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AI×量子コンピュータ時代に身につけておきたい発想術 – Chat GPT と国産量子コンピュータ稼働で、いよいよシンギュラリティの到来か―。

 昨年11月で登場し、あっという間に世界中の話題を奪ったのがChatGPT。日常の疑問や思ったことをただ入力するだけで、瞬時に極めて自然な成文で的確な答えを出してくる対話型AIアシスタントだ。すでにさまざまな分野で活用され、またさらなる利活用が期待されている。
 一方でAIを支えるコンピュータも一気に進化を遂げている。この3月24日には日本の理化学研究所が国産のゲート型量子コンピュータの開発を発表、27日から研究者向けサービスを開始した。アメリカ・中国に次ぐ量子コンピュータの核として日本の存在感が高まった。
 AIが人間の人知を超えるシンギュラリティ(技術特異点)が、一気に近づいた。本格的AI時代を迎え、ビジネスパーソンに求められる能力の1つとして注目されるのが発想力だ。

アメリカではすでに
AI弁護士が大活躍

 かつてアメリカのIT実業家のレイ・カーツワイルが、予測し一気に広まった「シンギュラリティ」。カーツワイルが予想したのが2045年頃。しかしその到来はかなり早くなりそうだ。
 AIが人間の呼びかけに応えるシステムは、AppleのSiriやAmazonのEchoなどが存在していたが、Chat GPTは単に呼びかけに応じるだけでなく、レポートを即座に書いたり、論文をまとめることもできる。しかも複雑な問いかけでもきちんと答えを出し、文章は極めてナチュラル。また詩や小説も書けるほか、表計算の関数の作成、プログラミングも行う。
 AI研究の第一人者の1人、東京大学の松尾豊教授は、東京新聞紙上のAIサービスを手掛ける上野山勝也氏との対談で「ホワイトカラーの大部分でなんらかの影響が出る」と語る。一方上野山氏は「ネットやスマホが出てきたくらいのインパクト」と述べる。
 あまりのインパクトに各国ではChat GPTの使用を禁止する運動も起きている。とくに教育関係者からの批判は多い。大学では課題レポートや論文をChat GPTに書かせる学生が続出。思考能力の低下を招くとして、どこまで利用すべきか大学では検討しているところも多い。上智大学はChat GPTを無許可で使ったレポートの学位論文を認めないとし、東京大学はChat GPTのレポートでの使用を認めるものの、すべてChat GPTで作成することを禁じている。文部科学省ではChat GPT使用のガイドラインの制定を開始した。
 このほか西村康稔経済産業相はChat GPTを条件が整えば国会答弁に使うことも示唆。河野太郎デジタル大臣もChat GPTを政府でぜひ使いたいと意気込みを語っている。
 こうしたなか、4月11日にはChatGPTの開発企業Open AIのトップ、ジョージ・アルトマンCEOが日本の岸田文雄首相を電撃訪問し、同社の日本オフィスを設置することを公表している。
 Chat GPTに遅れまじと、グーグルがライバル本命とされるAnthropic(アンスロピック)に3億ドルを投資、するとマイクロソフトがChatGPTに100億を投資した。
 Chat GPT狂乱とも言える状況のなか、日本では” 夢”の次世代コンピュータと言われる「量子コンピュータ」も社会実装に向けて大きな一歩を踏み出した。3月24日には理化学研究所が国産のゲート型量子コンピュータ(いわゆる汎用型量子コンピュータ)の開発を発表、27日から研究者向けサービスを開始している。量子コンピュータは、量子ビットと呼ばれる複数の状態を重ねて持つビット(単位)をベースに構成されるコンピュータで、従来のスーパーコンピュータで数百年かかる計算が数分で可能となるなど、膨大なシミュレーションを要する気象予測や新薬の開発、広範囲な交通渋滞の解決などのさまざまな分野で期待されている。
 日本はいま人材不足を補うために官民挙げてDXを推し進めているが、Chat GPTをはじめとするAIとコンピュータの劇的な進化は、人材不足に悩む経営者にとっては救世主になりそうだ。それどころか一転、大量失業の時代に突入する可能性もある。
 シンギュラリティを迎えると、現在の仕事の大半がなくなるとも言われてきたが、Chat GPTはその口火を切ったとも言える。
 すでにChat GPT登場前から、高度な知識や経験を持つ医師や弁護士なども脅威にさらされている。ある弁護士は、「弁護士こそ真っ先にAIに乗っ取られる職業」だと言ってはばからない。実際アメリカでは「ROSS」というAI弁護士が活躍している。もちろん全てをAI弁護士が代わるわけではない。だが、たとえば法律事務所の新人弁護士(アメリカではアソシエイトと呼ばれる)などは、活躍できる場所がなくなってくる可能性がある。

