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もはや当たり前?!ビジネスにアート思考を取り入れる企業たち

 VUCA という、一瞬先の読めない、曖昧混沌とした現代を表す言葉が登場するようになってから、その突破術、突破思考として盛り上がったのが「アート思考」だ。

アート思考で身に付く力とは

 世間にはビジネスパーソン向けのアート思考を紹介する本や身につけるための研修や講習が広がり、「アート × ビジネス」「アート in ビジネス」というフレームが企業で定着しつつある。
 アート思考を身につける利点はさまざまだが、主に次の力が身に付くといわれている。

1)問題提起力
2)想像力
3)実践力
4)共創力

 どれも現代に必要とされる力だが、たとえば実践力はとくにアート思考がなくても、やる気と経験があれば身に付きそうだ。だが想像したものを実践するとなれば、さまざまな制約を受ける。そこでアーチストの自由な発想と突破力が役に立つ。ゴッホなどの例を挙げるまでもなく、アーチストがそのアウトプットを評価されるまでには、膨大な時間とエネルギーがかかることが多かった。それでも作品を描き続けるのは、訴えるべき内なる世界があるからで、その炎が消えない限り何度となく突破を繰り返すのである。ビジネスではとかく理詰めで構想し、目標値や指標を設定してゴールを目指すことが多い。アート思考は条件や数値を満たすためにプロセスをこなすやり方ではなく、まったく新しい視点や着想で、既成を突破していくための思考ツールとなる。
 他にないもの、あるいは想像した世界を実現するためには伝達力や表現力が必要で、さらに伝わった先に響かせる共感力、一緒にその世界をつくりだそうとする共創力があってはじめて、VUCAの時代を突破するイノベーションが生まれていく。アート思考はそれらの力を涵養するのだ。

アート思考プログラムの嚆矢、ポーラ美術館

 ビジネスパーソン向けのアート思考プログラムも広がっている。大企業を会員として抱える「一般社団法人日本能率協会」では、「イノベーションを生み出す思考の定着」を目指したビジネスパーソン向け「アート思考入門セミナー」を提供している。受講すると、アートやデザインを俯瞰し、必要に応じて使い分け、活用ができるようになれたり、自分から自発的に課題を提起できるようになる。あるいはイノベーションの創発がどういう状況で生まれるかが体感でき、それを自分で作り出せるようになれるという。
 セミナーは丸1日のコースで、実際のアート作品を使い、イノベーションに不可欠な観察力や発想力を高めるための絵画の鑑賞法などを対話型で学ぶほか、対話型鑑賞法を活用した新製品やアイデアの創出法などを学ぶ。
 この対話型鑑賞という方式を導入し、ビジネスパーソン向けにアート思考プログラムの先鞭をつけたのが箱根にある「ポーラ美術館」である。同美術館では、5人から最大20人規模の「ビジネスのためのアート・ワークショップ」を定期的に開催している。
 2時間の体験版ショートプログラムと3時間の実践版プログラムが用意されている。互いに1枚の絵についての感想を述べるだけでなく、ペアの1人が、掲示されたあまり知られていない1枚の絵画について、目隠しをしたもう1人にその内容を説明し、どのような絵か想像してもらったりする。
 参加者はアーチストの視点の奥深さを知るだけでなく、いかにふだんの自分の説明力が不足しているかを痛感するという。
 東京の国立西洋美術館では、19年前から一般向けに対話型鑑賞のプログラムを展開してきたが、2019年よりビジネスパーソンに特化した「Dialogue in the museum―ビジネスセンスを鍛えるアート鑑賞ワークショップ」を提供している。日本におけるアート・イン・ビジネスのムーブメントのきっかけをつくった『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?―経営における「アート」と「サイエンス」』の著者である経営コンサルタントの山口周氏と共同開発したプログラムだ。コースはアートカードを用いたゲームによるアイスブレイクを行った後、同館所蔵作品を実際に観ながらの対話型鑑賞、山口氏による特別講義などを行い、ビジネスや日常にアートの視点や気づきをもたらす工夫がなされている。
 こうしたアートプログラムの特徴はなんと言っても鑑賞を軸に展開していることだ。鑑賞なので正解がない。誰でも好きなことが言えるのがポイントで、とかく正解を求めがちなビジネス思考から脱却し、普段使わない言語表現を探り出したり、さまざまな想像、共創の芽を育むようになっている。

オフィス向け絵画などの提供業者が
ワークショップを手掛ける

 アート思考は続々と企業のなかに入り込み、社員や会社の風土、マネジメントのあり方、事業を変えている。
 さまざまな企業のオフィスアートを手掛ける「TokyoDex」は、2021年から組織のビジョンを反映したオリジナルアート作品を制作するサービス「Vison Art Workshop」を展開している。ワークショップでは、アートを感じられるようなエクササイズを行った後、従業員をグループ分けし、バリューやテーマについて議論する。その後、議論を通して心に残ったイメージをスケッチに残し、アーティストと一緒にビジョンを形にしていく。言葉だけでは共有しにくい感覚的、視覚的なものをエクササイズで引き出し、その上で、イメージを共有していくことで「思考としてのアート」への造詣を深めていく。また思考としてのアートを通じて、チームビルディングを学んでいくことになる。
 またアート作品のレンタル・販売を手がける「アートアンドリーズン」も同様のワークショップを提供しているが、よりチームビルディングにフォーカスした内容となっている。1つのテーマに沿って議論し、深めて1つの作品を選び出す。特徴的なのは、オンラインでワークショップが完結できることだ。多数の企業が参加しており、2020年8月のスタートから8ヵ月で30社、400名が参加している。

