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【インタビュー】世界一の豪雪国「日本」の利雪戦略 – 利雪がGDPを押し上げる!

[インタビューイー]
スノーエンジニア
SnowBiz 代表
伊藤親臣さん

雪というとどんなイメージを持つだろうか。住んでいる地域によって大きく違うと思う。

太平洋側に住む人は、スキーやスノーボードのレジャー。あるいはクリスマスや雪だるまのイメージだろうか。

かたや北海道や日本海側の人にとってはやっかいもののイメージが強いだろう。雪がこれほど降らなければ、快適に暮らせるのに、恨めしそうに空を見上げることもあるかもしれない。

しかし、そんなイメージを覆すことが起こりつつある。雪はとてつもない可能性を秘めたエネルギー源であり、食品や医療、物流に革命を起こす可能性に満ちている。

雪冷房や雪室貯蔵など、利雪設備や利雪システム技術の研究開発を20年以上続けてきたスノーエンジニアの伊藤親臣さんは、雪の可能性はまだまだ知られていないと語る。

日本は世界屈指の豪雪国でありながら、雪と共存しながら都市化を進めてきた利雪立国。

伊藤さんに日本の利雪イノベーションの現在地とこれからを伺った。

日本人は雪を利用し、共存してきた
世界的にも稀有な民族

BIZ●伊藤さんは利雪をテーマにスノーエンジニアとして新潟県をベースに活動をされてきました。日本は世界的な豪雪国であるという認識は皆さんあると思うのですが、利雪そのものについてはまだまだ知られていないと思います。そもそも利雪ってどのようなことをいうのでしょうか。

伊藤●文字通り「雪をなにかに利用すること」です。僕自身、大学に入るまで知りませんでした。そもそもスキーやスノーボードで楽しむことはあっても、それ以外で雪を利用するなんて思いもしませんでした。

BIZ●そうなんですか?

伊藤●そうなんです。それでこの世界に引き込まれたのですが。日本は国土の半分に雪が降って、そこに人が住むという特別な国なんです。

BIZ●特別ですか……

伊藤●そうです。ほとんどの国はこれほど雪が降らないか、降る場所に人が住み着きません。

BIZ●確か、札幌は人口100万以上の都市の積雪量ではダントツだとか。

伊藤●そうなんです。札幌は一冬に平均6メートル積雪がある。2位のロシアのサンクトペテルブルクの2倍です。

BIZ●ものすごい量なんですね。毎年当たり前のように北陸や北国の雪のニュースや風景を見てますが、世界では当たり前ではなかった……。

伊藤●日本ははるか昔から雪の降る地域に人が住み、雪とともに暮らしてきました。なぜそのような地域に住むようになったのかは詳しくは分かっていません。

狩りをする時、雪があれば動物の足跡を見つけやすいとか、雪が天然の要塞となって侵入者を防ぐことができたからとか、食料を保存する時に効果があることを知っていたからとか、いろいろ言われていますが、よくわからない。でも私たちの祖先は冬の厳しい雪国で生き抜くために、雪と上手に付き合い、理解して受け入れて暮らしていたのだと思います。

雪室ってご存じですか?

BIZ●氷室は聞いたことがありますが、雪室は耳慣れない言葉です。

雪室で夏まで食品を保存できる

伊藤●氷室と役割は似ています。昔から雪国では、冬にたくさん降る雪を涼しい場所において夏まで保存して、さまざまなことに利用してきました。雪を貯めておくその部屋が雪室です。

雪室は、雪穴や雪におなどのさまざまな呼び名があって、全国で今でも利用されています。

記録では新潟県内だけで60個所くらいの雪室(雪山)があったようです。そこに春先になると雪を投入しさらに盛り上げてつき固めていました。その上から、藁で編んだ「コモ」や「ムシロ」で覆って、夏まで保存していました。そのなかに貯蔵庫となる空間をつくり、鮮魚や米、野菜などを貯蔵していたんです。

BIZ●つまり共同冷蔵庫として利用していた。どのくらいの期間、もったのですか?

伊藤●だいたい夏までは持ったようです。

BIZ●まさに天然、といっても人力がかかりますが、自然の冷蔵庫として持ったわけですね。しかも冷蔵庫のような冷媒は使わない。電気も要らない。確かにこの知恵をもっと現代に活かせばすごいことになりそうです。

日本に降る雪の0.2%で
原発15基分のエネルギー!

伊藤●雪のエネルギーってどのくらいあるか、知っていますか?

BIZ●どのくらいですか?