AI時代には、
線形ではない、
“跳んだ”発想が求められる

 ではポスト・シンギュラリティ時代に、人間はどんな仕事をしていけばいいのだろうか。
 AIは膨大なデータを解析して将来を予測することに強みがある。いわゆるディープラーニングも、基本はデータベースを分析して、演算処理後に最適解を出すという点では同じ。これはまさに答えの状態がわかっていて、そこに至る最短の答えを導き出す、受験戦争の勝ち抜き法に近いとも言える。
 こうしたAIの高まった精度で、確かに事象の予測精度は上がっていく。例えばネット通販では、1回の利用より、10回、50回と利用していくと自分が買いたい「お薦め」精度が高くなる。しかしその精度が高くなるほど、従来の好みや価値観から外れた商品を薦められる可能性は少なくなり、新しさや驚きも減っていく。
 ビジネスにおいてこれから求められているものや機能は、そういった線でつながっている答えではない、”跳んだ”発想のサービスや商品だ。過去のデータから予測し、答えを出すAI的な発想から抜け出す必要がある。
 受験に喩えると、誰かが出した試験を解くのではなく、誰も出したことのない問題を提案する能力が求められていると言える。

「現代の魔法使い」が唱える超
AI時代とは

 AIが進化すると、そこにはどんな世界が待っているのだろうか。
 筑波大学で「デジタルネイチャー」というコンセプトでコンピュータと人間の融合を図る研究をしているコンピュータサイエンティストで、テレビのコメンテーターや解説者として活躍する落合陽一さん。シャボン膜をスクリーンにして映像を映し出したり、軽量な物質を超音波で空中に浮遊させ、自在に変形させる装置をつくったりする「現代の魔法使い」の異名を持つ。
 落合さんによればAIが進化するとデジタルとリアルの区別がつかなくなり、その区別自体が意味をもたなくなると言う。彼が唱える「デジタルネイチャー」の世界だ。コロナ禍で一気に広がった「仮想空間=メタバース」がよりボーダレスに広がっていく世界だとも言える。
 たとえば山にハイキングに行って目にしている世界が、実はリアルにデジタル合成された世界だということもありえる。山奥から聞こえてくるカッコーの声が実際の鳴き声ではなく、ハイレゾで作られた音かもしれない。
 そこではAIが人間を支配するのではなく、自然と融合されている世界だというのが落合さんの主張だ。よって決してAIの進化を恐れることはないと言う。AIによって仕事も遊びも趣味も、オンもオフも融合するようなライフスタイルとなっていくので、これまでのような「ワーク・ライフ・バランス」の配分に注意するより、「ワーク・アズ・ライフ」といった混在した生活のなかで、いかにストレスフルな時間を排除していくかが生活のポイントになると言う。

ポスト・シンギュラリティ時代
には、趣味性が生き残りのカギ

 こうした時代においては仕事の何が重要になるのだろうか。落合さんが指摘するのは個人が持つ趣味性だ。趣味を磨いて3つぐらいを仕事にするのが、AI時代の生き残り方だと言う。
 いきなり趣味と言われても「特に何もない」という人は多いかもしれない。日本人の場合、趣味というと将棋でアマチュア何段とか、マウンテンバイクで大会に出ているといった、「人に誇れる何か」というものに捉われがちなので、趣味を持っていても人に言えないということがあるかもしれない。
 落合さん自身、大学の研究室で学生に研究テーマを問うと「とくに何もない」という学生が増えているという。そんな時は「何か好きなこと」を見つけるように指示している。その「好きなこと」もよくわからないという場合は、「暇な時に何をしているか?」と聞くそうだ。つまりなんとなく好きなことを追求していくと、それが研究テーマだったり、仕事になる可能性がAI時代には高まると言う。

