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ジワリ広がる野生鳥獣被害 被害拡大を防ぐ、新ビジネスと新技術

 この数年、動物や鳥がもたらす被害が話題になっている。
 人間生活に被害をもたらす動物や鳥は「害獣」、「害鳥」とされ、捕獲や捕殺処分がなされてきた。国土の67%が森に覆われている日本では、中山間部を中心とした農地などで農作物が被害に遭うことが多かった。農林水産省のデータによれば、野生鳥獣による農作物の被害額は、2010度の239億円をピークに次第に下降し、2018年度には158億円まで減っている。
 これは、全国的な捕獲体制の強化や、2014度に成立した改正鳥獣保護法により、シカの捕獲目標が上がったことなどの成果でもある。この数字だけを見れば政策的にもその効果においても”よろしい傾向にある”と言える。

減る野生鳥獣による農作物被害。だが……

 とはいえ、これは農作物の被害だけだ。野生鳥獣の被害は、ほかにも森林被害、水産資源被害、道路での交通事故、住宅被害、そして最悪の人的被害がある。また豚コレラ、鳥インフルエンザなど、イノシシや渡り鳥が突発的に引き起こす疫病の被害がある。こうした被害についてはあくまで申告ベースであり、実態はそれ以上とも言われている。また農家の高齢化に伴い、野生鳥獣に荒らされた農作地を放棄するケースも増えており、こうした耕作放棄地が野生鳥獣の棲家となって、周辺にさらなる被害をもたらす悪循環も起きている。
 具体的な被害に至らないまでも、イノシシや熊、あるいはシカ、サルなどが徘徊すれば、地域一帯に脅威を与え、経済活動が停止するだけでなく、住民流出のきっかけにもなる。
 実際、東日本大震災とそれに伴う東京電力原子力発電所のメルトダウンの被害によって、長らく避難地域に指定された福島県の沿岸部では、住民のいなくなったエリアに多くの野生鳥獣が縄張りを拡大したことが、その帰還を踏みとどまらせる一因となっている。たとえ小動物でも、とくに幼い子どもに何らかの接触があれば、命の危険がある。
 人口減少期に入った日本では、とくに中山間部の人口減少が激しく、限界集落化が進んでいる。従来こうした鳥獣被害の対策は農家であれば農家が自費で行うものであったが、近年は自治体が対策予算をつける場合が多い。また住宅地の被害に対しては警察などが対処する場合もあるが、これらは元をたどれば税金である。
 つまり前述した農作物の被害の減少は、それなりの対策費を投じたからこそであり、税収増の見通しが立てられない自治体は、いずれその対策費を削っていくことになる。

野生動物と人間の関係に大きな変化が。
北海道ではヒグマ捕獲が1000頭超え

 とくに悩ましい問題として注目されているのが、ヒグマの被害だ。なかでも2021年に札幌市の市街地で、ゴミ出しや歩行中の男性が負傷したケースは、北海道に衝撃を与え、全国的にも話題となった。さらにここ数年問題となっているのが、牛を連続で襲う「OSO18」と呼ばれるヒグマの被害だ。OSO18は北海道東部の酪農の町、厚岸町に現れた足跡のサイズが18センチもある巨大ヒグマで、2019年から町内の牧場の牛を65頭も襲っている。その姿を誰も目撃したことがないことから「忍者グマ」とも呼ばれ、仕掛けた罠をことごとく避けている。なんと電流鉄線の下を、穴を掘って牧場に侵入していたことも分かっている。
 OSO18だけではない。北海道のヒグマの被害は目に見えて増えている。令和3年度は捕殺された個体が1056頭と1962年度の記録開始以降、初めて1000頭を超えた。人身被害は14人で、農業被害額が2億6200万円となり、いずれも過去最多だ。こうした状況に北海道は1990年に、絶滅の危惧があることから廃止されていた「春クマ駆除」を復活させている。
 ただその効果について疑問視する向きもある。駆除するハンターが減少し、高齢化していることだ。全国の猟銃免許の所有者は1975年に51.8万人いたが、2000年頃から20万人前後で推移、その半数以上を60歳以上が占めるようになった。
 人と野生動物との関係は、新たなフェーズに入ったという関係者も多い。

