COLUMN ビジネスシンカー

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2021.09

混迷を深めるVUCAの時代だからこそ。 知っておきたい
「大人の義賊史」

馬泥棒と壁穴あけの天才、シャーンドル

多くのベチャールたちは、昼間はだいたい牧童のふりをして、夜に活動していたようだった。

当時の牧童たちは夏でも冬でもマント一枚と僅かなパンとラード、バーリンカと呼ばれる果実酒で大平原の牧草地帯を何日も過ごして、多数の家畜の面倒を見ていた。雪が降ってもマントにくるまりながら寒さと孤独に耐えていた。

追手が来ても草の茂みや藁屑のなかに身を潜め続けることくらいは訳なくできるほどの精神力を持っていた。

また牧童として働いていたために馬や牛、羊などの家畜に精通しており、家畜をなだめることもできた。

ある資料では、「ハンガリーの当時の農民たちは鼻が敏感で、耳もするどく、しかもたいがい犬を飼っていました。にも関わらず、夜に犬の吠え声1つ聞かぬうちに馬を盗まれてしまう」と、ベチャールたちの抜け目なさを語っている。

彼らは犬を手懐ける術を知っていて、場合によっては鳴き声を上げさせずに殺すこともできた。馬もそうだった。大きなガタイの神経質な馬をどのように手懐けることができたのかの詳細は不明だが、ベチャールたちは馬につけられている鉄の足かせをやすりで巧妙に外したし、馬が足を鳴らさないように、馬の足首に袋を縛り付けたりして静かに盗み出したと言われている。

とくにシャーンドルは馬泥棒の技術に優れていたと言われている。

彼らは馬を盗むことにこだわっていた。民族文化的なこだわりがあったのと、牛や羊と違い、移動が楽で、しかも駿馬であれば広い平原で追っ手を振り切ることができ、いざという時に高値で売ることもできたからだ。

ベチャールは当然家に忍び込むことにも長けていた。家人が寝ている時に物音1つ立てずに壁や壁の下の地面に穴を掘ることができたといわれている。

ある裕福な農家の夫婦が寝室で寝ていた時、ベッドの下に置いてあった財宝箱が盗まれたことがあった。朝になり、ベッドから下りた妻が、「あなたこの部屋はなんて冷たいのかしら、足が冷たいわ」と言うとそのベッドの下には、大きな穴が空いていたという。

もちろん時には荒っぽく銃で脅して金銀を奪うこともあった。

決してその多くが強き者を挫き、弱き者を助けるという強い信念でベチャールを続けていたのではなかったようだ。シャーンドルの場合、襲った相手はいわゆる金持ちだったが、中には裕福な農家も多く、貴族が領主の例はむしろ少ないようだ。裕福な農家が多いのはガードが甘く、盗みやすかったからだ。

つまりベチャールは、時に金品などの分け前を与えたことで共存関係が成立していたからこそ農家や農民のなかに潜むことができたとも言える。タニャに寄れば黙って酒や食事を出していたが、誰もがベチャールを心良く思っていたようではなく、心証としては拒否すれば何をされるかわからない怖さもあったようだ。

それでもベチャールがハンガリーの農民や時に市民に支持されたのは、ベチャールを追う上級の憲兵が非ハンガリー人であったからで、実際にベチャールが農民や市民の感情を代弁した襲撃を行うこともあった。

だが、ある襲撃事件を境に両者の関係にヒビが入っていった。

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