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サスティナブルな社会と会社の基軸ESG、SDGsに取り組む前に知っておきたい みんなの幸福学

コロナ禍のなかで、企業や行政、個人事業主、NPO、学生や児童、年金生活者、あるいは失業者、療養者など社会を構成するすべての人々が不安のなかで藻掻き、手探りで未来をつかもうとしている。こうしたなか、改めて会社や組織の継続性が問われている。とくに企業においては存在そのものが問われている。企業は社会にとってどういう存在であるべきなのか。そもそも人は何を求めて働くのだろうか。資本主義が大きな曲がり角に来ているなかで、10年以上前から世界中で広がりつつあるのが、幸福学だ。人々や社会にとって何が幸福かを問い、その効用と幸福へのアプローチを考える学問である。幸福学は個人、社会のみならず、企業にとっても大きな関心事となっている。というのも社員の幸福度が高い企業であるほど業績の良い、クリエイティブな企業であることがわかってきたからだ。

幸せな人は、そうでない人より
3倍クリエイティブである

いにしえより幸福は人間にとって大きなテーマだった。それゆえ多くの思想家や哲学者が「幸福とは何か」「幸福の状態」を追求し、さまざまな「幸福論」を著してきた。

人間として生まれたからには、誰もが幸福を求めるだろう。少なくとも好んで不幸を求める人はいないはずだ。ただその幸福のあり方は人それぞれで、その幸福具合も比較はできない。そもそも幸福は比較する対象なのか。幸福の形はそれぞれ違う。だからあくまで幸福は個人で追求するものであって、会社や組織が追求するものではない。そういう論もあるのも確かだ。

しかしこの10年ほどで、そうも言っていられない状況が生まれつつある。

さまざまな調査や研究から会社の社員が「幸せだ」と思っている会社ほど業績がいいということがわかってきたからだ。

慶應義塾大学で幸福学を研究している前野隆司教授によれば、幸福だと思っている社員はさまざまな面で会社全体にいい影響を与えているという。たとえば…

・幸せなリーダーがいるサービス部門は、顧客からより高い評価を得る傾向がある
・幸福度の高い社員が多い会社ほど、離職率が低い
・幸せな人は不幸せな人より7年~10年長寿である
・幸せな社員はそうでない社員より3倍クリエイティブである
・幸せな社員はそうでない社員より生産性が1.3倍高い
・幸せな社員はうつになりにくい
・幸せな社員は組織を活かす
・幸せな人は利他的になる
・幸せな人は組織を活かそうとする
・幸せな人は上司から高い評価を受ける傾向がある
・幸せな社員は他の社員とのコンフリクトが少ない

などなど。

どうだろう。

つまり、幸せな社員が多い会社は「創造性が高い」ので「イノベーションが起こりやすく」、また「思いやりや利他の気持ちが高い社員が多い」ので「困っている人や大変そうな人をサポートする」ことが多くなる。「組織全体のパフォーマンスが上がり」、「コミュニケーションも深まり」、「トラブルやコンフリクトも少ない」。さらに「離職者も少ない」。

いま日本では働き方改革の真っ最中だが、「残業をしない日」を無理やりつくって改革を推進するより、幸福な社員を増やすほうが改革が進み、結果として業績につながっていくことが理解できる。

会社が儲かってなければ、
社員を幸せにすることはできないのか?

当然「順番が逆ではないか」という反論も出てくるだろう。「会社が儲かっていなければ、社員を幸せにすることもできない」からだ。

あるいは、イノベーションが起きたのは、幸福かどうかではなく、むしろ目の前の課題に真剣に取り組み続けたからという意見もあるだろう。ピンチで危機が迫ったからこそ「火事場の馬鹿力」的に生まれるケースだ。

確かにいまのコロナ禍のなかではそうかもしれない。顧客が離れ、新しい営業スタイルや業態転換を迫られて、イノベーションを起こした会社や飲食店の話はよく聞く。

しかしそういった例でも、過去にさまざまな”幸福因子””幸福資産”が会社に宿っていたからこそ、ピンチの時に一緒に頑張れる社員がいたり、家族が応援してくれ、結果につながった可能性がある。

こうした話によく出てくるのが画家やピアニストなどが偉大な作品を残した例だ。有名どころでは画家のゴッホがいる。

ゴッホは恋人から振られることを繰り返し、さらに父親を失い人間関係に悩み、うつ病となった。描いた絵は生前一枚しか売れず(諸説あり)、苦しみ抜いたゴッホは、わずか37歳の若さで自ら命を絶った。