アーチストの想像力を
ビジネスやまちづくりに活かす三菱地所

 インフラなどの社会基盤事業にかかわることが多い「NTTデータ」では、社会課題を起点に「問題意識」から「問いを立てる」手法としてアート思考に着目。2020年1月~ 3月まで東京大学と「アート思考によるイノベーション創出手法に関する研究プロジェクト」を行ったほか、金融分野においてもアート思考の「自分を起点にする」考え方や手法に着目し、一人ひとりが自分と紐づけながらビジョンを描き、自分事として課題解決に取り組める方法を探索している。
 一方デベロッパーの大手、「三菱地所」では自らが再開発に取り組む「大丸有=大手町・丸の内・有楽町」において、「アートアーバニズム宣言」を掲げた。この宣言は従来のアートがCSR的なゾーンにとどまりがちだったものを、アーチストの想像力を積極的にビジネスやまちづくりに生かして、新しい価値を生み出していこうというものだ。同社ではこの宣言に基づき昨年9月より、「アーチスト」と街の交流からイノベーションを起こす実証実験「YAU(やう)」を有楽町で行っている。
 第1段階では有楽町の駅前にアーチストの創作活動や交流ができる場としてスタジオを創設。そして第2段階としてアーチストやクリエーターとビジネスパーソンとの交流、あるいはこうした参加者を結びつけるワークショップの開催、または交流を通じたマネジメント能力の育成を図る。
 こうした活動は新たな刺激を生み出し、新しい事業やコンセプトの水源となる。YAUでは、この活動の翼を広げるべく、企業とのコラボレーションのプログラムも開始した。
 その1つが、全日空商事との新規事業開発のための美術鑑賞プログラム。1つの作品に対して、参加者がペアとなったお互いに感想を語り合う対話型だが、とくに美術の専門家が鑑賞法などを教授はしないのが特徴だ。

京都大学と共同で集めたイノベーションのシーズを
アート思考で応用するダイキン工業

 世界的な空調機器メーカーの「ダイキン工業」では、京都大学と連携し、アート思考を応用した製品開発を2019年から進めている。ダイキン工業と京都大学は2013年から連携しているが、すでに心理学や社会学、民俗学の視点から、空調のあり方について約800件以上の知見を得ている。こうした成果を空調に適用するため、異分野の専門家の連携を得意とする京大デザインイノベーション拠点との連携を強めながら、アート思考を使ってこの知見を応用していく。ダイキンの狙いとしては空調機をつくるという発想からではなく、心地よい空間とは何かを一から検討し、たとえばアフリカのある民族が挨拶につかう「今日の空気は元気だ」といった表現を分析するなどして、従来では捉えきれなかったデータや知見を製品開発につなげていく。

アーチストの作品展示だけでなく、
オフィスを提供するマネックス

 アート思考を経営の根源としてマネジメントに生かしているのが、証券業を営む「マネックス」だ。同社は15年前から「ART IN THE OFFICE」をコンセプトに、会議室を円柱状に仕立て、中央に円形テーブル、周囲の壁に公募したコンテンポラリーアートを1年にわたって展示するプログラムを実施している。公募では作品内容だけでなく、作家と社員とのワークショッププランも提案することが条件となっている。審査はマネックスの代表取締役の松本大さんをはじめキュレーターなどの美術専門家、まったくアートに関係のない外部審査員、計5名が行う。ART IN THEOFFICEがユニークなのは、作品を展示するだけでなく、作家がこのオフィスで制作を行えるところにある。オープニングレセプションでは、作家が過去の作品などを持ち込み、販売することもあるという。
 発案者の松本さんは、その効果について「すごく微妙だけれど、なくてはならないファンダメンタルなものだ」と語っている。

アップルの原点は「カリグラフィー」

 アートが企業の成長を促した例は、過去にもたくさんあった。
 たとえば世界的企業のアップルは創業者のスティーブ・ジョブズさんが、文字のカリグラフィーという文字の美学について学んだことが、やがてマッキントッシュというユーザーインターフェースに優れたパーソナルコンピュータを生み出すきっかけとなったことは、知られるところだ。その美学によって生み出されたテクノロジーは、iPhoneやiPod、アップルウォッチなど枚挙に暇がない。当初アップルのテクノロジー自体は決して最先端を走っているものではなかったが、ジョブズの圧倒的な想像力と問題提起力、実践力がまさに大イノベーションを起こした。
 またソニーもアート思考によって世界に羽ばたいた企業の1つだ。ソニーは創業者の井深大さんと盛田昭夫さんによって「技術者の楽園」をつくるために誕生した会社。自由な発想で、ほかにないものを求め、ウォークマンやAIBO、ワイヤレスイヤフォン、ミラーレス一眼カメラなどを世に送り出してきた。
 ときに企業遺伝子とも言われるソニーの、「世界にインパクトを与える」「世界にないものを生み出す」という強いアート思考は、ものづくりにとどまらず異業種に及んだ。ネットだけで完結する銀行や、ライフプランナーという新しいコンセプトでコンサルティングをメインとした生命保険や損害保険なども作り出した。
 まさにアート思考と名状されていない時代からアート思考を意識・無意識に活用し、世の常識を突破したのである。アート思考の定義は人によって異なる部分が多く、その幅も広い。だが少なくともアート、あるいはアーチストとの接点を増やすだけ、変化が起こってくることは間違いないようだ。

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