COLUMN ビジネスシンカー

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2022.01

あらゆる企業が押さえておきたい トヨタのTPS(トヨタ生産方式)と現場発想の原点

大戦後の焦土から3年でフォードを超える生産性に挑んだ
大野耐一

「3年でアメリカのフォードを超える工場を作れ」。

第二次世界大戦で敗戦した日本の地で、トヨタの創業者豊田喜一郎は取締役で後に社長となる息子の英二にこう命じた。それは無謀にも近い命令だった。

確かに戦勝国で自動車大国のフォードをはじめ、GM、クライスラーというアメリカのBIG 3がやってきたら日本の自動車会社はたちまち潰れてしまう——。それは当時の日本においては自動車会社の共通した認識だった。

日本がまだアメリカの占領下時代だった1949年、「金融界の法皇」とも呼ばれた当時の日銀総裁だった一万田尚登(いちまだひさと)も、「これからは国際分業の時代。アメリカの乗用車とは競争できないから、日本はトラックだけをつくっていればいい」と言い、「米国の乗用車と競争するのは困難」と断じていたほどだったのだ。

そこに挑んだのが、トヨタの生産方式を体系化し、カイゼンという考えを世界中のものづくりのスタンダードにした大野耐一だった。大野はもともとトヨタの祖業である豊田自動織機で働いていた。

大野は豊田自動織機の創業者で稀代の発明王、豊田佐吉の言動を間近で見てきた。佐吉は、世界最高レベルの織機を発明した男として世界中の繊維産業関係者から一目置かれていた人物だった。

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