COLUMN ビジネスシンカー

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2021.03

知らずに「奴隷労働の手先」になってはいないか 知っておくべき
”サプライチェーンのいま”<前編>

チョコレートの存在を知らずに
カカオ農園で奴隷労働をさせられていたマリの少年

英国の社会学者のケビン・ベイルズ氏は現代奴隷制度について長く研究している。彼は現代奴隷の事実を知らしめるために『グローバル経済と現代奴隷制』というドキュメンタリー映画を2000年に完成させた。

そのなかでアフリカのコートジボワールのカカオ豆採集の農場で奴隷労働をさせられる10代の少年たちの様子を追っている。ベイルズ氏はあるカカオ農園から19人の少年が解放されたと聞き、撮影チームと現地に向かった。

解放された少年たちは隣国のマリから職を探しにやってきたところを、口入れ屋に騙されてカカオ農園に送られたという。カカオ農園では毎日うだるような暑さのなかで、ハエが頭の周りを飛び交い、蛇に噛まれる恐怖と戦いながら、日の出から夜まで栽培と収穫の仕事をさせられた。就寝する場はトイレ用のブリキ缶しかない小部屋で、食事は煮込みバナナを日に1度与えられるだけだった。

飢えで体は衰弱し、カカオ豆の大袋を背負ってよろよろと歩くと、農園の管理者に「仕事が遅い」と殴られた。あまりの過酷さに逃げ出しても周囲に人里もない場所ではすぐに捕まり、ムチで数日打たれ続けた。過酷な拷問に力尽きて命を落とす少年もいた。残虐行為、飢え、隔離、困憊が続き、精神的にも追い詰められていくと、もう逃げ出す気力も起こらなくなる。

長く複雑なサプライチェーンの先が見えにくいのは、カカオ豆を収穫する少年たちにとっても同じだ。

解放された少年の一人は、農園で奴隷として扱われていた5年半を、ぽつりぽつりと振り返った後、ドキュメンタリーチームの質問に答えた。

「チョコレートなんて知らないし、食べたこともない」

チョコレートがカカオ豆を原料としていること、それが誰もが好きな甘い菓子であることを告げられた少年は、「毎日チョコレートを食べている何百万人の人たちに伝えたいことはないか」と問われ、こう返した。「何かを言わなければならないとしたら、皆さんに心地よい言葉は見つかりませんね。皆さんは、僕が苦しんで作ったものを楽しんでいるんです。僕は皆さんのためにすごく働いたけど、これまで一つもいいことなんてなかった。皆さんは僕の身体を食べているんですよ」

コートジボワールの一人あたりのGDPは全体212の国・地域の158位。マリはさらに下位で188位だ。33位の日本からするといずれも130以上も下位だが、コートジボワールの一人あたりGDPは2276米ドルで、マリの887米ドルと2倍以上の差がある。

先進国からすればわずかにさえ思えるギャップかもしれないが、同じこのギャップを乗り越えようと少年や少女は甘い誘惑に身を委ねる。ただマリという国に生まれただけなのに。

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