ポスト・シンギュラリティ時代に向け、
「おぼろげな想像力」を鍛える

 AIが進化すれば、人間が何かを一所懸命覚えるということはあまり意味がなくなってくる。そこで重要なことは「人間にしかできない『おぼろげな想像力』」だ。
 「この感覚は、これから必要な創造性にとって、もっとも重要な状態になっていると思う。つまり『2つのものが抽象的なイメージで合わさったら、どういう答えになるんだろう?』というように、おぼろげな想像力が重なることによって、人間にしかできない想像力が出てくるのだ」(『超AI時代の生存戦略』)
 すなわち、これからの想像力は、何か夜中に電球がパッと点灯するようなひらめきではなく、「どこか気になる」「こんなことをしたら面白いのではないか」「こんなこともありだ」といった”おぼろげな想像力”がビジネスにつながる可能性があるということだ。
 ではそのイメージや想像力を広げるためには、どんな発想法があるのだろう?

最もオーソドックスな
「ブレーンストーミング法」

 ビジネス現場で使われるオーソドックスな発想法に、「ブレーンストーミング」という方法がある。ブレストという言い方のほうが馴染みがあるかもしれない。
 これは複数のメンバーが思い思いに自分の思いついたことを発言し、ボードなどに書き留めていき、あとでキーワードやジャンル別に恣意的に整理していく方法。
 ブレーンストーミングを進めるにあたっての前提条件としては、出たアイデアについては批判しないこと。キャリアの長いビジネスパーソンなどが参加すると、「経験からするとあり得ない」などと否定しがちだが、こうした発言があると場の空気がよどんでしまう。もっと言えば、ここではアイデアがいいか悪いかを”判断しない”ことだ。判断は後の整理の場ですればよい。
 それからブレストは想像性を広げていくことが重要なので、質より量を重視する。「ジャストアイデア」「思いつき」レベルで全くいいので、どんどん意見を出していくようにする。数を出すうちアイデアも洗練されていくようになる。
 また、似たアイデアだからといって遠慮するのではなく、積極的に近いアイデアを出して、それらを結合し、改良していくことも大切だ。数も増えるし、あとで整理するときの指針になりやすい。

ふだんからフラットな関係を
つくっておくことが重要

 ブレストを効果的なものにするには、平等に意見が言える空気づくりも重要だ。たとえば、ふだん社員やメンバーを役職で呼んでいるとすれば、これをやめて全員を「さん」づけで呼ぶようにすると、アイデアが言いやすくなる。
 日本国内のホテルやリゾートを再建し、さまざまなコンセプトの人気旅館やホテルに変えている、「星野リゾート」の代表の星野佳路さんは、ふだんから会社で「上と下」の関係のシグナルを消すようにしているそう。星野リゾートでは会議はもちろん、ふだんから社員は全員役職で呼ばず「さん」づけで呼んでおり、社長の星野さんも新入社員に対して「さん」づけを徹底している。

趣味はイマジネーションという
伝説の広告マンが編み出した
「オズボーンのチェックリスト」

 ブレストは回数を重ねていくと感じがつかめてくる。それでもアイデアがポンポン出てくるわけではない。そこで頭の体操的に発想法を鍛える方法として効果的なのが、「オズボーンのチェックリスト」だ。実はブレーンストーミングという発想法は、このチェックリストの発案者、アルフレッド・オズボーンが考え出した方法なのだ。
 つまりオズボーンのチェックリストとブレストは極めて連動性が高く、この方法を知っているかどうかで、ブレストの”獲れ高”が変わってくるのだ。
 オズボーンは、ある編集者に趣味を訊ねられた時に「イマジネーションです」と返答したほど、アイデアを生み出すことを根っから楽しんだ人だった。
 その代表著書『想像力を生かす(Your Creative Power)』には38のイマジネーションのアイデアが解説されているが、そのなかでも汎用性の高い9項目が「オズボーンのチェックリスト」として知られるようになったのだ。
 その内容は次の通り。

① 転用:ほかに分野で使いみちがないかを考える。
② 応用:過去やほかのジャンルからアイデアをもって来れないか。ほかに似たものがないか。
③ 変更:色や形状、材質、動作、意味、香り、長さなどを変えることはできないか。
④ 拡大:大きくしたらどうか。加えたらどうか。拡張したらどうか。強くしたらどうか。厚くできないか。重くできないか。高くできないか。長くできないか。
⑤ 縮小:小さくしたらどうか。減らしたらどうか。縮小したらどうか。弱くしたらどうか。省いたらどうか。薄くできないか。低くできないか。短くできないか。
⑥ 代用:他のものにやらせたらどうか。他のものを利用したらどうか。他の場所ではどうか。他の時間ではどうか。
⑦ 再構成: 要素や配列、配置、順序、スピード、組み合わせ、構成比率を変えてみてはどうか。
⑧ 反転:逆にできないか。上と下を変えてみる。正比例・正反対ではどうか。前後を入れ替えてはどうか。
⑨ 結合:組み合わせられないか。統合できないか。結合できないか。