ゴッホの作品は死後、名画として評価されたが、その名画を生んだ背景にはこうした塗炭の苦しみがあったからこそという意見もある。

だがドイツの精神科医、A・J・ウェ· ターマン・ホルスティンによれば、21歳までのゴッホは社交的で人付き合いが良く、情熱的に作品に取り組んでいたという。「ロンドン時代はグレーのシルクハットをかぶって優雅に街に出かけていた。ゴッホの研究をしたほとんどの精神科医は彼が社会に適応した社交的な人間だったことにあまり重きを置いていない」と。

もちろん苦しみから逃れるために爆発的な想像力を仕事で見せる人もいる。だがそれは稀だ。

前野教授も、「業績が悪くなった場合、社員幸福度の少ない企業であれば、優秀な社員から離職していくだろう」と話す。業績優先で結果を出すまで法定外の残業が状態化し、互いが協力せず、社員同士が足の引っ張り合いをするような典型的なブラック企業であったらなおさらだ。

逆に社員幸福度が高い企業であれば、社員は離職せず、会社のために給料が7割になってもみんなと一緒に頑張って乗り切ろうという社員が多くなるという。ある一時期厳しい状況になったとしても、そこから社員が一丸となって業績を盛り返し、絆も強くなってより幸福度の高い会社になっていく。つまり幸せを感じる社員が多い会社は長寿企業になっていく可能性が高いのだ。

ESの向上は社員のパフォーマンスを
上げない?!

ここで誤解してはいけないのが、社員満足度(ES)が高い=幸福度が高いということではないということ。前野教授は、ESは様々な研究により、企業のパフォーマンスに影響を与えないことがわかってきたという。ESを上げるために職場環境改善や福利厚生に力を注いでも業績向上につながっていかないのだ。

ESと幸福度は何が違うのか。

ESは、仕事の労働環境への満足度、人事評価に対する満足度、福利厚生への満足度といった「企業の特定分野、部分への満足度」を測る指標。

対して幸福度は、社員としての部分的な満足度ではなく、人間関係や家庭環境、余暇の過ごし方を含めた個人としての人生全般に関する充足度を測る指標。したがって仕事全体はもちろん、プライベートの充実も入ってくる。つまり人としての幸福度が高い社員が会社の業績・成長に貢献するということだ。

ワークライフ・バランスという言葉が流行り、仕事とプライベートが分けられるようになってきた昨今では、仕事の満足にしかアクセスできなくなりつつあるが、会社だけでなく、家庭環境や状況などを含めて幸せと思える環境をつくっていくことが、これからの企業には求められてくる。

地位財を手に入れると短期間幸せになる。
非地位財を持つと長く幸せになる

社員の幸福度を上げていくためには、どうしたらいいのか。

その前に幸せの状態をどう考えればいいのだろうか。

前野教授は、「幸せの姿は多様だが、幸せにいたるメカニズムは共有できる」と語る。

幸福の形はいろいろあるが、大別すると2つに分かれる。「地位財」と「非地位財」だ。

地位財は、イギリスの心理学者、ダニエル・ネトル氏が示した考え方で、地位財が短期の幸せをもたらし、非地位財が長期の幸せをもたらすという分け方だ。

「地位」とは、自分が他人と比べてどのようなポジションにいるかという意味での地位こと。地位財は、カネやモノ、社会的地位など、他人より多く所有していることで満足を得る財となる。つまり他人と比較して上だと満足度が上がる財だ。

非地位財は、逆に他人との比較とは関係なく満足度が得られる財のこと。

たとえば治安がいい、有害物質が少ない、紛争リスクが少ないといった環境要因や、健康状態の良し悪し、自由や自主性の状態、愛情、社会の帰属意識など、主に無形の心的要因を指す。

前者には高級車や部長や役員といった役職・ポジション、年収や資産など、可視化・数値化しやすい財が挙げられる。それゆえ地位財は短期の満足しか得られない。仮に憧れの高級車を手に入れても、やがて新型車が出たり、それ以上の高級車を持っている人を知ったりすると満足度が下がるからだ。

