけにはいかないので、かんなやのみなどを1本ずつ揃えていく。仕事が終わっても自分の勉強や訓練があるので、平均睡眠時間は3〜4時間。

 丁稚時代では社長の秋山利輝さんの言うことは絶対で、言ったことは必ず実行しなければならない。

 さらに驚きなのは、丁稚時代は男女問わず頭を坊主に剃り上げることだ。毎年入社が決まると、男女を問わず先輩がバリカンで剃り上げる。これは30年以上続いているルールである。

 女性の大切な髪を剃られて、泣き出しそうになる子もいる。しかし秋山さんは「坊主にするのは覚悟を決めさせるため」と言い、これを続けている。もし坊主を拒否するなら入社しなければいいだけの話。

 本人が覚悟を決めても親が不安がるそうだが、秋山さんの説明や先輩職人や丁稚の言動に触れると納得して「お願いします」と頭を下げるそうだ。

 まるで修行僧のような厳しい丁稚生活だが、秋山木工は全国から毎年入社希望者が絶えないという。競争率は平均で10倍。それでも入社後あまりの厳しさに辞める人もいるようだが、丁稚期間もほとんどが残り、4年後に卒業を迎えるという。

 ただの職人ではなく「できた職人」をつくる

 丁稚を取る徒弟制度は、昔から”丁稚奉公”というように、丁稚を卒業しても、そこからしばらく奉公することがセットになっている。秋山木工では丁稚を終えるとさらに4年間職人として奉公することになる。

 丁稚修了後は、呼び捨てだった名前が「君」付けになるが、ミスや秋山社長の指示通りでなかった時は、丁稚同様にカミナリが落ちる。

 こうした時代錯誤とも思われるほどの厳しい徒弟制度をあえて取っているのは、秋山さんが、たんに職人を育てているのではなく、一流の「できた職人」を育てるためだからだ。

 秋山さんの言うできた職人というのは、「不測の事態が起こっても、堂々と自信を持ってその場を乗りきれる判断力。お客様とスムーズに話せる会話力。家具や材質について、お客様を感動させる物語や歴史をお話しできるプレゼン力」を備えた職人のこと。

 「それができるようになるには、十分な知識と経験が必要です。またきちんとした言葉遣いができることも重要です」

 職人としてイメージされるような、何か素材や材料と黙々と向き合う、寡黙で頑固な職人ではない。

 臨機応変に状況を読んで、時としてクレームで当たり散らすようなお客様を対話でなだめつつ、最後には技術と言葉で感動を与えられるような、高いコミュニケーション能力、プレゼン力がある世界基準の職人なのだ。

 そしてそういったことを短期間で身につけるには、秋山さんは「やはり徒弟制度が一番いい」という。「24時間いれば、兄弟子が何をどうやるか常に観察できるし、技を盗むこともできるから」だ。