以上が、チェックリストの基本である。

顧客や設備を削いで拡大した「カーブス」
桁違いの極小化で飛躍した「樹研工業」

 このなかでもなかなか発想しにくい視点は、①、⑤、⑥、⑧あたりではないだろうか。
 ①の転用は、「他に使えないか」という発想だが、転用は別の業界の人が、その商品や事柄のどこをどのように評価してくれるかが分からないと、実際的な転用の話にはなってこないもの。となるとブレストを効果的にするのなら、別の視点を持つ人や他業界の人など、自分の業界と離れた人を入れてアイデアを出すと良い。
 ⑤は、すなわちコンパクト化、ダウンサイジングのこと。日本のお家芸とも言えるが、意外と機能を「落とす」、「削ぐ」発想はしにくいものだ。新製品や製品で機能を無くしたり、スペックを落とすといったことはあまり見られない。スペックや機能を落とすことは、従来品より低価格にならざるを得ないが、そうすることで、まったく新しいマーケットや別の競合業界が見えてくることがある。
 たとえばフィットネスジムの「カーブス」。大方のフィットネスジムは、最新の機器やおしゃれなパウダールームなどを完備しているが、カーブスは男性会員を外して女性専用とし、しかも女性が好むプールやシャワーなどを無くし、大型の設備も使わずに運営されている。しかもその多くがちょっとしたモールや、駅前の布団屋などに間借するように存在している。機能や利便性を削ぐことで、中高年の女性向けのスポーツジムとしての地位を確立したのだ。コロナ禍で、約84万人いた会員数、2020店舗あった店舗数から落としたが、それでも店舗数約2000、会員数約70万人を維持している。他のフィットネス施設が男女含めてであるとすると見事な数字と言える。
 また、ダウンサイジングも100の1、1000分の1くらいの発想で向かうと、全く違うマーケット、別世界に入ってくる。
 岐阜県豊橋市にあるプラスチック射出成形会社の「樹研工業」は、従来の規格の桁違いのプラスチックギアをつくり、新たな取引先を実現した会社。自分たちの技術力をアピールするために1万分の1グラムの微細ギアの量産化を皮切りに、10万分の1グラム、100万分の1グラムと極小化に数年をかけて極めたところ、それまで家電メーカーだけだった取引先が、フェラーリをはじめとする国内外の大手の自動車メーカー、スイスの高級時計ブランドなどが次々と増えていった。売り上げも急上昇し、いまや海外に14社の関連会社を持つグローバル企業に成長している。

代用より「手放す」ことで発想

 ⑥の代用も、日本の企業では苦手かもしれない。代用というより、思い切って「手放す」くらいの発想がないと、”跳んだ”アイデアは生まれにくいだろう。
 コロナ前よりテレワークが推奨されていたが、日本では会社という建物に一緒に集まってするのが仕事、といった概念があり、なかなか根付かなかった。しかしコロナ禍によって「密」を避けるため、自宅やサテライトオフィスでテレワークができる環境が整った。つまり家庭を職場の”代用”とすることで、職場を”手放し”、ビルの賃貸コストを下げることが可能となったのだ。それだけでなく通勤時間や通勤費用も削減できるので、一石二鳥にも三鳥にもなる。