また地位財の代表であるお金に対して幸福度は特徴的な特性をもつ。たとえば給料が倍になったからといっても、倍の幸福度を得られるとは限らないのだ。

プリンストン大学の名誉教授でノーベル経済学賞を受けたダニエル・カーネマン氏によれば、「感情的幸福」は所得に比例して上昇するが、7万5000ドル、日本円で約780万円(2月1日のレートの換算)を超えると比例しなくなり、頭打ちになるという。デフレが続く日本の物価指数などを考慮すると600万円から700万円程度でも十分かもしれない。要はカネ・モノ・肩書きを目指して、たとえそれを手に入れても満足感、幸福感は長続きはしないということ。

一方非地位財は、心のありようでその価値・満足度が決まるもの。他人と比較する必要がないので、満足度が長続きする。

非地位財に関する研究は世界中で行われている。自己肯定感の高い人が幸福度が高い、他人に親切な人ほど幸福感が高いなど、さまざまなことが分かっている。

幸せにいたるメカニズムには
4つの因子が働く

前野教授はこの幸福因子を4つに整理した。社員の幸福度を高めるためには4因子を高めることで幸福度の高い会社になっていくという。

4つの因子とは次のようなものだ。

1つは、「やってみよう」因子。どんな小さなことでもいい、やりがいのある仕事、ワクワクできる趣味を持ち、目標に向かって努力・学習している人が高い幸福度を得る。それらを通じて成長の実感や自己実現を体験できれば、より幸福感が高まる。

2つ目は、「ありがとう」因子。人とのつながりのなかで、誰かを喜ばせたり、親切に触れることで感謝を言ったり、されたりすると幸福度が高まる。ありがとう因子の観点では、幸福度は利他的な人が高い。よく他人の業績の手柄を自分のように誇る自己中心的な人がいるが、そういった行為は本人が思っているほど決して幸福度は高くはない。ありがとう因子は、ありがとうや感謝が生まれる関係性が広がるほど幸福度が高まる。よって人とのつながりは同質ではなく、多様であったほうが幸福度が高くなる特性を持つ。いつもの仲間ではなく、できるだけ新しい出会いを意識し、求めることで、その幸福度はどんどん高まる。

3つ目は「なんとかなる」因子。悲観的でなく、前向きな思考の人が幸福度が高い。よくいわれる「ポジティブ思考」は、この因子だ。自分はだめだとか、自己否定するのでななく、「まっ、いいか」と自己受容できるような人が幸福度が高い。その意味ではいろいろな苦い経験を越えてきた人生経験の豊かな人間のほうが幸福度が高くなっていく。前野教授は、なんとかなる思考にするためには”俯瞰的な視野” を持つことを勧める。失敗したことに囚われてくよくよするのではなく、起こったことを俯瞰的に見つめて対策を練るほうが問題を引きずらない。その点でも自分のネットワークが多様なほうが前向きで楽観的になれる。いろいろと相談できる相手がいるからだ。

4つ目の因子は「ありのままに」因子。他人と比較をせず、自分は自分、ありのままであるという意識を持っている人が幸福度が高い。日本人に限らず、資本主義の教育の中では、周りと比較し競争させられてきたため、人はどうしても他人と比較してしまうもの。だが自分らしさの因子をしっかり保持すれば、地位財への安易な憧れも抑えることができ、高い満足度が得られる。

この4つの因子に対して満足度が高ければ「幸福な状態」で、因子が満たされなければ「不幸な状態」となる。さらに気づいた人もいると思うが、いずれの因子も他の因子に関わっているのが幸せ因子の特徴だ。「なんとかなる」因子は、「やってみよう」、「ありがとう」因子を補っており、「ありのままに」因子は、「やってみよう」、「ありがとう」因子を制御することで全体の幸せを形作ることができる。

