COLUMN ビジネスシンカー

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2021.04

天才作曲家ヴィヴァルディを支えた
世界初の女性楽団
「フィーリエ・デル・コーロ」

生涯で600以上の作品を残した
作曲家ヴィヴァルディ

父親が理髪師でバイオリニストだったヴィヴァルディは、幼少からバイオリンを演奏していた。10歳で教会付属の音楽学校に入ってからは、バイオリニストとして、聖職者としての道を歩み、13歳で父親に代わって演奏を始めた。彼は本来は司祭として活躍するはずだったが、体が弱かったこともあり、音楽家としての人生に軸足をおいた。もちろん演奏家として恵まれていたが、その才能は作曲家として、より発揮された。

ヴィヴァルディは作曲家としてはかなり多作で、生涯で600以上の協奏曲を生み、さらに50以上のオペラを生み出しており、ほかにもまだ発見されていない楽譜があるとも言われている。

ヴィヴァルディは多作の作曲家としてだけでなく、器楽演奏の世界に革命を起こしている。ビルトゥオーソと呼ばれる優れた技術を持つ楽器演奏家とオーケストラから成る独奏協奏曲を確立させ、そのためにあらたな楽器もつくった。また自らバイオリニストであるヴィヴァルディは、新たな運指法や運弓法も生み出している。

彼は同時代の作曲家にも大きな影響を与え、たとえば現在のドイツにいたバッハは、ヴィヴァルディの楽譜を手に入れ編曲をして自作品を作っている。

つまり、ヴィヴァルディはバロック時代の頂点にいたのだ。まぎれもなく天才だった。それにしてもなぜ彼はこれほどの楽曲を量産し、新楽器を生み、楽曲の新ジャンルを確立させて新たな演奏法を生むことができたのか─。

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