伊藤●1kgの雪が持ってるエネルギーは80kcalなんです。昔習ったかと思いますが、1kgの水を1℃上げるのに使うエネルギーが1kcalです。つまり1kgの水をだいたいコーヒーに適温とされる80℃まで上げて沸かすことができるエネルギーに相当します。スコップで掬った雪の塊で6〜7人分の熱いコーヒーを提供できる熱エネルギー量なのです。逆にいうとそれだけの熱エネルギーをかけないと溶けない。

富山大学の対馬数年名誉教授の試算では、日本国内に降る雪の0.2%を熱エネルギーとして利用すると100 万k wの原子力発電所15 基相当分と試算されています。

BIZ●発電所15基!ものすごいエネルギーを雪は秘めているのですね。

伊藤●雪室から連想するとお米を冷やす、お酒を冷やすといったことがイメージされるでしょうが、それだけはないと思っているんです。

思い出してください。東日本大震災の時に、首都圏で計画停電ってありましたね。エアコンをつけると電気が不足して停電になる可能性があるから、我慢してくださいと。最近では千葉県で台風によって1ヵ月くらい広範囲にわたって停電が続きましたね。これからも想定外の異常気象が起こりうるわけです。

実は、電気を熱に変えることってすごく効率が悪い。特に冷たいエネルギーを作るのは単純ではありません。その冷たいエネルギーを雪に任せればいいと思うんです。都会で電気冷蔵庫を使って食品を大量に冷やすのではなく、雪国に任せる。

BIZ●どういうことですか?

雪室倉庫で、ワクチンを保管して
コスト削減

伊藤●雪室をつくって食料貯蔵庫にすれば、いいんです。雪が大量にあるから大量に貯蔵できるわけです。必要になったら、貯蔵庫から出して首都圏に運ぶ。電気冷蔵庫は、たとえビール1本冷やす場合でも電気を使うわけです。そのために、石油を遠い中東から運んできて、それを燃やして電気に変えて、その電気を熱エネルギーに変えて冷やすわけです。だったら大量にある雪を使えばいいのです。コストも削減できますし、温室効果ガスも出ません。

BIZ●言われてみればそうですが、なかなか現実には難しい気がどうしてもしてしまいます。大量に雪があるのはわかりますが、温度管理が難しいのでは?

伊藤●僕らの実証実験では、電気を使った冷蔵倉庫より温度管理が安定していることがわかりました。いまコロナワクチンが話題になっていますが、我々は以前からインフルエンザのワクチン保存に雪を使った冷蔵保存ができないかと考えていたのです。長期保存するためには2℃から8℃の間にしなければいけないのですが、電気だと機械的に冷やすため±2℃くらいは揺らぎます。

でも雪を使った冷蔵倉庫だと、だいたい5℃以下で安定しています。雪さえあれば安定して保管できるのです。

僕らはずっと雪室の研究をしてきましたので、何時まで、何度くらいに保ちたいかという熱要望わかれば、過去の気象条件からコンピュータで積算して、雪の量がこのくらいで、そこにどのくらいの厚さでウッドチップや、断熱材で雪を保存すればよいかを提案できます。これまでの経験と技術の蓄積によりこういった熱設計が出来るようになりました。そこまでの技術は確立しているのです。

BIZ●オーダーメードで雪室冷蔵倉庫ができると。

伊藤●ただこれまでは、地元の企業さんが自社で使用するようなことに限定されてきたんです。でもそれが最近ようやく国土交通省から営業倉庫として認可されたのです。2年間データをとって認められたのです。

BIZ●つまり倉庫業として、お客様の荷物を預かって管理できるということですね。素晴らしいですね。

雪室倉庫が日本の物流、
カーボン・オフセットを変える

伊藤●この4月に新潟県三条市のマルソー㈱さんという倉庫会社が雪室を使った営業倉庫として全国初の認定を受けています。しかもマルソーさんは物流をやっていますので、預かったものを届けることができるんです。これは物流会社にもメリットがあります。カーボンオフセットができるからです。

BIZ●確かに車はEV化が進んでいますが、大型トラックのEV化はバッテリーの大きさの問題があってなかなか進まない。当分はディーゼルエンジン車かハイブリッド車になるでしょう。倉庫が電気を使わないとなれば、カーボンオフセットに貢献できますね。

それに先程言われた、ワクチン保管ということになると医療関係での期待も高まりますね。

伊藤●さすがにファイザー製のコロナワクチンだと温度がマイナス80℃くらいで6か月の消費期限と言われていますから無理かもしれませんが、インフルエンザワクチンのストックには対応できると考えています。

BIZ●それだけでも非常に画期的ですね。

雪を使った
プレミアム営業倉庫ビーフを輸出

伊藤●これはいわば安全保障に関わることです。もちろんワクチンなどの医薬品だけではなく、食品や飲料にも利用できます。大規模に冷蔵保管できれば、それを輸出することもできる。たとえば、中国などには日本の質の高い商品を求める市場はまだまだあると考えます。日本海側に雪室倉庫を置いておけば、すぐ出せるわけです。

