COLUMN ビジネスシンカー

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2020.06

ポストコロナ時代の羅針盤
知って目からウロコ!
開疎化の時代の産業集積入門

オリンピック式鞄に採用、
人気に火が点く

現在の豊岡鞄の原型は1881年に職人の八木長右衛門が、3本革バンドの「行李鞄」を博覧会に出品したのが始まり。外見はトランクだが、柳行李で名高い豊岡で作られたためトランクと呼ばれず行李鞄と呼ばれたのだ。

明治に入ってからは、交通手段が発達し、人々が旅行する機会が増え、そのための携帯運搬用の容器が求められるようになった。行李鞄はその堅牢さと軽さから人気を集め、そのニーズも多様化して、それに応じる様々な工夫や発明がなされていった。

1928年には紙を圧着した「ファイバー鞄」が誕生、全国に普及する。このファイバー鞄は1936年に開催されたベルリン・オリンピックで選手団が持つ公式鞄に採用され、人気に火が点いた。1954年には月産15万個に至りピークを迎えることになる。

さ ら に1953年頃からビニールレザーなどが鞄素材として出始め、またミシン加工による縫製技術が導入されていくと、1955年から1960年にかけて豊岡の鞄産業が急速に拡大していった。

またこの頃から輸出も盛んとなり、1968年の最盛期まで毎年50%の伸びを示していた。しかしながら1960年代の後半、高度成長期を迎えると地元から鞄産業の構造改革の必要性が叫ばれるようになった。外国や国内の他の産地との競争に勝ち残るためにも、住宅と離れた独立の事業所の必要に迫られていたのだ。

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