理想の職人像をわかりやすく言葉にした「職人心得30箇条」

 秋山木工では毎日、始業時に「職人心得30箇条」を唱和する。この30箇条には、どんなことができる職人が一人前の優れた職人であるかが明確にわかりやすく示されている。

[秋山木工職人心得30箇条]
1.挨拶のできた人から現場に行かせてもらいます。
2.連絡・報告・相談のできる人から現場に行かせてもらいます。
3.明るい人から現場に行かせてもらいます。
4.まわりをイライラさせない人から現場に行かせてもらいます。
5.人の言うことを正確に聞ける人から現場に行かせてもらいます。
6.愛想よくできる人から現場に行かせてもらいます。
7.責任を持てる人から現場に行かせてもらいます。
8.返事をきっちりできる人から現場に行かせてもらいます。
9.思いやりのある人から現場に行かせてもらいます。
10.おせっかいな人から現場に行かせてもらいます
11.しつこい人から現場に行かせてもらいます。
12.時間を気にできる人から現場に行かせてもらいます。
13.道具が整理されている人から現場に行かせてもらいます。
14.お掃除、片付けの上手な人から現場に行かせてもらいます。
15.今の自分の立場が明確な人から現場に行かせてもらいます。
16.前向きにことを考えられる人から現場に行かせてもらいます。
17.感謝のできる人から現場に行かせてもらいます。
18.身だしなみのできている人から現場に行かせてもらいます。
19.お手伝いのできている人から現場に行かせてもらいます。
20.自己紹介のできている人から現場に行かせてもらいます。
21.自慢のできる人から現場に行かせてもらいます。
22.意見が言える人から現場に行かせてもらいます。
23.お手紙をこまめに出せる人から現場に行かせてもらいます。
24.トイレ掃除ができる人から現場に行かせてもらいます。
25.道具を上手に使える人から現場に行かせてもらいます。
26.電話を上手にかけることができる人から現場に行かせてもらいます。
27.食べるのが早い人から現場に行かせてもらいます。
28.お金を大事に使える人から現場に行かせてもらいます。
29.そろばんのできる人から現場に行かせてもらいます。
30.レポートがわかりやすい人から現場に行かせてもらいます。

 いかがだろうか?どれも社会人、企業人として大切な行為であり、心構えで、とくに難しいことを要求はしていない。気になるのは21番目の「自慢のできる人」だが、これは決して、自分を尊大に見せるという意味ではなく、お客様のためにどのようなものをどう工夫をしたのか説明できる人であるべきだということだ。

 言われたことを淡々とやるのは職人ではない。少しでもお客様の期待を超える工夫を考えることが職人だと言っている。

 また29番目の「そろばんのできる人」とは、計算だけでなく、頭の回転をよくするということを意味している。そこでどういうことが起こるか、どんな可能性があるかを常に意識し、予測できないことにも臨機応変に対応できるのが職人なのだ。

 30番目のレポートは、丁稚時代に毎日書くことになっているレポートだ。秋山木工では入社すると全員にスケッチブックが渡される。ここに書くことはなんでも構わない。そこで気づいたことや悩んでいることを書き込むと、先輩や師匠がそれにいろいろ書き込んでくれるのだ。書き方も絵を添えたり、写真を貼ってアルバムのようにしている人もいる。

 作業現場で言葉で伝えきれなかったことや表現できなかったことも、絵や写真があることでより伝わりやすくなるし、そこに的確なアドバイスが加わることで気づきが増えていく。

 このスケッチブックは、厳しい修行時代を支える先輩や師匠とのホットラインであり、また書き続けることで表現力、プレゼン力の強化にも繋がっている。

 優秀な職人が10人いたら会社は潰れる!

 こうした厳しい修行に耐えた丁稚たちは、4年後には木工の技能オリンピックで金メダルや銀メダルなどを取るまで確実に力をつけ、さらに国内の一流百貨店だけでなく、エルメスやグッチなど海外の有名ブランドからも取引の依頼が舞い込むようになっていくという。

 徒弟制度は、決して自分の職や顧客を奪おうとする若手の成長を阻止するものではなく、秋山さんが言うように、早く一人前の職人にするためのシステムなのだ。

 それほどの実力を持った職人たちだが、秋山木工では8年後には全員辞めさせている。独立してもらうためだ。

 育てた側からすればそれだけ手塩にかけて育て上げた人財が、しかもこれから脂の乗る30代前で独立させるのはなんとももったいない話に聞こえる。秋山さんによれば、それが会社にとっても本人にとってもベストな選択なのだそう。

 秋山さんは「腕のいい職人を10人雇ったら会社は潰れる」という。それは「同じ親方や同じ仲間に囲まれながらの職場では、刺激がなくなり、マンネリ化し成長が難しくなるから」だ。

 そうならないためにも毎年8年経った社員には辞めてもらって、新しい環境に飛び込んでもらうのだそう。秋山さん自身もそうしてきた。実力がついたと思ったら別の会社でまた新しい技術を身につけて成長した経験があるからだ。会社を変わることで給料が下がる場合もあったが、秋山さんは自分への投資だと思って続けたそうだ。