綜合警備保障の「ALSOK」が
鳥獣被害対策ビジネスに乗り出す

 しかし、社会課題があるところにビジネスチャンスあり。
 いま鳥獣被害や危険回避に取り組む企業が各地で生まれている。
 その1つが大手綜合警備保障の「ALSOK」だ。同社では2013年の8月1日から鳥獣被害対策に必要な対策用品を販売。その設置から管理・駆除までのトータルサポートを行っている。同社では要請を受けて害鳥獣の被害地域にオリや罠とそれを監視するセンサー、通信装置を設置し、鳥獣がかかったらメールで管理者に通知する。同じメールをALSOKが受け、係員が急行し、捕獲(止め刺し)。その後個体を専門の処理施設に移送する。
 捕獲は都道府県ごとに認定捕獲事業者の認定を受ける必要があるため、現在は東京、千葉、神奈川、群馬、宮城、山形、福島、秋田、福岡、等に限定されている。
 ALSOKは、なぜこの事業をやるのか、という問いに「地域の安全安心を守るという意味では通じるものがある」とし、「このノウハウを警備業にも活かす」としている。

ICT、AIベンチャー、大手も続々乗り出す

 センサーや通信機器などICTを使った鳥獣被害対策は、この数年多くの自治体やICT企業の連携で行われている。日本を代表するICT企業、「富士通」は長野県須坂市と組んで、罠に加速度センサー付きRFIDタグを取り付けた有害獣捕獲システム「わなフォト」を開発。有害獣が罠にかかるとALSOK同様、管理者にメールで連絡が行く仕組み。もともと須坂市にはこうした罠による捕獲システムがあったが、従来は管理者が定期的に罠を見回っていたため、時間的拘束が長いことが問題となっていた。「わなフォト」はこの負担を軽減した。
 一方「NTT東日本」は、センサーや発信機能を持つ罠やオリを使った鳥獣被害の捕獲通知サービスのほか、光や音を使った追い払い、GIS(地理情報システム)と連携して出現データを分析し、実態に即した効果的な罠やオリの設置をアドバイスする。
 またグループ会社の「NTTPC」は、罠やオリに鳥獣がかかるとメールで知らせる通知システム「みまわり楽太郎」を販売。すでに50以上の自治体で採用されている。
 日立グループの「北海道日立システムズ」では、農作地や人家に近づく野生動物を光や音で威嚇、追い払う新鳥獣害対策ソリューションを展開している。光の発光、音のパターンは複数あり、動物の「慣れ」を回避できるという。このほかシステムには録画機能もあり、拡張モデルには、センサーに動物が反応するとPCやスマートフォンに通知が届く。
 北海道札幌市のベンチャー、「ウルフ・カムイ」は、光と音で動物を撃退する”世界初”のオオカミ型撃退ロボット「モンスターウルフ」を発売している。動物が近づくとオオカミロボットの目や足元が光り、オオカミや犬、人間の声、50種の威嚇音を発して、サルやクマなども追い払うことができる。
 近年はさらにAIやドローンを組み合わせた対策システムを提供する企業も増えている。AI・ICTベンチャーの「スカイシーカー」は、AIやドローンを使った野生鳥獣の生息域調査、ドローンを使った野生鳥獣が生息している周辺の農地や集落地環境の調査、AIカメラを使った動物の画像解析などを行い、その結果をレポートにまとめることができる。自治体の鳥獣被害の調査・報告、対策計画、実行までをサポートする。
 こうしたAIやロボットを使ったベンチャーは各地で立ち上がっており、兵庫県の西脇市の「ブレイン」では、そのセンシングと識別能力を活かし、オリや罠にかかった野生鳥獣の個体数を瞬時に判別し、管理者に届けるシステム「Web AIゲート かぞえもん」を販売している。

新たなハンティング技術も生まれる

 こうした事業やその検証は各地方の官民学で進められており、地域の状態を知っている自治体や大学、高等専門学校、工業高校、民間企業などがその対策ツールを開発、使用している。
 またハンターの減少に対する技術開発も進められている。その1つが「シャープシューティング」と呼ぶもので、1度に多量のシカを射撃で捕らえる技術。シャープシューティングでは餌場を作って誘引し、シカの群れが慣れたところで、離れたテントから続けざまに撃つ手法だが、学習したシカをつくらないよう、逃走個体や手負いのシカをつくらないよう精密な射撃技術が必要となる。また射撃音にシカが驚かないよう、音に馴れさせる訓練などの工夫も要る。

