COLUMN ビジネスシンカー

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2020.06

ポストコロナ時代の羅針盤
知って目からウロコ!
開疎化の時代の産業集積入門

シェア8割。知る人ぞ知る
「豊岡の鞄」の原点は「行李」

まずは豊岡の鞄。エルメスやグッチといった舶来物を好む方にはピンと来ないかもしれないが、豊岡で生産されている鞄は実に全国の8割を占めている。

もともとは奈良時代から作られてきた行李という柳や藤などの蔦で編んだ物入れを、行李柳(コリヤナギ)という素材に変えたことが、始まりだとされている。また冬の長い日本海側の豪雪地帯ということもあり、行李づくりは冬の屋内で行う作業としても豊岡に適していた。

大きな転機となったのは江戸時代に入り1666年に藩主として京極高盛が赴任してきたことだ。高盛は藩内での行李柳の栽培や製造販売を奨励。これによって行李柳を使った行李づくりが発展し、全国に知られるようになる。

明治になった頃には、日本全体の行李の生産高は年間約18万個となるが、うち飯めし行李が約75%、柳行李が約17%を占めるようにっていた。

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