 だから8年経って外に職人を出す時も、出来る限りのことはする。職人の将来を考えてできるだけ成長できる環境を探し、受け入れ先の選定にも関わる。海外で修行をしたいという職人には、そういう職場も探す。また独立する時には高価な機械を買うための保証人となることもある。

 優れた職人になるには、まず“バカになる”

 早く優れた職人になるにはどうしたらいいのか。それはいかに”バカになれるか”が決め手のようだ。ここでの”バカになる”とは素直に師匠や先輩の言うことを聞くことだ。 秋山木工には、高卒から国立大学出の優秀な若者が入ってくるが、総じて伸びしろが大きいのは高卒の人のようだ。というのも大卒は言われたことに対して考えてしまう傾向があるからだ。一種の習い性かもしれないが、考えることをしてしまうと次の行動がワンテンポ遅れてしまう。 また必ずしも手先が器用で、飲み込みが早いと一流の職人なるというわけではないようだ。むしろ不器用な人のほうが一所懸命に学ぶので、時間はかかるものの優れた職人になる可能性があるという。 秋山木工では入社して3ヵ月で辞めてしまう人もいたりするが、それはだいたい器用で仕事が早い人だそう。若くして人よりちょっと仕事ができるとすぐ天狗になるので、努力を怠りがち。秋山さんはそういった時を見計らって徹底して叱る。「天狗になっていないか」と。すると叱られることに慣れていない器用な人は、耐えられずに去っていくのだそう。 逆に不器用な人間は、自分ができないことを知っているので、できるようになると自信がついて、より熱心に仕事に打ち込むようになるという。 こうした傾向は秋山木工に限らず、ほかの職人の世界にも共通するようだ。

世界的コンサルティング会社でも弟制度を採用

 意外なようだが徒弟制度は、先端の理論を駆使するような経営コンサルティング会社や大学などの研究機関、医者の育成などでも生きている。

 たとえば世界的コンサルティング会社のボストン・コンサルティング・グループ(BCG)。BCGは戦略系コンサルティング会社の老舗で世界中に顧客を持っており、またそこで働く人は世界中のエリートが採用されている。世界的企業の顧客を相手にするだけに、一旦採用されると、たとえ若手でもそういったトップを納得させるだけの経営ノウハウと業界に精通した緻密な戦略が立てられなければいけない。それを30代、あるいは20代のコンサルタントが行うのだから急激とも言えるほどの成長が期待される。

 しかしながらそこにはやはり、ものづくり職人と同じように「成長したい」というマインドが宿っていない限り、いかに優れた人財でも思いの外成長が加速しない。

 「成長は能動的なプロセスだ。『成長したい』が『成長させてほしい』となったとたん、その人の成長は鈍化し、最悪の場合は止まってしまう」(『BCGの特訓』)

 そのためにBCGが採用しているのが、同グループの若手成長の「秘伝のたれ」と呼ぶ、アプレンティスシップ=徒弟制度である。

 ただ、この徒弟制度は従来の日本の徒弟制度のように、「教えない」ことからモチベーションが上がってくるのを待つのではなく、師匠や先輩が積極的に後輩や若手の状況を観察して問題点を認識し、あるべき姿とそこに足りないものを気づかせる、というものだ。

 したがって育成のうまい上司、先輩は「質問上手」でなければならないとしている。

 企業の現状がどのような状態にあり、その真の課題を見出して、そのソリューションを導くコンサルティング会社でも、その問題を浮き上がらせることはそうたやすいことではない。とくに各方面から優れた人財が集まってきているコンサルティング会社ではなおさらだ。

 そこで同社では若手が気づくような質問を与え、そのパターンに応じてさらに質問を続けていく。

 そのキラークエスチョンが「最近どう?」という質問だという。

 意外な気もするが、「育成においては万能」らしい。しかもこの質問に対する反応はだいたい2つのパターンに分かれるとのこと。

 1つは、「順調です」という返事。そこで普通の上司は納得してしまいがちだが、「何がどう順調なの?」と続けることがポイントになる。そうすると「実は順調な根拠が実は曖昧であったりする」ので、そこを突き詰めていくと、課題が見えてくるのだ。