しかも、生鮮品を雪室倉庫で熟成させることもできます。いま牛肉を雪室倉庫で熟成させたものを肉の本場アメリカに「スノー・エイジング・ビーフ」として輸出しています。肉汁を出さないでエイジングできるので現地では美味しいと評判も上々です。できればこういったことをもっと増やしていきたい。いまその技術をジビエに使えないか取り組んでいます。

もともと雪室で貯蔵した食品は味がまろやかになると言われていました。今そういったことも徐々に解明されてメカニズムも分かっています。

続々解明される雪のすごい効果

BIZ●どんなことが分かってきているのですか?

伊藤●たとえば、じゃがいも。電気冷蔵庫と雪室で150日冷蔵したものとを比較すると、アミノ酸には大きな変化は見られませんでしたが、糖の量は雪室のものがどんどん増加し、2倍の差がつきました。

また食品に含まれる香気成分についても、日本酒を150 日にわたって常温、電気冷蔵庫、雪室で保存したところ、古くなると現れる老香(ひねか)が、雪室ではほとんど発生しませんでした。

これは新潟県食品研究センターや東京農業大学や秋田県立大学との共同研究でわかったことです。そうしてわかったことを、大学で教えたり研修会でお話したりしています。

そもそも食品というのはとてもデリケートで、わずかな貯蔵環境の変化でも影響が出ます。温度、湿度だけでなく振動でも大きな影響が出ます。しかも一旦、化学反応が起きてしまうと、そのスピードが加速するのです。しかし雪室は電気冷蔵庫のような機械的な振動や光の影響を受けません。

いまそうやってデータや研究が進んで、いろいろなことが分かってきて、大学や企業からお声がけいただくようになってきました。数年前に比べても産学連携などがしやすくなってきたと感じています。

先日もある大手自動車会社の方が相談に来られました。雪室の営業倉庫を使いたいということです。つまり工場で雪室を使うことはできないけど、カーボンオフセットとして雪室冷蔵倉庫を使う。

BIZ●自動車工業会の会長の豊田章男さんが言ってましたが、EVシフトはそれほど単純なことではないと。EVに切り替わったら電飾消費が上がり、原発10基分、火力発電で20基分が不足すると言ってました。EVの行方はともかく、従来の冷蔵倉庫が雪室式に変われば、CO2 排出削減の大きな力になりますね。

伊藤●自動車業界、流通業界全体に広がるといいと思いますね。太陽光発電やいろんな技術が組み合わさればスマートシティとしても広がるでしょう。そのためにはもっと雪のコンテンツを増やしていく必要があると思っています。

どんどんニーズが高まる
データセンターを雪室仕様で

BIZ●どんなことがありますか。

伊藤●今仲間と取り組んでいるのはデータセンターです。いまリモートワークで仕事がクラウド化してますから、データセンターのニーズが高まってます。携帯電話からスマートフォンに変わるなどしてデータを管理するニーズが増えていたところに、さらに需要が増えて、データサーバの稼働に伴いコンピュータを冷やす必要性が高まっています。容量も増えていますから、雪を扱いやすいデータセンターのシステム設計が必要ですね。

あとは、雪で冷蔵したエイジング食品。種類もそうですが、雪を使っているということだけでエコ商品になると思うんですね。そういうこだわった人に響く商品になると思います。

畜産業、農業の管理コスト、
安全性も改善

それと冷熱が応用できると思っているのが、畜産業ですね。

都会の人はイメージしにくいと思うんですが、鶏卵の鶏舎というのは、鳥インフルエンザ対策もあって外部から野鳥が入らないよう締め切っていて、しかも暗いんですね。鶏からすれば暑いなかでストレスがかかるところで卵を産めと言われても、そうそうできないと思うんです。実際鶏舎を雪冷房する実験したことがあるんです。少し冷やしてあげることで産卵率が上がるようなんです。

これは豚舎や牛舎にも応用できプラスの効果があると考えています。こうした分野に雪を使った冷房システムが使えれば経済的であり家畜にとってもより健康的であると思います。

いま太陽光パネルを使って、冷房しているようなところもありますが、少なくとも雪国では雪を使ったほうがいいかもしれない。

BIZ●消費者としては少しでも健康的な動植物の栄養を摂りたいですからね。

伊藤●それからやはり学校ですね。18年前に上越市の安塚地区にある小学校に冷房が導入されたのですが、雪冷房を使ったシステムなんです。その雪冷房システムの設計に携わりましたが社会人になって初めて任された大きな仕事でもありました。さらにその2年後には中学校にも雪冷房を入れました。中学校では太陽光パネルも導入したので、発電もできる。それと冷房に使った雪解けの水、雨水はトイレの洗浄水に使いました。自然のエネルギーをフルに使った学校として話題になりました。