地上ではなく、地下に工場をつくった
精密機器会社

 ⑧の反転は、文字通りものごとや工程を逆にしてみたりすることだ。
 長野県にある自動車部品メーカーの「サイベックコーポレーション」は、工場を地上ではなく、地下に建てた。微細な金型加工を得意とする同社は、地下にすることで、粉塵や振動、温度の変化を抑え、品質の高い製品加工が可能となった。
 「建設コストは割高になったが、その分ランニングコストが半減したことによって差額は10年ほどで回収できる」と言う。何より静かになったので、従業員のストレスが減少し、健康的にも好影響を与えている。また商品の構造やプロセスだけでなく、商品に関わる人の立場を逆にして、相手側の意見を聞いてみるようにするといいかもしれない。とくにサービス業では、お客様の立場になって発想することで、いままでになかったアイデアが生まれてくるはずだ。
 もちろんサービス業では「お客様発想」や「お客様目線」とはよく聞く言葉だが、意外とできないのも事実だろう。とくに業界キャリアの長い人は、その職業人発想から抜け出すことが難しく、お客様の視点には容易になれないものだ。
 退任したセブン-イレブンの創業者である鈴木敏文さんは、現役時代毎年新入社員に対してこう挨拶をしてきた。「プロになるな」と。
 これは、「自分がプロだと思った途端、お客様の視点から外れてしまうから、新人の頃にもっているお客様と同じ視点を忘れないように」と、鈴木さんが顧客視点の思いを語ったものだ。
 たとえば、1日、1週間だけ社長と社員の立場を変えてみる。女性社員と男性社員の立場を変えてみる。指導する側と指導される側を変えてみる。土日出勤の代わりに月、火を出勤日に変えてみたりすると、これまでになかった新しい発想が出てくるかもしれない。

9つの視点を
“組み合わせる”ことも大事

 このオズボーンのチェックリストは、9つの項目を単独で考えるのではなく、それらを組み合わせることで、さらに発想が広がる。
 たとえば、敵対する相手企業と提携する(反対と結合)ことや、ミニチュアの人形を等身大にしてファミリー化して売り出し、プレミアム商品としたり(拡大と結合)すると、新しい市場や技術が生まれるかもしれない。

ブレストの前には、
「何のためにするのか」
という目標を決める

 オズボーンの著書『想像力を生かす』には、このアイデアチェックリストを試す前にすべきことがあると書いてある。それは、まず目標を決めること、だ。
 つまり「何のために」が分からなければ、アイデアの方向性が決まらないし、アイデアが実現に結びつかない。もちろん、偉大な発明のなかには、とくに目標がなくてもアイデアが生まれることもある。しかし多くの場合、目標がないとそのアイデア創出から、具体的な製品計画やマーケティングにかけた時間がムダになる可能性が高くなる。

実力派コピーライターの
発想術とは

 このようなアイデアの発想法は、とりわけ広告業に関わる人たちがいろいろ本を出している。
 大学の教壇やコピーライター養成学校で講師などを務めるコピーライターの狐塚康己さんは、商品やコピーの発想法として自身の『図説アイデア入門』という本で、14 の法則を紹介している。
 狐塚さんが紹介しているのは、オズボーンのチェックリストを除くと次のような視点だ。

① アナロジー(類推、類比):何々のようなもの。何々のようにする。
② メタファー(暗喩):雪の肌のように、白い肌を白を使わずに表現する。転じて、常識の文脈から外れた表現でニーズや事柄を探る。
③ 擬人化:事柄や商品を、人や動物、別のものに置き換えてみる。
④ パロディ(引用):パロディは雑誌や広告などで使われる表現法の一種。比喩の1つで、常識的なことの代わりに、有名なことやモノに喩えてみる。
⑤ 隣接喩(提喩・換喩):土地や行事など、縁やゆかりで置き換える。ボルドーやシャブリというだけでフランスワインであることが解るような関係を使ってみる。
⑥ 単純化:機能やデザインを削ぎ落としてシンプルにする。役割、目的を単純化していく。
⑦ ミスマッチ:合わないもの、ミスマッチを考えてみる。

 「オズボーンのチェックリスト」の9項目と被っている部分はあるが、「比喩(メタファー)」や「擬人化」など修辞的な言葉でアイデアを創出する手法が、いかにもコピーライターらしいところ。モノづくりなど、アイデアにはなかなか結びつきにくいかもしれないが、新しいコンセプトや遊び、イベントなどを考える時にはこうした表現の手法から発想を広げていくと、まったく新しいサービスが誕生するかもしない。

敢えてミスマッチで発想する

 とくに最後のミスマッチは、時代によって変わっていくものを逆手にとらえる発想で、世代が変われば新鮮に受け取られるコトやモノはたくさんある。
 たとえば最近では再び『写ルンです』などのレンズ付きフィルムが、若い女性を中心に脚光を浴びている。デジタル時代にわざわざプリントして使うのは面倒だと思われがちだが、その手間やデジタルにはないレトロな色調、撮った画像が確認できないことなどが受けているようだ。すでに役割を終えたと思われる事柄や商品を、これらを知らない世代や人々に紹介するだけでも、新しいマーケットが広がるかもしれない。