 2つめが「課題が多いです」という返事。これに対しては「どんな課題があるのか」と列挙させる。するとそこから2つのパターンが見えてくる。

 1つは、課題を誰かに指摘されたというパターン。指摘されたのが別の上司ならまだしも、お客様から指摘されたのなら、大きな問題だ。またお客様でない外部のメディア関係者から指摘を受けたりする場合も、本人にその問題の重要性を気づかせる必要が出てくる。つまり当事者意識が不足しているということだ。

 もう1つのパターンは、「自分で設定した目標に対して、◯◯%達していない」というように目標とのギャップを数値化して答えるタイプ。このタイプではその達していない原因を環境や他人のせいにしていなければ、概ね軌道修正に入っていると考えていいようだ。その際に気をつけたいのが、「できていない」ことに対して、「なぜ出来ないのか?」と訊かないこと。「何をやっているのか?」と訊いたほうがより本質に近づけるとのことだ。

 ポイントはいずれも本人の”気づき”を促すことだ。我慢しきれずに先回りして答えを言ってはいけない。逆に気づきができていないとすれば、まだその仕事を任せることは早いのかもしれない。

 その視点は1400年の歴史をもつ世界最古の建設会社「金剛組」の若手育成と同じだ。「『なぜこの作業をしているのか』『完成するとどうなるのか』常に自分だったらと考えながら作業をします」(『創業一四〇〇年 世界最古の会社に受け継がれる一六の教え』)

 そして、一人前の大工には、自分の弟子がやったことすべてに責任が持ててはじめてなれるのだと。「最後の責任はワシがとるから、やってみい」(同書)

 徒弟制度は、決して旧態依然の非効率な人財育成法ではない。

 速さ確実さ、そして感動を与えることができる一流の責任のある仕事人を育てるために、不確実性の高い、AI、IT万能のいまだからこそ、徒弟制度は求められているのではないだろうか。


【POINT】

■ 奉公を過ぎると誰もが独立できる徒弟制度
■ ヨーロッパは徒弟制度が充実している!
■ 教えない教育の代表「徒弟制度」
■ 「職人は教え下手の育て上手」
■ 丁稚時代の掃除や雑務が仕事の気づきの芽を育てる
■ 徒弟制度は学ぶ意欲を引き出す
■ ドイツ型の「デュアルシステム」が日本でも導入
■ 「できた職人」をつくるには徒弟制度がベスト
■ できた職人は、プレゼンもトークもうまい
■ 優れた職人になるには、まず”バカになる”
■ 器用な人間は諦めやすい
■ 女性もバリカンで坊主の秋山木工に入社希望者殺到
■ 丁稚4年、奉公4年、計8年で全員退社の秋山木工
■ 優秀な職人が10人いたら会社は潰れる!
■ 世界的コンサルティング会社BCGでも徒弟制度を採用
■ 「最近どう?」の質問で若手の課題に気づく


【newcomer&考察】
まだまだやれる!赤字路線バス再生の鍵、Bus-tech

 人口減少によって公共交通機関の利用率が下がっている。とくに人口減少が激しい地方では地方公共交通機関の代表である鉄道、バス路線が下がっている。一般的に地域の人口が減るとまずその一帯の基幹公共交通機関となる鉄道が廃止され、代わりにバスがその受け皿となる。次にそのバスの利用者が減ると間引き運転となったり、赤字の補填を行政が行ったり、それでも維持できなくなると路線の短縮が起き、やがてバス路線の廃止に至る。

 しかし高齢化の進むなかでは仮に赤字になったからといっても安易に廃止できるものではない。

 地方の公共交通機関のクビを締めていたのは、ほかでもない自家用車の普及だった。一家に2台、3台と自動車がある家も少なくなく、兼業農家では通勤用と農作業用のトラックなど合わせると4台、5台も珍しくない。

 しかし高齢者の事故が急増するなか、運転免許証の自主返納を求める自治体も増えている。免許証を取り上げられて車が運転できないとなると代わりに期待するのは公共交通機関だが、自家用車ほどの利便性はなくなる。