雪冷房の研究もだいぶ進み、いろんなことが分かってきています。

たとえば雪冷房は質のいい空気をつくってくれるんです。雪が空気中のゴミや水溶性ガスを吸着してくれたり、非常に環境にいい。先日も空気調和・衛生工学会というところから講演の依頼が来ました。それから健康面からも注目されつつあります。

BIZ●どんなことですか。

雪室倉庫、雪冷蔵食品、温泉、ワーケーション
一体化したスノーバレーを

伊藤●雪冷房は輻射冷房といって、エアコンのように表面から冷やすのではなく、遠赤外線のように体の芯から冷やすんです。空気を冷やさず、直接体を冷やす。体が冷えると心臓から血流を送る司令が出て循環器の機能を高める可能性があるということなんです。

要はサウナの逆のパターンです。そんなことをある循環器のお医者さんから伺ったんです。これをスノーセラピーとして確立できないかと考えています。

さらにそれに温泉を絡めればデトックスができ、美肌効果も高まる。それに雪室のジビエや熟成肉、お酒、雪国の美味しい郷土料理を楽しんでもらえれば、トータルなヘルスケアができる。

あるいは、雪室の酒を使った化粧品などができれば、ビューティケア産業もつくることができる。さらに今コロナ禍によって、働き方が変わりつつありますから、ワーケーションの場所としての雪国の魅力、コンテンツづくりにつなげることができればと思っています。

BIZ●スノーバレーのような利雪を軸とした都市づくりができればいいでしょうね。

伊藤●実はいま魚沼エリアで雪室を活用した食品の冷蔵倉庫群「(仮称)スノーフードバレー」について地元自治体と連携しながら研究が進んでいるんです。

すでに魚沼エリアを流れる魚野川一帯には雪室冷蔵倉庫が15棟ほど建っていて、最近では大手食品メーカーが進出してきて、雪室を併設したお菓子工場も建設されています。

雪室冷蔵倉庫で食品や原材料を貯蔵し、必要に応じて加工して首都圏をはじめ日本全国に出していく。高速道路や鉄道が整備されているから全然問題ない。首都圏には2時間もあれば着きますから。

将来、雪国に食糧をストックして中国やロシアなど海外に輸出するということも視野に入れてます。魚沼エリアは食糧貯蔵庫のハブとしての役割を果たせると思うんです。それは日本海側と太平洋側の真ん中にあるからです。

今後はこうした雪室を使った省エネ型冷蔵システムをパッ ケージ化して、もっと世界に広げていくことができるのでは?と考えています。日本ができる新たな貢献につながると期待しています。

BIZ●いろいろな可能性がありそうですね。今後はそういったことがテーマになりますか。

雪国はこれからのユートピア。
まず雪国の人たちの意識を変えたい

伊藤●20年前描いてきたことが、かなりのことができるようになっています。雪室のような冷蔵倉庫が増えることは確実で、そこで熟成させた食品など、新しい食品・商品が生まれていくと思います。その時に問題になるのは、本当にそういう手順を踏んだしっかりした品質のものなのかということです。そうなると雪室の認証制度なども必要になってくると思います。そういう基準やルールづくりはしっかりしていく必要があると思いますね。

あとは雪国の人の意識です。当たり前かもしれませんが、雪国の人にとって雪って邪魔者なんですね。雪の恩恵を受けているという発想も視点もない人が多い。

確かに豪雪地帯では、雪が降ると交通が止まって、動かなくなることもあります。除雪しないと大変で、これはやらなければいけない。でもそれは雪が降るところにいる限りつきまとう。やっかい者、邪魔者と言ってると若い人はすぐ離れていって、行政は限界集落なんてレッテルを簡単に貼ってしまう。それではいけない。少なくとも大人たちが、雪が邪魔だ嫌だって言っている限り、子どもたちもそう思ってしまうし、過疎化は止まらない。

そうではなく雪が降るから仕事ができる。豊かな暮らしができると思えるようにしないといけないと思うんです。実際その可能性が十分ある。「俺の住んでる雪国は何にもないんだ」っていう人がいますが、たくさんの可能性があるじゃないかって言いたいんです。雪があることでユートピアになれる。

雪国の人はそのユートピアの入り口にいるんだということを、自覚してもらいたいし、雪の降らない地域の人は、雪を使ったコンテンツについてもっと目を向けて欲しいなと思っています。

BIZ●すごく夢のある話、元気が出る話を伺った気がします。今後の展開を期待すると同時に、何か具体的に応援したいと思いました。ありがとうございました。

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