期待されるジビエ。学校給食にも登場

 こうした対策が進むにつれて問題化してくるのが、捕獲した鳥獣の処分である。鳥獣保護管理法によれば、捕獲した鳥獣を放置してはならないとしており、その処分については市町村が指定することになっている。捕獲者が自宅に持ち帰り、利用しない場合は自ら埋設するか、運搬して焼却施設で処分する必要がある。人間に害を及ぼすからといって、捕獲後の対処が埋設、焼却だけだとすると、SDGsの観点からも、命の尊厳という観点からも決して適切とは言い切れないだろう。
 こうした点から注目と期待を集めているのが、野生動物を使ったジビエだ。ジビエとは狩猟で捕獲した野生動物の肉で、フランスでは高級食材として知られる。
 国も捕獲した野生動物のジビエ利用促進を図っており、加工処理施設設置のための助成、厚生労働者のガイドラインにもとづく国産ジビエの認証制度の整備、ジビエフェア等などのイベント、ジビエ料理人の育成、料理コンテストを通じたレシピの開発などさまざまに展開、徐々に効果も現れている。
 たとえば加工処理施設は令和3年現在、全国に734施設あり、平成28年から170施設余り増加。流通量も右肩上がりで、2016年度に1283トンだったが、21年度はコロナ禍でも2127トンと2000トンを超えている。

 先に紹介したALSOKもジビエの可能性に期待をしているようで、「ALSOK千葉」では、自治体と連携して食肉加工施設を設置、シカやイノシシなどのジビエ肉を製造販売している。学校給食にジビエ料理を導入する自治体も増えている。福井県小浜市の小中学校、福井市の幼稚園と小学校でシカ肉を、三重県度会町ではシカ肉とイノシシ肉を、京都府福知山市ではシカ肉、大分県宇佐市、日田市、竹田市ではシカ肉とイノシシ肉、岐阜県恵那市の中学校、北海道釧路市ではエゾシカ肉、鳥取県大山町ではイノシシ肉料理を保育所、小中学校で提供している。なかでも県を挙げてジビエ給食に取り組んでいるのが和歌山県。同県の9割の小学校でジビエ給食が導入され、イノシシと豚の合挽きソーセージなども独自開発している。
 ただ国産ジビエが期待通りに展開されているかというと判断は分かれそうだ。ジビエ肉が料理として振る舞われるのはシカとイノシシがほとんどで、うち、シカが大半を占める。シカがジビエ肉として利用できる部分は意外と少ない。
 シカの肉は内蔵や角、皮など取り除くと全体の3分の1程度。それでもかなりの量だが、良質の肉となると15%ほどだという。さらに肉質は捕獲方法にも左右されるという。良質の肉を確保するには頭か首を撃ち抜かなければならず、内蔵にあたった場合は大腸菌が飛び散る可能性があり提供できない。またシカは罠でも捕獲するが、かかったらすぐ仕留める必要がある。暴れると鬱血したり、体温が上がって肉質が落ちるためだ。また個体差、年齢差もあるため、実際に食用として流通されるシカ肉はかなり少ないことになる。
 昔ながらの報奨金目当てのハンターの場合は、シカを駆除すればよかったため、捕獲後数日してからシカを回収することも多い。つまりジビエとして流通させるには、ハンターがしっかりジビエの特徴を意識して正確に素早く仕留め、処分しないとレストランのテーブルには乗らないのだ。
 もう1つ大きな問題が価格競争力だ。処理施設が増えているとは言え、すでに食肉業界では鶏や豚など衛生管理が行き届き、均一な品質を低価格で提供できる体制が整っている。近年は海外から安い肉も入ってきている。育成コストが不要といっても、その後のコストがかかる。
 実際、令和元年に捕獲されたイノシシ、シカの頭数が124万頭に対し、ジビエとして利用された肉は11万頭にとどまっている。

ジビエのペットフード市場に熱視線

 そこで捕獲した野生動物の利用法として注目されているのが、ペットフードである。
 京都府の「京丹波自然工房」は、2013年に発足した老舗。国産ジビエ認証制度の第1号でもある。人が食べても満足できるクオリティを目指し、人用とペット用のジビエ肉を製造している。
 また生キャラメルで知られる「花畑牧場」では、北海道のエゾシカを使ったプレミアムなペットフードを製造する専門会社、「オホーツクジビエ」を設立している。同社では横隔膜より上を狙ったエゾジカを2時間以内に持ち込んだ肉のみ処理し、肉質を維持、提供している。同社は北海道蝦夷鹿処理所の認証のほか、食品の衛生管理の世界基準のHACCPの認証も受けている。
 兵庫県南あわじ市の農業法人「淡路アグリファーム」では、フレッシュタイプのシカ肉やイノシシ肉を使ったドッグフードセット「マウンテンズギフト」を2020年8月発売したところ、4ヵ月で6万食が売れるヒット商品となっている。