他人と比べず、感謝やありがとうを言える環境をつくる

では各因子がどのような状態であれば、社員が幸せだと判断できるのか。前野教授がつくった指標から4つの因子が満たされた状態を見てみよう。

幸せの状態は①かなり幸せな状態、②まあまあ幸せ、③不幸な状態の3つに分けられる。

たとえば、やってみよう因子の場合、①が「本当にやりたいことをやっている」、②が「やってみよう!」、③が「やる気がない」状態。

なんとかなる因子では、①が「なんでもなんとかなる」、②が「なんとかなる」、③が「なんともならない」状態。

ありのままに因子では①が「本当に人の目を気にせずぶれない」、②が「ありのままに」、③が「人の目が気になる」状態。

ありがとう因子では①が、「あらゆるものへの感謝と貢献」、②が「ありがとう」、③が「つながりも感謝もない」状態。

つまり、いずれの因子でネガティブな状態がある時が不幸であり、関係性においては孤立、孤独な状態が不幸であるといえる。

経営者はこの4つの因子の状態に注意し、細やかなコミュニケーションを取りながら不幸な状態が見受けられた場合は、その改善、解決に力を注いでいくことになる。

自分にとっての
根源的なワクワク感を対話から探る

たとえばやってみよう因子を発揮させるには、仕事や役割にやりがい、ワクワク感をもたせることだ。だが会社の仕事がすべてワクワクするものだったり、やりがいのあるものとは限らない。誰でもできそうな単純な作業を延々と続けるようなことであれば、モチベーションの維持は難しいし、かと言って能力以上の仕事はプレッシャーになるだけだ。

能力に応じた割り振りが大切であることはいうまでもないが、その判断、塩梅をうまく行うのは、まさに日頃の上司との関係がものをいう。上司がしっかり愛情をもって部下を観ているかにかかってくる。

基本的にどんな組織にも無駄な仕事はない。些細なこと、一見つまらなそうな仕事に見えても、必ず意義や役割がある。そこを見出ししっかり説明することも重要だ。

1台の車にはおよそ3万点の部品がある。そこでは小さなネジ1つでも不具合があれば、事故や怪我につながる。すべてのピースがそのパフォーマンスをしっかり発揮してこそ、部品の価値の総和の何十倍、何百倍の価値をもつ自動車という製品を生み出す。その意義をしっかり理解して取り組むことができれば、より幸福度が上がっていくはずだ。

こんな話をするとイソップの「3人のれんが職人」の話を思い出した人もいるだろう。

せっかくなのであらすじをかいつまんで話しておこう。

中世のヨーロッパの街に差し掛かった旅人が、街角で汗をかきながらレンガを積んでいるある職人に出会う。旅人はその職人に尋ねる。「ここで何をしているのですか」

職人は答える。「なに、見りゃわかるだろう。親方に命令でレンガを積んでいるんだよ。暑い時も寒い時も、風が強い時も、日がなこうやった仕事をしなきゃならない。もう懲り懲りだぜ」

旅人はその職人に慰めの言葉を言って別れた、しばらく行くと別のレンガ職人に出会う。旅人はまた訊ねた。

2人目の職人は答える。「見りゃわかるだろう。レンガを積んで家をつくってるんだ。大変だが、これで家族が養える。ほかの仕事に比べたらいい仕事だと思うよ」

旅人は励ましの言葉を残して、職人と別れた。またしばらくすると別の職人がいた。

「ここで何をしているのですか」

職人はいきいきとした声で答える。

「私かい。見りゃわかるだろう。ここで街をつくってるんだ。こんなやりがいのある仕事に就けて、幸せ者だよ」

数年後旅人はまた同じ街に戻ってきた。旅人は気になってかつてのレンガ職人に会いに向かった。

1人目の職人は、もういなかった。その職人を知る別の職人が教えてくれた。

「あいつは、文句ばかりで、しばらくしたらいなくなって、それっきりさ」

2人目の職人は、現場で職人に指示をしていた。親方として職人を抱えるまでになっていた。

3人目の職人に会いにいったが、もう現場にはいなかった。その職人を知る別の職人が教えてくれた。「彼かい? 彼はいまこの街の市長をやっているよ。みんなの話を熱心に聞いて実行してくれるいい市長だよ」

極めて寓意的な話だが、同じ仕事でも向き合い方で幸福感が違ってくることは、十分理解できるだろう。

ただ前野教授が問題視するのは、多くの人は自分がそもそもどういうことにワクワクするか、やりがいを感じるのかを自覚していないことだ。ワクワクややりがいはその時、その瞬間に無自覚に訪れる。

そこで前野教授が勧めるのが、対話を通じたやりがいの「根源」を探ること。

自分のやりがいを見いだせない社員に、次のような問いを問いかけてみるのだ。

Q1 小さい頃に好きだった遊びはなんですか?
Q2 学生時代に夢中だったものはなんですか?
Q3 今の会社での仕事の面白さはなんでしょう?
Q4 ではそれらの共通点を探してみましょう

すぐに回答が出てこないかもしれない。そういった場合は時間をかけ、場合によっては1週間後に再度質問してもいいだろう。

何度も自分に問いかけているうちに、”やらされている” と思っている仕事が実は自分の性分に合っていたり、楽しみを確認できたりすることも出てくる。

こうした話は社員同士、上司と部下ではなかなか話しにくいかもしれない。そういった時は、第三者をインタビュアーに立てることが有効だ。直接利害関係がないコンサルタントや記者などを立て、質問することで本人が自覚してなかった思考や趣向が引き出されることも多い。