理系出身の実力派コンサルタントの発想術
「比べる」「ハカる」「空間で観る」とは

 ボストン・コンサルティンググループやアクセンチュアといった世界有数のコンサルティング会社を渡り歩いた金沢工業大学大学院教授の三谷宏治さんも、さまざまなビジネスマン向けの発想法や構想法の本を出している。その発想法は理系出身ならではだ。
三谷さんが発想法の軸にしていることは次の3つ。
 1つが「比べる」、2つめが「ハカる」、3つめが「空間で観る」だ。いかにもコンサルタントらしい軸だが、意外と私たちが比べたり、測(計)ったりしていないことに気付かされる。
 1つめの比べるでは、何を比べ、そこから何を見つけるかが問題だ。
 三谷さんは、発見のためには4つの「比べる技」が必要だと言う。

① 全体を比べて「矛盾」を見つけて掘る。
② 広く比べて「不変」と「変化」を見つける。
③ 「例外」を比べて差を探る。
④ 「周縁、辺境、その他」を探って比べる。

 ①では、たとえば調査でインタビューした後、得られた意見がほとんど同じような内容であっても、一部に異論や別意見があった時は、そこに「矛盾」があったわけで、なぜそんな意見が出てきたのか深掘りする必要が出てくる。全体から比べることでその差が見えてくるのだ。
 ②の例では、10年20年で大きな変化がなかったとしても、これを100年200年スパンで比べてみる。すると僅かな時間差では現れなかった変化が見えてくるかもしれない。そこでなぜ変わったのかを深掘りしていくのだ。
 ③では、XY軸で表したデータサンプルの相関図のばらつきを比べたりする。データの相関性が高い場合は、ばらつきの分布はスマートな楕円となるが、ばらつきが多い相関図では、楕円の形が太ってしまう。この「スマートさ」と「太っている」相関図を比べ、出た差をハカって原因を探るのだ。
 たとえば、店舗であれば、同じ面積なのに売り上げに3倍のばらつきがあるとすれば、その原因が何か調べてみたり、想像してみる。立地なのか、人手が足りないのか、流通なのか、気候なのかなど、そのギャップをハカることで見えてくるものがある。
 ④は、先に挙げた③の例外のうち、とくに「太った楕円の上の部分」にフォーカスすること。相関図のばらつきの上の部分は、たいがい高い生産性や効率性を有する優秀な一群であることが多い。ちょうど銀河系のハズレにある光り輝く星団のようなもので、主要なXY線からどのくらい外れて輝いているのか、比べる。その上でその差をハカって、深掘りするのだ。

理系出身の実力派コンサルタントの発想術
「比べる」「ハカる」「空間で観る」とは

 ボストン・コンサルティンググループやアクセンチュアといった世界有数のコンサルティング会社を渡り歩いた金沢工業大学大学院教授の三谷宏治さんも、さまざまなビジネスマン向けの発想法や構想法の本を出している。その発想法は理系出身ならではだ。
 三谷さんが発想法の軸にしていることは次の3つ。
 1つが「比べる」、2つめが「ハカる」、3つめが「空間で観る」だ。いかにもコンサルタントらしい軸だが、意外と私たちが比べたり、測(計)ったりしていないことに気付かされる。
 1つめの比べるでは、何を比べ、そこから何を見つけるかが問題だ。三谷さんは、発見のためには4つの「比べる技」が必要だと言う。

① 全体を比べて「矛盾」を見つけて掘る。
② 広く比べて「不変」と「変化」を見つける。
③ 「例外」を比べて差を探る。
④ 「周縁、辺境、その他」を探って比べる。

