COLUMN ビジネスシンカー

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2020.11

外国人が来ない今だからこそ鍛える
日本のビジネスマンの教養!
押さえておきたい
日本庭園のキホン

名園の石を移動させることで
その時の権勢が誰にあるかを示した

戦国時代は武士の間で茶道が流行し、優れた茶碗、名碗ともなれば、その価値は何十万石にも匹敵したとされたほどだが、その茶会を行う場としての庭園の造園も戦国武将にとっては大きな意味を持っていた。

と言っても大造園ということはせず、名園とされる庭園の石や石灯籠を移築することで権勢を示したのである。たとえば天下人となった豊臣秀吉はその権力を示すために京都の醍醐寺で「醍醐の花見」と呼ばれた大宴会を催すが、その時に名石とされる「藤戸石」を移動させている。

この藤戸石は、源平合戦の時に源氏側の佐々木盛綱が奇襲攻撃をしかける際の目印となった石とされ、足利一族から織田信長など歴代の権力者に愛されていた、いわくつきの石。秀吉はそれまでどの権力者も動かすことのなかったこの石を移動させ、自分の権力を示したのだ。

その後、石はそれほどあからさまな権力の象徴にはならないものの、石組が庭園のテーマ、世界観を表わす役割を担っていることは変わりない。

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