 自主返納を促す自治体のなかには、タクシーチケットなどを配り、その「日常の足」を確保する動きもあるが、利便性は自家用車には及ばない。

 国土交通省の調査によれば、2016年度の乗り合いバス事業者246社のうち、6割が赤字であり、大都市部を除いた地方に限れば8割が赤字という。

 こうした蔓延する赤字体質に呼応するように、毎年 1500〜2000kmの路線が廃止となっており、2007年度以降は17年度まで約1万2000kmが廃止されている。

 もはやバス事業に未来はないのか――。

 そんなことはない。顧客減少、地域住民の減少、高齢化のなか、赤字解消に取り組み、黒字化を果たしているバス会社も出てきている。

 たとえば埼玉県川越市に本社を置く「イーグルバス」がそれである。

 同社は大手バス会社が撤退した赤字路線を引き継ぎ、4年で赤字路線を黒字化した。

 イーグルバスは1980年に創業。観光バスや高速バスを主体に事業を展開してきたが、2002年に「改正道路運送法」の施行で、乗合バス事業の規制が緩和されると、翌年から路線バス事業に参入。

 そして2006年。川越市と接する埼玉県日高市の要望から同市の路線バス事業を引き継いだ。引き継いだきっかけは、川越市に隣接する日高市、飯能市、ときがわ町などを通る3路線が廃線となるからだった。

 廃止すれば、陸の孤島になる地域も出てくるので、それを阻止するために「社会的使命だと思って」(同社社長:谷島賢さん)手を挙げたのだった。当初は、自社が黒字で経営できていたので、そのノウハウを注入すれば、すぐに黒字化できると思っていたそう。

 だが先に乗客を募って走らせる観光客バス事業と路線バスは使うバスこそ似たものとは言え、まったくビジネスモデルが違っていた。当初の目論見はすぐに破綻。2年間、赤字を流し続けた。

 そこで谷島社長が取り組んだのが「運行状況の見える化」だった。

 谷島社長はバスにセンサーを取り付け、運行状況のデータを集めて、そのデータを解析した。いわゆるビッグデータの解析である。

 そのデータ解析も自己流とはせず、専門家の協力を仰ぐべく、埼玉大学にデータを持ち込んだ。工学的見地から再生の道を模索したのだ。バスの運行や乗客にまつわる情報を数値化して、独自にレポートするシステムも独自開発した。

 車両にGPS(全地球測位システム)と乗降口の上部に赤外線乗降センサーを設置。停留所ごとの乗客数や停留所間の乗車人数(乗客密度)、路線上での位置や運行にかかっている時間が把握できるようになった。

 データだけでなく乗車アンケートも丁寧にとった。結果見えなかったことが次第に見えてきた。

 その結果から、乗客の少ない時間帯のバスを間引きする代わりに乗客の多い時間帯にはバスを増やした。どんな時にどんな路線でバスを走らせればいいかを考え、かつ遅延が出ないようにバス停やルートに修正を加えていった。

 こうした対策の結果、乗合バス事業は4年後に黒字化を果たした。

 参考にしたのは航空会社だ。LCCなどの航空会社では、ハブと呼ばれる大型空港と、スポークの先となる地方空港の路線を見極めて、どこを起点にすれば最も多くの収益が出るかを考え、駐機や整備体制を敷いている。

 同社でもこのハブアンドスポークの考えを取り入れ、バスの出発センターを新たに設置し、そこから東西南北に走らせることで全体の移動距離を短くした。また中山間地域は従来より停留所を増やし、オンデマンド化を図った。またバスも小型化し、小型バスのほか、ワゴン車なども走らせた。

 バスセンターはこのほかに、地元の名産品の和紙を体験できる体験コーナー「和紙の里」にも創設し、合わせて特産品の販売所やレストラン、宿泊施設も整備した。単に待合場やバス情報を得る場ではなくバスセンターそのものが目的化するように考えた。目指したのは「インスタ映えするバスセンター」である。