 ①では、たとえば調査でインタビューした後、得られた意見がほとんど同じような内容であっても、一部に異論や別意見があった時は、そこに「矛盾」があったわけで、なぜそんな意見が出てきたのか深掘りする必要が出てくる。全体から比べることでその差が見えてくるのだ。
 ②の例では、10年20年で大きな変化がなかったとしても、これを100年200年スパンで比べてみる。すると僅かな時間差では現れなかった変化が見えてくるかもしれない。そこでなぜ変わったのかを深掘りしていくのだ。
 ③では、XY軸で表したデータサンプルの相関図のばらつきを比べたりする。データの相関性が高い場合は、ばらつきの分布はスマートな楕円となるが、ばらつきが多い相関図では、楕円の形が太ってしまう。この「スマートさ」と「太っている」相関図を比べ、出た差をハカって原因を探るのだ。
たとえば、店舗であれば、同じ面積なのに売り上げに3倍のばらつきがあるとすれば、その原因が何か調べてみたり、想像してみる。立地なのか、人手が足りないのか、流通なのか、気候なのかなど、そのギャップをハカることで見えてくるものがある。
 ④は、先に挙げた③の例外のうち、とくに「太った楕円の上の部分」にフォーカスすること。相関図のばらつきの上の部分は、たいがい高い生産性や効率性を有する優秀な一群であることが多い。ちょうど銀河系のハズレにある光り輝く星団のようなもので、主要なXY線からどのくらい外れて輝いているのか、比べる。その上でその差をハカって、深掘りするのだ。

3つの「ハカる」こととは?

 すでにおわかりのように何かを発見して発想するためには、比べるだけではなく、「ハカる」ことと、それを深掘りすること重要になってくる。三谷さんは、「ハカる」には次の3つがあるという。
 1つ目が、測り難い人の気持ちは「行動」でハカること。
 2つ目が、見通すことができない未来は、「目利きの勘」でハカること。
 3つ目が、曖昧な塊は「ばらして繋いで」ハカること。
 とくに1つ目の「人の気持ち」は、いつの時代になっても謎の部分だ。ハカると言っても大変だ。なかなか数値化も難しいし、数字から気持ちを読み取ることも難儀だ。
 そこで近年注目されているのが、「エスノグラフィ」という手法。

人間の行動は
エスノグラフィで
「ハカる」時代に

 エスノグラフィは文化人類学で民族の集団などの行動を観察する際に使う手法で、人類学者が対象となる民族と寝食をともにしながら長い年月をかけ、深い洞察力でその生活や行動を体系的にレポートにまとめていくもの。
 エスノグラフィでは、徹底的な聞き取り調査をするが、特徴的なのは、仮説をとくに持たずに分析していくことだ。常にオープンにものごとを観察し、細かく記録していく。自らの目で観察したことを記録していくので、主観に左右されるなどの弊害が指摘されることがあるが、この手法をビジネスに活用すると、これまでの発想法にはない、斬新なアイデアが生まれる可能性がある。
 エスノグラフィを活用する企業は続々と増えている。
 食品メーカーのゼネラル・ミルズでは、従来はフォーカスグループというインタビューが中心だったが、最近ではエスノグラフィによる顧客観察が半数以上を占めている。
 また日用品のP&Gでは、2000年に比べ、個別ユーザー調査予算を5倍に増やしている。
 マイクロソフトではウインドウズビスタの開発の際、観察員が世界7カ国の絞り込んだ52世帯に数週間張り付いて、開発のための問題発見を行っている。

詳しく「ハカった」ら、
消費者がいなかったという話

 比べて、ハカることの重要さを示す逸話がある。
 ある自動車パーツメーカーは、ある調査から「もっとも自動車パーツにお金を使うのはSUVに乗る20 代の男性で、年平均20万円をパーツ代に消費している」という情報を得た。そこで20 代の男性向けにお得な「カスタマイズ20万円セット」の商品化を考えた。担当者は20万円セットにどのようなパーツを組み入れたらいいのかを探るために、実際のユーザーにあたって面談調査をした。すると、なんと「年20万円くらいをパーツにかけている人」というのがほとんどいなかったことが判明した。パーツの支出額はゼロから120万円まで、ほぼまんべんなく分布していたのだ。
 何か新しいマーケットや商品を考える時、まずは平均的な人やゾーンをターゲットにするが、単に平均値だけを見ていては、売る相手がいない、ということになりかねないことを、この事例は示している。「平均の罠」と呼ばれるものだ。
 こうした場合には、平均値と分布をばらして見ていくことで、ターゲットとなる消費者が見えてくる。