ワクワク感を醸成するには
社員にできるだけ権限移譲し、ホウレンソウをやめる

ではやりがいを持って仕事に取り組む社員を増やしていくためには、どんな仕掛け、仕組みづくりが必要なのか。

大きな仕掛けの1つが「権限移譲」だ。細かい指示を与えず、自ら目的とやり方を考えて結果を出すように自由にやらせる。権限をできるだけ降ろし、全員が何らかの責任を持つようにする。自分がある職務の責任者だという自覚をもたせるのだ。

その際、細かい「ホウ・レン・ソウ」はしないことがコツだ。権限を移譲したはいいものの、上司が進捗状況を知りたがり、やたら報告を求めることが多い。当初は”親心”で行うこともあるだろうが、ぐっと我慢するのも親心。相手が困っている、不安そうな状況の時に「困っていることはないかな」と助け舟を出すようにする。その意味でも関係性をつくる「ありがとう」因子は重要で、感謝や利他心の強い人であれば他人が困っていることを察知しやすい。

むしろ、ホウ・レン・ソウは上司が行うものだと考えたほうがいい。

多くの企業でアンケートや調査をするが、かなりの確率でフィードバックされないケースが多い。時間を割いて、専門業者を入れたり、場合によってはシステムを導入したりしているにも関わらず、だ。上司が部下に「あれどうなってる?」と細かく尋ねる割には、部下や社員からの「あれどうなってるの?」に答えられていないのだ。

方針としてコミュニケーションの活性化を謳う企業が多いが、こうした「そもそも論」を外してコミュニケーションの活性化を謳っても社員は白けるだけだ。

ホワイト企業は、
コミュニケーションの工夫に力を注ぐ

社員が働きやすい環境を実現し、社員満足度の高い経営を行っている企業を、ブラック企業と対比して「ホワイト企業」と呼んでいるが、観念的な言葉としてだけでなく、実際にホワイト財団が「ホワイト企業」として選出している。

慶應義塾大学の前野教授もこの「ホワイト企業」の選出委員でもある。

第1回「ホワイト企業」大賞を受賞したのが、『働くな』が社是の岐阜の未来工業だった。当時、社長で創業者の山田昭男さんは、「ホウレンソウは、無駄」と言い、営業マンにトラブルがあってもまず自分で解決させるようにした。「だいたいお客様のことは普段接している営業マンがわかる。上司がおっとり刀で駆けつけても対応が遅くなるだけだ」と。

演劇好きの山田さんは社業ほったらかしで、ウィークデーから上京して演劇を観ることがしょっちゅうだった。東京で出会った知人の社長が「山田さん、あんたこんなことをしていた大丈夫か?」と心配すると、「大丈夫。うちの社員はしっかりしているから」と意に介さなかったという。

これだけ社員を信頼している社長も幸せだろうし、これだけ信頼されている社員も幸せだろう。これは演劇をやっていた山田さんがコミュニケーションの本質を見抜いていたからとも言える。ちなみに未来工業は上場企業で最も就業時間の短い、休日の多い会社として表彰されたこともある。あまりにも休日が多いので、「これ以上休日を増やさないでほしい」と社員から嘆願されたことがあるほどだ。ある種「達意の幸福経営」だろう。

ここまでの達意の幸福経営はそうそうできるものではない。だが社員に権限を移譲し、コミュニケーションを取りながら、幸福度の高い経営をしている企業はたくさんある。

ホワイト企業や健康経営企業など、高い社員満足度や健全な文化を持つ企業を表彰する賞が増えているが、受賞した企業に共通しているのは、きめ細やかなコミュニケーション制度を取り入れていることだ。

最近は「1on 1(ワン・オン・ワン)」という上司が部下に週1や月1で30分程度面談する制度が定着しつつあるが、こうしたフレーム化されたコミュニケーションにとどまらない。トップが社員とフレンドリーで(かつてそうでなかったとしても)、トップや役員を囲んだインフォーマルなコミュニケーションの場がだいたい設定されている。

役員や社長とランチ会を開いたり、一緒にハイキングや登山をする、社員全員でリゾート合宿をする、運動会、卓球大会も健在だ。月に1度、ある課が別の課のスタッフを招待してバーベキュー大会を開く会社もある。