 ジビエ肉は動物園でも利用されている。岡山県岡山市の池田動物園では、2021年4月から飼育動物の餌にシカ肉を使用している。
 農林水産省は2022年に鳥獣被害対策の一環として、各地で捕獲した野生鳥獣の利用をジビエ化、および愛玩動物の飼料、皮革化のコンソーシアムの立ち上げ支援策を打ち出している。
 ジビエ推進を図るため、従来ハンターが捕獲し、埋設処理すると出されていた1頭7000円の捕獲活動支援金を、ジビエ利用とした場合に1頭9000円、焼却処分に1頭8000円と単価を引き上げている。
 また捕獲の担い手であるハンター育成も、各地で取り組みが進んでいる。長野県はジビエ市場の拡大や森林環境の保全、人口流出などの課題解決の糸口として「ハンティングスクール長野」と題したオール長野による次世代ハンターの育成プロジェクトを2020年からスタートさせている。旅行会社などと連携しハンティング体験とジビエ体験などを盛り込んだツアーとして、東京などに住む潜在ハンターの興味を喚起し、関係人口をつくりながら、ジビエ世代の次世代ハンターの育成を目指している。
 埼玉県秩父郡横瀬町に本社を置く「カリラボ」は、ハンター育成とジビエの観光資源を促進して野生鳥獣被害解決と地域の活性化に挑んでいる。カリラボでは狩猟免許取り立てのハンターに熟練ハンターのノウハウを伝授する「カリナビ」や、免許がなくても罠を仕掛けて野生鳥獣の捕獲体験ができる「ワナシェア」などを提供している。
 また北海道白糠町では、ふるさと納税の返礼品として「エゾ鹿ハンティング体験」を寄付額70000円で提供している。
 ユニークなところでは、徳島県の徳島大学の学生狩猟サークルが、地域を巻き込んで、獲った野生動物のジビエ肉を使った料理を開発提供するレストランや、宿泊などをつなげたツーリズムの開発に挑んでいる。

野生動物の皮にも注目

 野生鳥獣の利用は、皮でも増えつつある。
 革製品のバッグや小物を手掛ける神戸市の革製品のアトリエショップ「育てる革小物」は、駆除された鹿皮を使ったブランド「エニシカ」を立ち上げ、バッグやポーチなどを製造している。駆除された鹿皮を使ってバッグや小物を製造し販売するケースは、クラウドファンディングやプロジェクトベースが多く、例えば、岩手県の「京屋染物店」の「山ノ頂」シリーズ、鹿皮を藍染めにした財布などを手掛ける徳島県の「DIYA」、長野県のハンドメイド革製品メーカー「グルーバーレザー」の財布などの小物ブランド「sinca」などがある。

ジビエ普及の鍵を握るか、「ジビエカー」

 ただこうした取り組みでも捕獲した野生鳥獣の利活用は不十分で、現状は埋設や焼却が中心だ。
 こうした状況に対して、減容化で挑んできたのが金沢市の「金沢機工」だ。同社は、廃棄物などの有機物を熱分解して灰にする炭化装置で、野生鳥獣の減容化に対応。全国初となる「イノシシ用の炭化装置」を導入してきたが、DMMグループの「DMM Agri Innovation」と協力し、食肉と利用できる部分はジビエ肉として販売、残りを炭化装置で資源化する「ジビエパッケージ」を開発、販売している。
 農水省はジビエ利用を今後も積極的に推進していく予定だが、その鍵の1つとして挙げているのが搬送のスマート化だ。とくに期待されているのが、各地で捕獲された鳥獣を集め、車内で枝肉にして処理場や販売所に届ける解体処理車「ジビエカー」、保冷車の「ジビエジュニア」の整備だ。ジビエカーはすでに北海道浦臼町や長野長野市、岡山県美作地区などで導入されている。

 ジビエカーについては自動車メーカーも動いており、長野市ではトヨタ長野がジビエカーを製造している。地域に詳しい地場の運送会社や、過疎地のタクシーやバス会社などにもチャンスがありそうだ。
 また撃った猟銃の弾丸や罠の金属片などを検知する金属探知機、ペットフードの自動製造装置の開発などが進められている。また安全性確保のためのサーベイランス技術、ICTを使ったスマートトレーサビリティなど、まだまだ取り組むべきこと、取り組めそうなことがたくさんある。
 陸だけではない。海も大きな変化が起きている。三重県で特産の伊勢海老がうつぼに食い荒らされている。最近は温暖化によるクロダイの食害を受け、海苔の収穫量が激減している。あるいは昨夏の福井県ではイルカが沿岸に押し寄せ、被害を与えるようになったり、先日も大阪湾にマッコウクジラが現れ、その後死んだが、巨大な個体の処理に行政が頭を悩ませる事態となった。気候変動が起こす環境・動物生態系の変化、人口減少が進む日本で、地域や自然を活かしながら野生動物とどう共存していくべきなのか。日本人の知恵が問われているのかもしれない。

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