比べて、ハカったら、
「軸」「値」「巾」で広げる

 三谷さんの唱える発想法の軸として3つ目の「空間で観る」とは、ものごとに潜む本質を「軸」とし、そこから「数値(値)」の「巾」を広げて組み合わせることだ。三谷さんはこれを「JAH法」と呼んでいる。
 具体的な考え方を紹介しよう。
 たとえば、「なぜ冬が寒いのか」を考えてみる。
 この場合、考える対象となるのは「冬」と「寒い」だ。
 1つめの冬とはなんだろう? 冬は四季の1つ。四季の1要素として表現されるので冬の軸は、「四季」となるだろう。
 次の「寒い」だが、寒いということは体感する温度が低いことのなので、軸は「体感温度」となるだろう。しかしそれだけでは十分でない。寒いとは心地がよいことではないからだ。つまり「快・不快」の要素が入ってくる。なので、もう1つ「快・不快」の軸を立てる。
 するとこの2つの軸を、仮に縦と横にとると空間が広がり、それぞれの部分に当てはまる事柄が出てくる。
 たとえば、体感温度が低くて快適な場合は「涼しい」、体感温度が低くて不快な場合が「寒い」。また体感温度が高くて快適な場合は「温かい」、同じく体感温度が高くて不快な場合は「暑い」。2つの軸を組み合わせ、値と巾を広げることで4つの空間ができあがる。
 冬はなぜ寒いかの問いに対しては、四季の1つで体感温度が低く、不快である季節ということになるが、「なぜ」の答えには辿りついていない。寒いと感じるのは人間で、冬の寒い時期に活発に活動する動物もいるからだ。冬は人間にとって体感的に寒く感じる時期が多く、その寒さは命にかかわってくる問題となる。つまり冬が寒いのは、「人間がもっとも多く住む地球の中緯度帯に四季があり、そのなかで冬はもっとも体感温度が下がる時期で、人間の快適温度の巾が狭く、その巾を超えるから」なのだ。
 より端的に言えば、「人間の快適温度の巾が狭いため」冬を寒い(生命にかかわる)と感じるからと言える。
 もちろんここで止まってはいけない。ここからがスタート。アイデアの源泉となる。「じゃあ、寒さを感じないようにする、快適にするにはどうしたらいいのか?」を考えると、バラエティ豊かなアイデアが湧き出てくるだろう。
 その時、寒いということについて「体感温度」という軸と「快・不快」の軸を立てていれば、アイデアの方向性がブレずに、効果的なブレストが行えるはずだ。

日本語の深掘りが、
グローバルAI時代の
発想力の切り札になる!?

 これらの発想法以外にも「KJ法」や「マインドマップ法」「ロジックツリー」などさまざまなものがある。こうした発想法については、また別の機会に譲るが、ここでは1つ、米国のスタンフォード大学などで教えていたパナソニックの元副社長の水野博之さんが、自著『天才の発想法』のなかで語っていたことを紹介しておこう。
 「人間の特徴は一言で言って『言語』の創出にあるだろう。とすると、人間の異常に発達した脳の新皮質は言葉の発展とともにあったということになる。人類は言語を使いながら新皮質を発展させ、逆にまた新皮質の発達とともに言語も形づくってきたといえる。日本語の構造はウラル・アルタイ語系に属し、人類の中でも特殊なものとの由である。とすると日本人の新皮質は多少西欧人と異なるのかもしれない。
 『日本人はよく分からんなぁ』と仲の良い西欧人はよく言う。
 『どうわからんのだ』と聞くと、『それがわかれば苦労もせんさ。何か得体の知れないものを感じることがある』」
 水野さんはこのやり取りの後、「(日本語が特異なものであれば、我々の思考も特異なのかもしれない)と、謙虚に反省してみることだろう。」と述べている。しかし、これは逆に利点であるとしたほうがいいのではないだろうか。
 量子力学の先端を研究している東京大学のある物理学教授は、こんなことを述べている。
 「物理学は西洋で発展して、明治に日本に入ってきた。日本の大学は授業を英語で行わず、母語で行う世界でも珍しい国だ。先端の学問を知るには英語を習得したほうが優位だし、コミュニケーションの効率はいい。しかし、物理学を日本語で学ぶことは、日本人だからではなく、日本語の特性を通した物理学の理解があり、もっと言えば日本特有の物理学があるように思う」
 この感覚は、英語に限らず外国語に触れた人であれば理解できると思われる。
 地球物理学やX線による解析学で大きな功績を残した明治時代の物理学者、寺田寅彦は、日本を代表する文豪である夏目漱石に師事し、優れた随筆や俳句を残した。彼の視点は西洋由来の物理学の視点に日本語独特の表現と思考を加えていたように思われる。日本人が日本語そのものの意味を深掘りすること、それこそがポスト・シンギュラリティ時代を生き抜く発想の切り札なのかもしれない。

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