 その結果、和紙の里の入場者数やレストラン、宿泊施設の利用者なども伸び続け、週末ともなれば、山歩きを楽しむハイカーで賑わうようになったという。

 赤字路線を黒字化する手法には、バス会社そのものを買収統合するという手もある。

 東京・千代田区に本社を置く、「みちのりホールディングス」は、茨城県の茨城交通や日立電鉄交通サービス、栃木県の関東自動車、福島県の福島交通、会津乗合バス、岩手県の岩手県北バス、東日本自動車、神奈川県の湘南モノレールなどバス会社など8社を傘下にまとめ、効率化を図っている。

 みちのりホールディングスは、2009年に㈱経営共創基盤の子会社として発足、経営再建中だった福島交通と茨城交通をまず傘下におさめ統合した。広域で連携統合することで資材や情報、人材の共有化、共通化を図り、コストを低減させていく。

 その一方で、新たな投資も図っていく。たとえば宅配便などの荷物を混載できるバスだ。2015年に岩手県北バスはヤマト運輸と共同で、人も荷物も運べる「ヒトものバス」をスタートさせた。大型バスの後部を改造して設けた荷室に宅急便の荷物を載せ、盛岡市から宮古市への宅急便運送を1日1便行っている。座席11席を荷台に改造し、バスの側面に荷物専用の扉まで設けている。路線バスの利用者減、宅配便のドライバー不足の両方を解決する一策である。

 この取組みは2016年から茨城交通でも始まった。常陸太田市から高速バスを使って地場産の新鮮野菜など首都圏に届けている。

 さらに17年には、路線バスを乗り継いで、道の駅やスーパーで買い物を楽しむツアーも行われた。バスには大型冷蔵庫が内蔵されて、購入した新鮮野菜などをフレッシュなまま持ち帰ることができる。

 この狙いは大型冷蔵庫付きという新しいバスの可能性を見出してもらうと同時に、「バスって便利な乗り物」ということを体感してもらうことにある。公共機関であるバスそのものに乗ることを「不便」だと思われた時点で乗客の足は徐々に遠のく。

 同社が広域のバス会社を傘下に収めるのは、長距離バス事業でもメリットが図れるからだ。たとえば福島交通バスでは、福島県内から名古屋にバスを走らせているが、途中の栃木県宇都宮市に寄って乗客を乗せている。これは栃木県の関東自動車などが同じグループにあるからできることだ。

 これは先に紹介したハブアンドスポークの発想ではなく、結節点を多く持つことでのいわばネットワーク型メリットを活かしたサービスと言える。

 新幹線や飛行機と違い、バスの長距離移動では、ローコストでいかにタイミング良く目的地につくことができるかにある。移動時間が多少増えても、目的地に近い場所にタイミング良く到着できれば、優位性は高い。

 こうした取り組みによって、買収前赤字だった茨城交通は単独で黒字化できるまでになった。

 これまで積み上がる赤字と助成金とにらめっこしていた路線バス業界でも、知恵と工夫によってまだまだ収益増のチャンスがありそうだ。

 近年自動車の自動運転技術が進んでおり、とくにバス・トラックでの実用化は公道テストレベルまであがっている。ルーティンの場所ならそう遠くない将来、無人バスが走るようになるだろう。またスマホなどを使ったオンデマンドの技術や精度も上がってきており、停車場などを増やして、オンデマンドの場所を増やしていけば、さらに利用者は増えそうだ。

 エネルギー的にもハイブリッドや電気動力のバスなどが増えて、燃費効率も上がっていくと思われる。

 事業的にはみちのりホールディングスのように地域をまたいだ効率的な路線設定をAIで設定しなおし、効率化が図れることも可能だろう。

 周囲のイベント場や観光地などとのデスティネーションと組み合わせたルートや臨時バスなどを走らせることで、さらなる収益が期待できそうだ。またデジタルサイネージなどを搭載し、独自のコンテンツや広告を取り込めばまた新たな収入源ともなろう。

 まだまだバスの可能性はあるはずだ。そう、Bustechを使えば!

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