COLUMN ビジネスシンカー

  • SHARE
  • LINE
2022.01

あらゆる企業が押さえておきたい トヨタのTPS(トヨタ生産方式)と現場発想の原点

「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」

トヨタのTPSの2本柱と言われるのが先述の「自働化」と「ジャスト・イン・タイム(Just In Time=JIT)」である。

JITは大野が広めたと言われているが、豊田自動織機の社員であり、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎自身の思いがその原点にあった。喜一郎自身が現場の工程の無駄を苦々しく思っていたからだ。

喜一郎は東京帝国大学の工学部と法学部を卒業した俊英で、豊田自動織機入社後は、自動織機の改良を担当していた。

しかし、来るべきモータリゼーションのうねりを予感した喜一郎は、1930年に自動車開発に自ら乗り出す。日本では同時期に日産やいすゞなども自動車製造に取り組み始めたが、2社が欧米のノックダウンと呼ばれる現地生産から入ったのに対し、喜一郎は最初からエンジン、足回り部品などすべてを自社でつくろうとしていた。
それは当時の日本の工業力からすると無謀に等しいことだった。周囲の不安や疑念をよそに、喜一郎は実際にシボレーを購入してきて分解し、原寸大でスケッチをしていたという。なんともベンチャースピリッツにあふれる挑戦だった。

その喜一郎が自動車生産部門を作り、自動車生産工場を起ち上げたのが1933年。しかしその現場は明らかに織機工場より非効率なものだった。

「織機製造よりも遅れている」と嘆いたと言われている。

親会社である豊田自動織機の当時の現場では、中間生産物を倉庫に入れておくということはほとんどしなかった。しかし生まれたてのトヨタの工場では、例えば前の工程で作った部品はすぐにラインには回さずに一旦中間倉庫に入れた。理由はある程度の個数が揃わなければ、次の段階にあるユニット部品の組み付けが始められないからだ。よって前工程で作られた部品は次工程が始まるまで一旦倉庫に入れるしかなかった。そのための倉庫スペースが必要となり、また出し入れをするための時間も無駄になった。人が往来すればその人件費も馬鹿にならない。

もう一つ倉庫に物を置かないことのメリットは、部品の盗品防止にあった。とくに終戦直後は純正部品はよく倉庫から盗まれた。盗まれた部品は街中で高く売れた。部品は金網を張り、鍵をかけても盗まれた。だから究極の選択は盗まれるような部品の在庫を置かないことだったのだ。

そこで喜一郎は、それまでの刈谷工場で行っていた「ロット生産」を止め、「流れ生産」を実現する新しい工場を挙母市、今の愛知県豊田市に造成する。この方法のメリットは中間在庫を持たずに済むことに加えて、予定分が全て製造できれば、その段階で従業員が帰ってもいいという、非常にフレキシブルで生産ができることだった。従業員が早く帰ることができれば、人件費や光熱費もかからずに済む。

喜一郎は流れ生産化を実現するために、ベルトコンベアーを採用した。だが流れ生産となればすべての部品が必要な数だけ、必要な時に用意されなければならない。部品が足りなくてもいけないし、逆に多すぎても困る。その前提条件がそろえば、無駄なくスムーズにラインは流れ、的確な量の商品が生産できるようになる。つまり中間在庫を持たないことは作りすぎや、それに伴う保管コスト、時間のムダを省き、究極の生産性に近づけることができるのである。喜一郎の考えがジャスト・イン・タイムにたどり着くのはある種当然だった。

もちろんその道のりは長いものだった。

  • LINE