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貧国化へのカウントダウンか、はたまた新たなビジネススタイルなのか – 増加する海外で出稼ぎする若者たち

 「出稼ぎ」というと、一昔前、東北や北陸の農家の人たちが農閑期に都会の工場や建設現場で働く様子を想起する人が多いだろうか。あるいは、海外の低賃金国から賃金の高い日本にやってきて働く外国人労働者をイメージするかもしれない。

上がらない給料のツケと円安で
海外との収入格差が広がる

 前者の出稼ぎは今なお続いているが、後者については今後いなくなるかもしれない。逆に日本より高い賃金の国に日本人が出稼ぎに行くことになるかもしれないからだ。
 今、若者を中心に続々と海外に「出稼ぎ」に行く人が増えている。日本の低賃金のバイトより欧米で家賃を払いながらバイトをするほうが高収入を得られるからだ。とくにアメリカやカナダの都市部は時給単価が高い上、飲食系の場合チップももらえる。
 カナダの寿司店でバイトをしているある大学生は、日本円換算で1,700円余の時給でもチップが入るので、多い時で約60万円、平均で40 〜50万円弱は稼ぐという。コロナで雇い止めとなった元ホテルマンの20代の男性は、一念発起してニューヨークに語学留学するが、資金が尽きかけ学校に相談したところ、日本食レストランを紹介された。ウエイターとして働くこと1年余り。学費とシェアハウス代を払っても200万円の貯金ができたという。男性は留学を延長した。
 一頃はよほど蓄えがなければ欧米の留学ではバイトをしてもカツカツかトントンで、1年余りで数百万円の貯金などはまずありえなかった。こういった”悠々自適”の出稼ぎライフを満喫している若者は、オーストラリアやニュージーランドなどにも多い。

アメリカの大卒初任給と日本の大卒で倍の開き

 日本がこの30年ほど賃金が上がらなかったことは周知の通りだが、これは世界中でもほぼ日本だけだ。2022年度の大卒初任給の平均額が21万845円。年収にすると約253万円。
 これに対してアメリカは平均で約600万円。理系になると800万円から900万円にも上るという。日本の場合はこれにボーナスが付くので満額ならば320 〜330万円あたりになるが、それでもアメリカの半額程度だ。

もちろん手取り額はさらに下がり、16〜18万円くらいとされる。家賃や光熱費、食費を自腹とすれば、自由に使える金額は限られる。ちなみに東京23区の家賃の平均は1ルームで約9万300円(SUUMO調べ/22年12月)。光熱費が関東地区で1万600円程度(総務省家計調査/21年)。通信費が男性1万800円、女性9800円(総務省家計調査/20年)。その他、食費、医療費、衣服費、交通費などを除くとほとんど手元に残らない。さらに奨学金を借りていれば、その返済分もある。
 企業によっては家賃補助や通勤手当など増額や補助もあるが、アメリカとの差は到底埋まりそうもない。

中国企業に続々転社する日本のアニメーター

 それどころか、大卒初任給に関しては韓国の平均が上回っており、一人あたりGDPについても今年度に抜かれるという。また台湾にも抜かれる予測だ(日本経済研究センター)。
 このまま賃金と生産性が上がっていかないとすれば、日本人の出稼ぎ先はアジアの新興国にも広がっていく。すでにタイやフィリピンなどで出稼ぎする日本人は多い。かつての出国元は出国先に変わりつつある。とくに低賃金が常態化している産業での流出が懸念される。代表的なのはアニメ産業だ。今中国のアニメ制作会社に移籍する日本のアニメーターが増えている。
 世界的に評価の高い日本のアニメだが、その制作を支えるアニメーターの環境は過酷で知られる。日本アニメーター・演出協会が行った調査では、年収が400万円以下のアニメーターが半数以上の54.7%。中小零細の制作会社では初任給が9万円もザラだという。福利厚生も十分でなく、住宅補助や通勤手当も出ない企業もある。アニメーターは若者の人気職の1つだが、その人気にかまけて労働環境改善を怠ってきたツケがこうした状況を招いている。
 日本の若者はかつてほどの海外志向はなくなってきているとの指摘もあるが、背に腹は代えられない状況に若者が追い込まれているのだろうか。今のところ海外へ出稼ぎに出た若者の声は弾んだものが多い。しかし、パワハラや差別を受けないとは限らない。いまは”お客様扱い”であっても、その地でそのまま定住化することなれば、さらなる軋轢に遭遇する可能性もある。