家族の誕生日や社員の結婚記念日に記念品を贈ったり、家族を会社に呼ぶ例もある。メーカーでは自社商品を使っていただく海外のユーザを招待し、サプライズでその商品を作っている工場スタッフに花束を手渡すイベントなど、さまざまなコミュニケーションの仕掛けをしている。同質でない人と触れ合うことでは、外部研修やワークショップも手だ。

社員が成長できる
”ちょうどいい”難易度の仕事を与える

前野教授は、このほか「幸せ企業体質」にするためには、権限移譲のほか、仕事の難易度も重要だという。

近年、仕事のやりがいの研究のなかでトピックになっているのが、「没入感」だ。没入感は最近のゲームや家電業界でも話題となっているバズワードだが、前野教授は仕事におけるこの没入感が人間を成長させるとしている。没入感を得るためには、簡単にこなせる仕事ではなく、能力の限界ギリギリで挑んでいく仕事がポイントになる。限界ギリギリで達成した仕事や業務は間違いなく本人を成長させ、幸福感を得ることができる。

部下にとってどのレベルが没入感を感じるような仕事なのかの判断は難しい。だからこそ、前野教授は「ふだんから愛情をもって接しているかが問われる」と語る。

幸せを語るのは簡単かもしれない。ただこれまで語ってきたように、幸せを取り入れることは案外難しいものだ。

同じ環境をつくっても受け取り方、感じ取り方は違ってくるからだ。

アメリカの幸福学の権威でポートランド州立大学教授の心理学者、ロバート・ビスワス・ディーラー氏によれば、人生の満足度は40代後半から50代にかけて一番下がり、その後は徐々に満足度は上がってくるという。ただしこれは欧米の場合。欧米ではこの年代になると離婚が増えるのが理由だ。日本の場合はどうか。総理府の統計によれば、人材満足度が高齢者になるにつれ、下がる。したがって幸福環境を整えても幸福感が上がるのは若い世代の率が高い。

鉄は熱いうちに打て、ではないが、幸福感も若いうちに刻み込ませるのがポイントになってくる。

幸せをイメージできない時は、
嫌な状態、不幸な状態を想定し、反転させる

会社が社員の幸福度を上げることの重要性は理解していただけたかと思う。それでも経営や職場に持ち込むことはなかなか難しいかもしれない。ふだん「自分にとって何が幸福なのか」を捉えきれていない人が多いからだ。

前野教授は、「そんな時は不幸を考えてみるといい」という。自分にとって不幸だな、いやだなということを、いろいろな状況で考えてみるのだ。

会社で仕事をする時、家にいる時、休みの時、趣味で仲間と集まって要る時。親や子供と向き合った時。ニュースやユーチューブを観た時などいろいろな場面で「いやだな」と思うことを考える。「不幸だな」を考えてみる。そしてそれらを書き出した上で、その逆を考えてみるのだ。

すると自分にとって「いい感じ」「素敵だな」「幸せだな」ということが自ずと浮き上がってくる。幸福のイメージが湧かない人は、まずはここから始めるといいだろう。

幸せは伝染する。
どんどん大きくしよう

経営者からすれば、社員の幸福度が高い会社は、規模が小さいから実現できて、その効果も現れるのだろうと思うかもしれない。幸福経営は規模の大小を問わない。

アメリカに130年以上の歴史を持つ「ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)」という企業がある。世界で13万人が働くグローバル企業であるだけでなく、連続増収75年を達成した優良企業だ。

『日本でいちばん大切にしたい会社』などの著者で企業研究をしている法政大学教授の坂本光司氏が、10年ほど前、日本本社を訪ねた時に「あなたの会社が120年以上にわたって繁栄してきた理由はなんですか?」と訊いた。すると案内した担当者から「クレドが良かったからだと思います」との答えがすぐに返ってきた。そして「社員がハッピーなら会社もハッピー」と同社のクレドの言葉を続けたという。

ESG投資やSDGsが話題になっている。企業経営では地球環境を守りながらサスティナブル=持続可能な経営を目指すことが第一の主眼になっているが、持続可能な経営はともすると経営的な拡大に否定的な思考が見え隠れする。しかし企業が地域や社会、地球に「幸せ」を社会に広げていく役割を担っているとしたら、どんどん拡大していいと考える。

前野教授は繰り返し強調している。「幸せは伝染する」と。

あなたとあなたの会社の幸せ度は、いまどのくらいだろうか?

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