アジアの新興国に向かう日本人の若者、
仕事先としての日本を避けるアジアの若者

 日本は若年労働者不足を補うためにアジアの新興国などから技能実習生を受け入れてきたが、その希望者が減りつつある。北海道では2022年度の技能実習生の受け入れが6割以上減っている。北海道庁はコロナに対しての水際対策を大きな理由に挙げているが、それだけではないだろう。中国やベトナムでは国内でも日本で得られる賃金と同等であることや、賃金の高い韓国や台湾を希望する東南アジアの若者も増えているからだ。一旦こうした流れが生まれると、なかなか変えることは難しい。彼ら彼女らはSNSでより条件のいい国や仕事の情報を共有するからだ。もともと日本以外の国ではいわゆる”ジョブホッピング(転職の繰り返し)”が当たり前。少しでもいい条件があれば、企業でも都市でも国でもそちらを選択する。
 日本人の若者が海外に出て行き、期待していたアジア新興国の若者が来ないとなれば、日本の産業は空洞化する。仕事はあるのに働き手がいないために事業継続が難しくなる会社も出てくるだろう。これはM&Aでなんとかなる問題ではない。
 出血が止まらず、輸血もできないという状態がじわりと広がっている。

国は大胆な財政出動で景気を引き上げ、
企業は賃上げ+やりがいと成長環境整備を

 止血するには、まず賃上げだ。国は企業に対して賃上げ要求を続けてきたが、コロナ禍で売上が伸びず、さらにロシアのウクライナ侵攻で原材料費の高騰なども重なり、対応は困難を極めている。ただここに来てファーストリテイリングやセガなど、いくつかの企業が大幅な賃金アップを表明し出した。帝国データバンクの調査によると企業の賃金の行方を左右する今年の春闘では、56%が賃上げを表明しているという。
 果たして、若者の海外流出の抑止力になるのか。
 日本の賃金が上がらない理由は、企業の内部留保の貯まりすぎや、そもそも日本の生産性が低い、非正規雇用が増えすぎたことなどさまざまある。最大は国の経済政策のミスだ。デフレに対し、緊縮財政というミスマッチなインフレ政策を講じてきたことが大きい。金融緩和や企業へのお願いベースの賃上げではなく、大胆な財政出動が求められる。もちろんグローバル化し複雑化した現代社会では、1国の経済政策だけで改善していくことは難しいが、アメリカや欧州は積極財政を取り続けている。一方で若者の海外流出を必要以上に騒ぎ立てる必要もないという声もある。
 一時の「出稼ぎ」で月50万円稼ぐより、月20万円でスキルを身につけたほうが自分の将来に有利だという考えだ。

 厚生労働省の若年者雇用実態調査(2019年)によれば、いい条件があったら会社をかわりたいと思う1位は「賃金の条件がよい」で、56%。だが2位は「労働時間・休暇の条件がよい」で46%、3位が「仕事が自分にあったら」で41%、4位「自分の技能・能力が活かせる」35%、5位「将来性がある」34%と続いている。賃金は最優先事項だが、仕事内容のミスマッチ解消、労働時間や休暇の工夫で定着率は上がってくるものと考えられる。国はいち早く対策に取り組んでほしいが、企業側には賃上げ+やりがいや成長が感じられる環境の整備が求められるだろう。

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